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小説:バンビィガール<3-5>どうも、バンビィガールです #note創作大賞2024

 14時。お昼ご飯は三橋さんがデリバリーしてくれたピザだった。
 三人でソファに座り、ピザを堪能する。
「ピザ、好きなんです。とろけるチーズがたまらないです」
 マルゲリータピザを一切れ食べて、顔がほころぶ。手が汚れるのは難点だけれど、美味しさに勝るものはない。
「あおいちゃん、美味しそうに食べるわよね。この間のティラミスパフェの時も思ったんだけど」
 照り焼きチキンピザを頬張りながら、三橋さんが感心している。
「そんなに量は食べられないのですが、美味しいものは大好きです!」
 大食いではないけれど、美味しそうにごはんを食べるのには自信がある。バスケットサークルの帰りに皆でファミレスやラーメン屋さんに寄った時に、必ず誰かに「アオはうまそうに食うなあ」と言われている。
「じゃあ食べ物の取材とかもいけそうかしら」
「あ、ひとつだけダメな食べ物があります……」
「なあに?」
「シュークリームです」
 その言葉に三橋さんはおろか、沢渡さんまで目を丸くして「シュークリーム!?」と驚いている。そりゃそうだろう、スイーツの王様みたいな、あのシュークリームが苦手だなんて女子としてどうなんだと思われるだろう。
「ついでに言うとモンブランもダメです」
「モンブランも!?」
 三橋さんが「信じられない」とばかりに口元を押さえている。
「でも、好き嫌いってそれくらいで。割と何でも食べる方です」
「わかりました、スイーツ記事とかはその辺りを避けましょうね」
 三橋さんがメモをしている間、沢渡さんの意識が遠くにあるように思えた。
「沢渡さん? ピザ、冷めちゃいますよ?」
 急に心配になって沢渡さんに話しかけると「あ、ああ。ありがとう」と返答するも心ここにあらずな雰囲気だ。思わず三橋さんに耳打ちしてしまう。
「沢渡さん、大丈夫でしょうか」
「大丈夫よ、とは言っても今まで見たことのない反応ではあるけど」
 三橋さんも少し心配そうに沢渡さんを見つめる。

 ――私たちの心配は杞憂に終わった。
 ピザを食べ終えたら「よっしゃ、あともうちょっと! あおいちゃんも慣れないなか頑張ってるし、おじさんも頑張んないとなー」と普通に戻ったのだ。
 何か引っかかるけれど、今日初めて会った人に「なにかありましたよね?」と言うのも失礼だと思って何事もないように撮影に挑んだ。
「よし、オッケー! 終わり!」
 沢渡さんのチェック、三橋さんのチェックを経て、16時半。朝からの長い長い撮影が終わった。正直、笑顔を作りすぎて顔面がやや痙攣している感覚がある。足も痛いし、昨日矢田さんに言われた「筋肉痛に気を付けて」の意味がようやく分かった。普段使わない、意識していない筋肉を意識して使っていると、こんなにも痛みを伴うのか。これからバスケットボールをする前のストレッチは入念にしないとな、と心に誓う。
「この後、渚ちゃんは編集部?」
「はい、この写真を見てラフを作らないといけないので」
「ラフ?」
 私が小首を傾げると、三橋さんが説明してくれる。
「ラフは雑誌の設計図みたいなものね。私は原稿も書かないといけないし……と言っても原稿はほとんどできてるから、レイアウトの相談が主になるかしら」
 なるほど、ラフ画のラフと同じ意味合いを持っているのだな、と一人で納得する。
 そんな中、唐突に沢渡さんが私を見下ろしながら言う。
「僕、今日はもう仕事ないから、あおいちゃんを送っていこうか?」
「え! 私香芝ですよ!?」
 正直、気が引ける。今の場所が天理市に限りなく近い奈良市内なので、香芝はとても遠い場所なのだ。直線距離で18キロくらい。あくまでも直線なので、道路になると更に距離は長くなる。
「いいよ、香芝くらい。ドライブだ」
「沢渡さんが送ってくれるなら、こちらとしても安心だし助かりますー」
 絶大な信頼があるのだろう、三橋さんがホッとした表情を浮かべている。
 そんなこんなで何故か沢渡さんが香芝まで送ってくれる運びとなった。

「あおいちゃん、また連絡しますねー! お疲れ様でした!」
「三橋さん、お疲れ様でした!!」
 スーツケースをランドクルーザーのトランクに入れてもらい、私は三橋さんにお辞儀する。
「さ、乗って」
「失礼します」
 私はバンビィガールのコーナーの撮影で着用した服のまま、沢渡さんの車の助手席に乗り込む。かすかにミルクティーのような香りがして、男性の車の武骨なイメージとは少々違い、優しい空間だった。
「何か聴きたい音楽とかある? サブスク入ってるから、適当に選んでよ」
「じゃあ、このロックバンドがいいです」
 沢渡さんに渡されたスマートフォンをいじり、お目当てのロックバンドを見つけ、再生ボタンを押す。
「懐かしいの好きなんだね」
「沢渡さんがおいくつの時ですか?」
「高校生だね」
 静かにシフトチェンジしながら、沢渡さんが懐かしそうに答えてくれる。車は国道24号線に入り、渋滞に捕まりながらも南下していく。
「さっき」
「はい?」
「シュークリームが苦手って言ってたよね」
「言いましたね」
「ちょっと驚いたんだ」
「やっぱりメジャースイーツを好きじゃないから、ですか?」
「ううん、僕の好きだった女の子もシュークリームが苦手だったから」

 ――まさかの、恋バナ!!

「と言っても、学生時代。随分と昔のね」
「なるほど」
 てっきり、シュークリーム云々で別れたとか、そういう話をされるのかと思ったので、内心ホッとした。学生時代の恋愛ならば、可愛い話で終われるからだ。でも今日初対面の人と恋バナするほど、私は器用な人間ではない。
「モデルデビューはどうだった?」
 さらっと話題を変えてくれたので、深入りせずに済んだことに胸をなで下ろす。
「皆さんがあたたかくて、とても楽しかったです」
「おじさんには『恋人だと思って』とか言われるし?」
 沢渡さんがおどけて言うので、思わず笑ってしまう。
「おじさんだなんて、そんなそんな」
 あの言葉は衝撃的だったけれど、感情を入れるのには最高の言葉だったと思う。
「あおいちゃんはいいバンビィガールになれると思う。今日撮影してて思った」
「そうでしょうか」
 突然の評価に戸惑っていると、沢渡さんが運転しながら今日一番の大真面目な表情で「うん」と頷く。
「吸収力がすごいなって、純粋に感心したんだ」
 ――だって今日一日はあなたの恋人でしょ? 恋人の期待に応えたいって思うでしょ?
 精一杯のおちゃらけた回答を飲み込む。沢渡さんなら流してくれそうなのに。何故だろう。
「よし、郡山インターから高速に入ろうか」
 この時間の国道24号線はなかなか動かないし、高速も多少は混んでいるだろうけれど、下道よりマシだろう。私は静かに頷いた。
「香芝インターは行き過ぎになっちゃう?」
「うーん、法隆寺インターでも香芝インターでもあまり変わらないですね」
「じゃあ香芝までいっちゃおう」
 その時に、ロックバンドのアルバムで大好きな一曲が巡ってきた。思わず口ずさんでしまう。
「本当に好きなんだね」
「はい」
 高校時代、何度も何度も聴いたフレーズを口ずさむ。
「本当に高校時代に戻ったみたいだ」
 そう言うと、何故かクスクスと笑う沢渡さんがいた。

 香芝インターで高速を降りて、我が家へ向かっていく。私は沢渡さんにわかりやすいようにナビゲートする。ナビはついているのだけれど「ジモティの案内の方が確実だ」と目的地を設定しなかった。
 私の家は、とある駅の駅前にある。
「あ、じゃあその道から駅前の北ロータリーに入っちゃってください」
「え、家の前まで送るよ?」
「大丈夫です、本当に家の前なんです、ロータリーが。多分我が家の前の道を車で入るとめんどくさいことになっちゃうので」
「わかった」
 沢渡さんのランドクルーザーをロータリーで停めてもらう。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそいい写真をありがとうね」
 スーツケースを持ち、私が「それでは失礼します」とお辞儀すると、沢渡さんが「楽しかったよ。ありがとう」と言ってくれる。
 沢渡さんのランドクルーザーが小さくなっていくのを眺めながら思う。
 ――ひとつの雑誌に、沢山の人の手が加わっている。その中で私はちゃんと自分のお仕事をできたのだろうか。考えても仕方ないことだけれど。
 さあ帰るか、と振り返ったら、見覚えのある顔が私の目の前に立っていた。
「アキヒロ?」
 どうやら研修を終えて帰ってきたらしい、スーツ姿のアキヒロが立っていた。
「声が聞こえたから、あおいやと思って」
 何故か視線を合わせてくれないアキヒロに「なんでこっち見ないんよ!」と無理矢理視線を合わせると、アキヒロの顔は真っ赤だった。
「なんで、そんなメイクしてんねん!」
「今日撮影やってんもん」
「お、おう。そっか」
「私の顔、変?」
 わざとしかめっ面をすると、小声で聞こえてくる「違う」の言葉。
「もう、私帰るから。じゃあね」
 スーツケースをゴロゴロと引っ張りながら家の方へ向かうと、急にアキヒロに肩を掴まれる。
「なに?」
「……あいつ、誰」
 アキヒロの低くて小さな声。
 あいつ? ん? 誰のことだ? と一瞬考え、それが沢渡さんのことだと一致するまでに数秒かかる。
「ああ、今日のカメラマンさん」
「なんやー、焦るやん」
「何を焦るの」
「こっちの話! ほっとけ!」
「はいはい、じゃあまたねー」
 一人で悶絶しているアキヒロを放っておいて、私は家路についた。

 家について、三橋さんにお礼のメッセージと「メイク姿をSNSにアップしても大丈夫か」を尋ねたらOKのスタンプが送られてきたので、自撮りして顔をわざと半分だけ隠す。

【20XX/04/27
 こんばんは! 紺野あおいです。
 今日は一日撮影でした。半分だけメイク姿をちらり(笑)。
 とてもとても楽しい時間を過ごせました!
 どんな仕上がりになったかは5月25日までお待ちください!
 #紺野あおい
 #バンビィガール
 #月刊バンビィ
 #奈良】

 ちょっとだけ、自撮りにも慣れてきたかな? 
 何だかSNSのアカウント開設当初のテンパり具合が我ながら滑稽だったことを思い出し、「ふふ」と笑ってしまった。


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