小説:バンビィガール<2-5>壮絶なコンテストバトル #note創作大賞2024
事が動き始めたのは、4月に入ってすぐだった。
『先輩、爆弾投下です!!』と連合軍コミュニティに書き込みがあったので、誰の爆弾かとチェックしてみると浜村さんの票が100以上伸びていて、随分離れていた1位と2位の差がほとんどなかった。
現状が
1位:5番 紺野あおい 833票
2位:2番 浜村凛 813票
3位:8番 深瀬愛奈 797票
20票しか差がなく、全然余裕じゃない。3位の深瀬さんとも36票差だ。
浜村さんのバックボーンと言えば……と、この間の生放送のあとの帰り道のことを思い出した。
県内の総合大学でアメフト部のマネージャーをしていたこと。大手企業に内定が出ていること。部員票に同期票はめちゃくちゃ強いはずだ。
「こりゃまずい」
パソコンのモニターの前で、眉間にしわを寄せる。
この状況を打破するためには、投票の足並みを揃えることも大事だけれど、自分の気持ちを毎日訴えること、初心に返ることが大事なのではと思った。
私はパソコンから日記をアップロードしているサイトを開いて、静かに打ち始めた。先日アキヒロたちバスケ仲間と行ったお花見の写真を添えて。
【20XX/04/08 あと20日を切ったバンビィガールコンテスト
こんにちは、紺野あおいです。
毎日たくさんの投票、本当に感謝しております。ありがとうございます。
私は女子大生の頃、そして24歳の頃にバンビィガールコンテストに応募して落選しています。選ばれなかった理由は分りませんが、きっと何かが足りなかったのでしょう。勿論「運」というものもあるでしょうが、神様がいるとするのなら「まだまだじゃ」と門前払いされてしまったのでしょう。
そして27歳になった今、なりたい気持ちはこれまで以上にあります。
奈良という土地を愛していて、その「大好き!」という気持ちを誌面やサイトで表現できて、まだ私も知らない沢山の奈良の魅力を伝えられるバンビィガールを目指していきます!
今後とも応援のほど、宜しくお願いいたします。
写真は先日お花見に行った大和郡山のお城まつりの桜です。桜は美しいけれど、どこか切ない気持ちにさせるのは何故でしょう。】
コミュニティには一言「いつも協力してくれてありがとう。まだまだ知人友人巻き込んでくれると嬉しいです」と書いて、次の作戦を考えた。
夜、柳先生から得票数のエクセルデータが送られてきた。
浜村さんは週末の得票率が高いこと、深瀬さんは予測できない投票爆弾が投下されることがグラフで分かる。どの爆弾も100単位の大きなものだ。
一方で私の得票率はバラバラなのが分かる。さあどうする?
連合軍に参加しているのは30人ほど。ここから枝分かれで確実に投票してくれる人を増やしていかなければいけない。
そして私を知らない人も巻き込みたい。最終選考まできたのだから。
何かアイディアはないかとネットの海を漂い、先人の知恵を借りることにした。前任にあたる現在のバンビィガールさんもブログをやっていて、最終選考の時に何をしていたか書いている記事を見つけて読んだ。
「そうか……そういう方法もあるよね」
独り言を言いながら、パソコンでフリー素材探しをした。
「お父さん、今いい?」
夜、リビングでテレビを観ていたパジャマ姿のお父さんに声をかける。晩酌をしているらしく、ウィスキーのロックを片手にくつろいでいた。
お父さんは小さいながら、大阪で旅行会社を経営している。
「なんや、どうした」
「これ、できれば色んなところに配って欲しいんやけど」
私が『あるもの』を渡すと、お父さんがリラックスモードから真剣な表情に切り替えて私を見た。
「今の時代、何に悪用されるか分からんぞ」
「大丈夫、それ込みで覚悟できてる」
「……なら、協力したろ」
お父さんは何かを言いたげだったが、言葉を呑み込んだように見えた。
「ありがとう!」
次にアキヒロにメッセージアプリで「今、暇?」と尋ねた。
『どうしたんや、こんな時間に』
『通話したいんやけど、いいかな』
すぐにOKというスタンプが送られてきたので、電話をかける。
「もしもし、アキヒロ? ごめんな、こんな時間に」
『ええよ、まだ起きてたし。で、なんなん?』
「アキヒロにお願いしたいことがあるんよ」
そしてさっきと同じように――今回は画像添付だけど――『あるもの』を見せて、伝える。
「アキヒロの会社の同期さん、違うバスケサークルに宣伝して欲しい。お願いします」
通話で相手が見えないのに、私は勢いよく頭を下げながら言った。
『……ええよ』
「ほんまに!? じゃあ今からアキヒロんち行ってもいい?」
アキヒロの家は私の家から徒歩10分のところにある。アキヒロとはバスケサークルで知り合った仲なので、近所だと気付いたのは随分と後のことだったけれど。
『女の子がこんな時間に出歩くなんて危ないやろ』
「いい大人ですが」
『ええから、俺が行く』
そこで通話が切れる。
『着いたぞ』とメッセージが来たのは、通話終了20分後のこと。
私は慌てて玄関の扉を開ける。
「よ」
アキヒロが原付バイクにまたがって、軽く左手を上げる。
「ありがとう、わざわざ。これ、プリントアウトした分、袋に入れてる」
袋の中には100部の『あるもの』。
「うわ、こんだけ刷ったんか。原本さえあれば俺でもコピーできるのに」
「どんな扱いされてもいい、お願いします」
「分かった。あと、俺からも渡したいものがある」
「渡したい、もの?」
首を傾げると、アキヒロは羽織っていたナイロンジャケットの右ポケットから白い紙袋を取り出した。
「これ、やる」
「橿原……神宮? お守り?」
「この間、別のバスケチームの試合の時に橿原神宮の近く通ったから。『勝ち守』って言うらしい」
「これを、私に? わざわざ買ってくれたん?」
声が、震える。
涙腺が崩壊するのを、ぐっとぐっと堪える。絶対に泣かない。泣くのは全てが終わってからだ。
「ありがとう」
「あおいならやれる、勝てる。頑張れよ」
左手でグッドマークを作るアキヒロは、原付バイクのエンジンをかけ「じゃな、おやすみ」とだけ言って帰っていった。
「神頼みも、悪くないかも」
小さくなっていくアキヒロの姿と、手の中にあるお守りを見比べながら呟いた。
勝ち守が気になったので、すぐにスマートフォンで橿原神宮のサイトを調べると、こう書いてあった。
――金色の鵄って格好いいな。私も光り輝ける鵄のようになりたい。
左手で持っている白いお守りがスマートフォンの光に反射していて、暗闇の中光っているように見えた。
まるで、私を導いてくれる光のような気がして。
私がお父さんとアキヒロに渡したものは、投票のお願いを呼び掛ける宣伝チラシだった。これを奈良県内の主要駅前(禁止区域ではない場所を調べてから)で配る予定。チラシにはちょっとした奈良クイズも用意して、奈良が好きであることをアピールする手法をとった。
原稿は、シンプルかつインパクトのあるものにした。
【バンビィガールオーディション参加中!
突然ですが、クイズです。これは何と読むでしょう?
① 忍海
② 三碓
③ 内侍原
④ 奉膳
⑤ 阿字万字
これ、実は全部奈良の地名なんです。
「奈良を愛する気持ちを大切にして、奈良の『今』を。
そして魅力的な奈良の『再発見』を。」をモットーにエントリー中です。
お気に召しましたら、No.5紺野あおいに投票お願いします!】
レイアウトにもこだわり、自分の写真も大きめに配置した。そして私の写真SNSのQRコードを貼り付け「クイズの答えはこちらから」と記載し、投票登録方法の説明をパワーポイントで仕上げ、完成。月刊バンビィといえば奈良での知名度は抜群なので、どういうコンテストか口頭で説明がしやすい。
次は人材確保。
連合軍のトピックに「求む、協力者!」というタイトルで、チラシ配りのお手伝いをしてくれる知人はいないかと書き込んだところ、「まつりさん、オッケーですよー」と数名の仲間が挙手してくれた。
問題は「どこで配るか」。
私の地元、香芝は正直期待できない。というのも、奈良県の人口は北部と中部で随分と差があるからだ(南部はそもそも行くことが難しい)。
一番月刊バンビィを読んでいると思われる学生層を狙い撃ちしたい場合、学校の数も北部を通っている近鉄奈良線や南北を繋ぐ近鉄橿原線に集中しているので、この辺りを攻めた方が賢い気がする。
絞られたのは生駒駅、富雄駅、新大宮駅、大和郡山駅。
この中で駅前の広さに余裕がない大和郡山駅は残念ながら除外した。
コミュニティに候補駅を書き込んで、案を乞う。
「ゲリラ的に配った方がいいか、SNSで周知して配るのどっちがいい?」
周知に賛成派は「やっぱりまつりさんが配ってるのを目的に来てくれる人もいると思うから」という意見。
ゲリラに賛成派は「今、変なやつが多いから、まつりさんが危ない思いをしないように」という慎重な意見が多かった。
その意見を両方活かせる方法として考えに至ったのは「当日、配る直前にSNSで告知する(言葉にはせず画像でお知らせ)」だった。
変な奴がいればすぐに逃げる、これもルールに入れた。
現在の写真SNSのフォロワーがありがたいことに500人ほどいるのだけれど、確かに危ないやつもいるだろうなと判断してのこと。
一日目:富雄駅(午後) 200部
二日目:生駒駅(お昼前から夜) 400部
三日目:新大宮駅(お昼前から夜) 500部
お手伝い料は夕飯をご馳走する、という条件で、一日目がラスクちゃん、二日目が女王、三日目がたまたま仕事が休みで空いていたYUKINKO(ミヤコのSNSでのニックネーム)にお願いすることになった。
ラスクちゃんも女王も、好きなアーティストのライブ会場で一緒になる仲。個人的にもよく遊んだりしているので安心安全。
スケジュールは投票期間の中間地点の4月11日、12日、15日。恐らく投票の中だるみの時期になるだろうからだ。
ここまで決めて、スマートフォンの画面を閉じる。スマートフォンのロック画面には2時30分の表示。
「なんでバンビィガールは一人しかなれないんやろなあ……」
そんなことを思いながら、眠りについた。
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