見出し画像

恋愛小説、書けません。/Lesson10:「花嫁は美しく」

 ただただ、美しかった。
 池本の彼女、否、妻になる人は本当に美しかった。
 幼い頃は親戚の結婚式にも出席した記憶もあるのだが、単身で招いて貰うのは耀介自身初めてだった。
 そこに待っていた真白き花嫁。耀介よりも少し身長が高い池本に、モデルの様なスラリとした長身の美人。何でも自分でウェディングドレスを縫ったらしい。シルクサテンのトレーンが優美に流れる。この日の為だけに毎晩遅くまで心を込めて作られたそれは、本当に美しいの一言だった。

 「神様に誓うより、いつも自分達を見守ってくれた人達へ誓いたい」と人前結婚式を選んだ二人。参列者は三十人にも満たない、極少数での挙式だった。
『香澄がな、どうしても大切な人だけ呼びたいって言うから少数精鋭。中高代表はお前だ』
 式のリハーサルの時に、池本が教えてくれたことだった。何故耀介がリハーサルに参加したかと言うと、人前結婚式での池本側の「立会人」として呼ばれていたからだった。

「それでは新郎新婦のご入場です。皆様、温かい拍手でお迎え下さい」
 まずは池本が入場する。参列者が事前に渡されていた『香澄が好きなんだ、この花』と言っていたマーガレットの花を一本ずつ丁寧に、池本が受け取って行きながら進んで行く。これは、ブーケとブートニアの由来にちなんだ「ちょっとした劇」のようなものだ。

 ――昔、ある男がプロポーズをする為に野の花を摘み、作った花束を「結婚して下さい」という言葉と共に女に渡した。そして女は「はい」と答え、その花束の中の一本を男の胸ポケットへ。それがブーケとブートニア。

 ブーケとブートニアの由来を司婚者が話す。

 そして、新婦が父と共に入場する。ヴェールに包まれた新婦の姿は何処か幻想的で、まるで御伽噺のような世界に迷い込んだ感覚に耀介は襲われた。

「香澄さん、結婚して下さい」
「はい、宜しくお願いします」
 池本の言葉は、嘘偽りないものだと確信できた。そしてブーケを受け取った新婦もこの日をずっと待っていただろう。迷い無く返事をし、ブーケの中から一本のマーガレットを抜き、池本の胸ポケットに捧げる。
「私池本隆文いけもとたかふみは、仁科香澄さんを一生大切にします。私の仕事が忙しい分、休日は香澄さんへ愛情を注ぎます。香澄さんを自分の持っている全てで包んで行きます」
「私仁科香澄にしなかすみは、池本隆文さんと一生を共に過ごします。幸せは二倍、辛い事悲しい事は半分こずつできるように、ずっと隆文さんの手を離さないで生きて行きます」
 そして指輪の交換とキス。耀介にはその経験がないので顔を赤らめてしまう。きっとこの式場にいる人の中でキスすらもまだなのは耀介ぐらいだろう。
 二人の署名、立会人として耀介と新婦側の友人の署名が滞りなく終わる。

「皆様に見守られて、隆文さん、香澄さんは今日この日、晴れてご夫婦となりました。皆様盛大な拍手で祝福を!」

 司婚者の言葉で大きな拍手が起きた。池本夫妻誕生の瞬間だった。

 フラワーシャワーの中、池本夫妻は幸せそうに微笑んでいた。そして披露宴はそのまま式場内にある広間で行われた。池本が「大変だ」と言っていたのは、随所随所に二人のこだわりが見える演出が沢山されていたからだと分かった。
 代わる代わる祝福の言葉を述べる人の波が一旦引いたのを見計らって、耀介が池本夫妻の元へ歩いて行く。
「池本、本当におめでとう」
「ありがとう」
 学生時代から見慣れた旧友の笑顔。しかし今日の旧友の笑顔はとても優しいものだと耀介は嬉しく思った。そして隣の香澄へも耀介の素直な気持ちを伝える。
「香澄さんも、おめでとうございます。凄くお似合いですよ、ドレス。ご自分で縫われたのでしょう? とてもお綺麗ですよ」
「菅原さんからそう言って頂けると嬉しいです。ありがとうございます」
 香澄は本当に綺麗だと思えた。この二人の恋愛エピソードは若干知っているが、もっと知りたいという気持ちが耀介に湧き上がる。しかし今はその気持ちを心の隅へ追い遣って、夫妻の幸せを願う。
「で、見世物だから食えてないんだろ」
「まあな、覚悟はしていたから」
 耀介の言葉に池本がやや疲れながら返答する。予測はしていても、実際に「見世物」になると疲れは二倍、三倍だと言うのは先日のレセプションで嫌でも知ったことだ。そのやり取りに香澄が微笑みながら小ぶりの巾着袋を取り出す。こちらもドレスと一緒に作られたのだろうか、シルクサテンと同じ光沢の白いものだった。
「なので私が一口サイズのチョコを忍ばせているんですよ。アルコールで倒れられても困りますし」
 良く出来た人だ、池本には勿体無過ぎると耀介は笑う。そんな時後ろから賑やかな声が聞こえて来た。
「池本ー! お前やっとだなー!」
「うるさいよ、江藤えとう。お前にだけは言われたくない」
「そうよ、江藤くん。ひとみさんを口説き落とすのに随分と時間かかったくせに」
「ちょ、ちょっと香澄ちゃん!」
 江藤、と呼ばれた男が顔を真っ赤にして両手を振っている。
「でも確かに本当のことよね。あのプロポーズ攻撃は疲れたわよ」
「瞳まで!」
 何だかコントの様なやり取りに、耀介は若干唖然としてしまう。池本の交友関係は広いのだな、と妙に感心してしまった。男子校時代にも、この知らない男のようなタイプはいたが、やはり何処か違う。
「ああ、こちら俺の中高時代の親友の菅原」
「菅原です。初めまして」
 池本に紹介されて、耀介が頭を下げる。
「それでこちらが大学のゼミでうるさかった江藤と、その奥さんの瞳さん」
「うるさいって……! あ、申し訳ありません。江藤と申します」
「妻の瞳です」
 見た目はとても格好いい人なのだが、年齢の割にやんちゃそうな表情をした男性と、上品なネイビーのパーティドレスを身に纏った柔和な微笑みを浮かべた美人な女性。
「香澄以外は全員同い年だな」
「え、そうなんですか!」
 江藤の妻の瞳が軽い叫びを上げる。この綺麗な人も俺と同い年。失礼ながら耀介の頭の中では勝手に江藤夫妻は「姉さん女房」だと思っていたので、こちらも驚く。
 見た感じは耀介や池本以上に若い江藤。スーツも正直「着せられている」ようなイメージを抱いた。
「菅原は学生時代から老けてたもんなー。ザマーミロだ」
 池本が耀介をからかうが、言われ慣れてしまっているので耀介は動じない。
「いえ、うちの主人と違って凄く落ち着いていらっしゃるので……失礼しました」
「いえいえ、奥様そんなことはないですよ。最近身体が鈍っていますし、池本の言う通り老けているのは昔からです」
 耀介の苦笑いに、ゆったりと微笑む姿は何となくだが香澄と似ている。
 池本の人柄が分かる招待客。この江藤夫妻も仄々ほのぼのとした雰囲気の「お似合いのカップル」だった。その輪の中に耀介を招いてくれたことにも感謝する。

「菅原! 二次会付き合え」
「池本、お前……俺の性格を分かって言っているのか?」
「当たり前じゃん、その方が面白いからだ」
 見世物の役割を終えた池本が、ほろ酔いで耀介に絡む。恋愛経験がなくとも「結婚式の二次会は出逢いの宝庫!」と言うのは常々聞いていた為、正直耀介は躊躇した。この二人を祝いに来たのであって、出逢いを求めてやって来た訳ではない。
「それになー、お前が居た方が助かるんだよ。な、香澄!」
「そうなのよね、菅原さんさえ良ければなんですけど」
「香澄さん、それはどういうことでしょう?」
「私の友人が……菅原さんとお話がしたいと言ってまして」
 躊躇ためらいがちに香澄が返答する。先日の池本との電話で『お前はモテていた』と言われた耀介は、その辺りが非常に疎い。
「じゃあ香澄さんのお顔を立てないと駄目ですね。分かりました、行きましょう」

 ――そして耀介は巻き込まれる、女性の本心が見え隠れする「不思議な二次会」へ。


Lesson11はこちらから↓

Lesson1はこちらから↓


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切: