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小石川後楽園(紀行編)――旅行気分を味わいましょう
小石川後楽園は楽しい庭園だった。私たちは今回で2度目の訪問。前回も感じたことではあるが、やはり小石川後楽園ほど賑やかな庭園は他にないと思う。というのも借景。借景とは、庭園の外の山や海などの景色をあえて見せ、空間に広がりを感じさせる日本庭園の技法のことだが、ここ小石川後楽園の借景はまさかの東京ドームである。さらにその奥には東京ドームシティアトラクションズのジェットコースターが見える。ジェットコースターが見える庭園に、少なくとも私たちはこれまでに一度も訪れたことはない。そもそも日本庭園がこんなにも商業施設と隣接していること自体が珍しい。それもそのはず小石川後楽園と東京ドームシティ一帯は、もともとは1つの敷地だったのだ。江戸時代に水戸徳川家初代藩主の徳川頼房によって造られた小石川後楽園は、2代藩主の徳川光圀(水戸黄門としてもおなじみ)により改修され、ここで「後楽園」という名が付けられた。明治に入り敷地の東側のみが陸軍の兵器や弾薬を製造する砲兵工廠となり、その跡地に昭和12年(1937年)野球場が造られたといった流れだ。その野球場こそ、今の「東京ドーム」に受け継がれることになるのだが、長らくは「後楽園球場」と呼ばれており、さらにその後作られた遊園地「東京ドームシティアトラクションズ」さえも旧称は「後楽園ゆうえんち」であった。「後楽園」という名がいかに愛され重宝されてきたかがわかる話である。ちなみによく、大規模な施設の大きさを示す際に「東京ドーム○個分」という表現がなされることがある。しかし、実際に私たちは東京ドームを回遊したことがないためこの例えがピンときたことは実は多くない。その点、小石川後楽園であれば私たちは少なくともこれまでに2回は自分の足で回遊している。だからその規模感はなんとなく把握しているつもりだ。つまり、私たちのような無類の庭園好きにとっては、東京ドームで例えるのではなく、どちらかと言うと「小石川後楽園○個分」と言っていただいた方が、その大きさを正しく理解することができるわけなのである。
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冒頭で小石川後楽園のことを「楽しい庭園」という表現をしたが、それは何も借景が東京ドームで、かつジェットコースターも見えるという意味からだけではない。実は、ここ小石川後楽園は園内を巡るだけで旅行気分を味わうことができるテーマパークなのである。どういうことかと言うと、園内に日本や海外の観光名所が縮尺展示されている。例えばこの写真。
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これは「西湖の堤」という中国杭州の景勝地を模して造られた西湖の堤のミニチュアである。西湖の堤は今でこそ知名度が高いとは言えないが、作庭当時の日本人にとっては強い憧れを抱く海外の名勝風景であった。また、今の我々にでも馴染み深いものとしてはこの写真。
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これは一見、普通の橋に見えるが京都嵐山の観光名所「渡月橋」のミニチュアである。橋だけではわかりにくいがこれが渡月橋であることの裏付けに、渡月橋で使われている「蛇籠」という長い籠に石を詰め込んだ護岸設備が細かく再現されている。
さらにおもしろいのは今紹介した2つの橋(西湖の堤は正確には堤防)を俯瞰してみると、これらがなんとV字をなしていることがわかる。西湖の堤と渡月橋は中国と日本であるので、もちろん現実にこの光景が実現することはありえない。つまりこれはミニチュアだからこそできる豪華絢爛な演出というわけだ。
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ここまでの説明でなんとなく小石川後楽園での楽しみ方がおわかりいただけただろうか。要はここは1つの場所であらゆる観光地が楽しめるテーマパーク、現代でいうところの栃木県の「東武ワールドスクウェア」または兵庫県淡路島の「淡路ワールドパークONOKORO」なのである。
というわけで、ここからはその中でも私たちが特に気に入った景勝地のいくつかを紹介していきたい。1つはこちら。
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京都は東福寺の「通天橋」を模した橋である。本物の通天橋は「洗玉潤」と呼ばれる渓谷に架かる橋で、京都を代表する紅葉スポットだ。ちょうど昨年、通天橋に訪れた時の写真があったのでご覧いただきたい。
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季節的に夏に訪れた時の写真なのでわかりづらいかもしれないが、渓谷に連なるこれらの樹々はイロハモミジである。鬱蒼としつつも、ところどころから木漏れ日が下の渓流に注ぎ込む感じが美しかった。これを踏まえて小石川後楽園の通天橋を見てみると、植栽されているのは実物と同じくイロハモミジであり、樹々の密生具合、渓流に届く光の加減もかなり忠実に再現されている。通天橋は実際に自身が行ったことのある場所なのでその感動は凄まじく、多少似通ってない部分があったとしても甘めの審査をする私たちであった。
次によかったのはこちら。
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江戸時代、京と江戸を美濃国と信濃国を経て結んでいた中山道、「木曽路」を模した山道である。本物の木曽路同様、鬱蒼としていて昼でも暗い様子、渓流に沿った様子を見事に再現している。また、木曽路が通る木曽山はシュロが多く「棕櫚山」とも呼ばれていたそうだ。先ほどの通天橋のイロハモミジと同様に植栽に注目してみると、小石川後楽園の木曽路にもシュロが植栽されており、植物を使って舞台を演出することが好きな私たちにとっては非常にグッとくる内容なのであった。
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その観点から言うともうひとつ。木曽路を抜けた先に流れている川もよかった。奈良県の生駒を流れる「竜田川」を模した川である。「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」という在原業平作詞のこの歌で出てくる「くれなゐ」とは言うまでもなく紅葉の赤のことである。ここ小石川後楽園の竜田川の上を見上げると確かにイロハモミジがたくさん植栽されており、その再現度の高さに私たちはやはり感服したのであった。ぜひ紅葉の季節にもう一度訪れてみたいと思う。
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その他にも小石川後楽園には、中国趣味の「円月橋」、琵琶湖を見立てた「大泉水」、現代人の旅行の定番スポットでもある「白糸の滝」、今は焼失してしまったが清水寺を模していた「清水観音堂跡」などがある。
さらに、リーフレットや他のどの本どのサイトにも載っていなかったが、奈良県東大寺の大仏の鼻の穴と同じ大きさの穴が空いた柱をくぐると縁起が良いと言われる「柱くぐり」があることも私たちは発見することができた。ご参考までに掲載しておくことにする。
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通り抜けのポイントは焦らず無理せず
最後にもうひとつ。小石川後楽園で耳をすますと、他の庭園では聞こえないある2つの音が聞こえてくることに気づく。それはなにか。川のせせらぎか。鳥のさえずりか。おそらく多くの日本庭園だとそうであろう。しかし、ここは違う。勘の良い人ならわかるかもしれないが、それはずばり東京ドームから聞こえる野球観戦の音漏れと、ジェットコースターから聞こえる甲高い悲鳴である。庭園の外から聞こえるそれらの音を私たちは「借音」と呼んでいる。世界の観光地巡りに加えて借景に借音。やはり小石川後楽園は楽しく賑やかな庭園である。
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