小説:バンビィガール<8>さよならバンビィガール【終】 #note創作大賞2024
終わりが来ることを考えていたら、集中できなくなる。
それからの私は任期のことを考えず、目の前にある仕事をきっちりとこなすことに重点を置いた。
2月号のバレンタイン特集では県内の美味しいチョコレート屋さんを巡る旅に出たり、3月号では県内のショッピングモールを攻略するという、ちょっと変わった特集で営業中のイオンモールの中で表紙撮影をしたり。
そして4月号。春を呼ぶスイーツ特集は――シュークリームは私の担当から外してもらったけれど――いちごフェアな感じに仕上がった。
食べ物取材も月2回の連載を無事に駆け抜け、原稿はいつも一発OKにした。
矢田さんは本当にこのイラスト連載が好きらしく、原稿を送る度に絶賛コメントを送ってくれた。
隠れ趣味が生かせて、大変ではあったけれど楽しかった。
そして4月2日。最後の撮影の日。
いつものようにすっぴん伊達メガネにマスクで、適当なワンピースを着て、朝ごはんはバタートーストにホットミルクティー。
正直、この日がこなければいいのにと思っていた。
一年前、投票を呼び掛けていた時のことを思い出し、少しばかり涙腺が緩む。
嗚呼、終わってしまうんだ。明日からどうやって生きていこう。
そんなことを考えながら、荷物をまとめて家を出発した。
初撮影と同じく、待ち合わせは早朝の天理駅。
あのデビューの日と同じように、渚さんがバンビィ号で迎えに来てくれている。
「おはよう、あおいちゃん」
「おはようございます、渚さん」
渚さんはいつもより淋しそうに私を見つめているように思える。
「今日も一日がんばりましょうね」
「はい!」
カメラマンは勿論、沢渡さん。
「今日が最後のバンビィガールか。うんと美人に仕上げるからね」と今まで見てきた中で一番優しく微笑んでくれた。
これは偶然だったのだけれど、今回のQUEENのスタイリストさんは横田さんに筒井さん。
全くあの日と同じで、思わず号泣しそうになるのをグッと堪える。
「いつもご活躍、拝見してましたよ」と横田さんが私の髪の毛を触りながら言ってくれた。
「伸びましたね、髪の毛」という言葉が、この一年の長さを教えてくれる。
筒井さんは「相変わらずモチモチのお肌ですね、ちゃんとケアされていたんですね」と褒めながらメイクを仕上げてくださった。
すべてがあの始まりの日のように、煌めいている。
今日はベンチではなく、店舗の横にある原っぱでしゃがみこんで上半身を撮影することに。
「ちょっと童心に帰る感じで、茶目っ気あふれさせてくれる?」
最初は無理! と思ったポージングや表情も、この一年で自信が付いた。
5月号の特集は「改めまして、奈良」。
表紙は私の大好きな平城宮跡の朱雀門前で撮影が決まっている。
「夕暮れ時を狙いたい」とは沢渡さんの弁。天候がどうなるかわからないので賭けだ。
「僕は日頃の行いがいいからね」と沢渡さんがしれっと言うので「本当ですか~?」と突っ込んでおいた。
それまでは廃校のスタジオで別カットの撮影だ。
「今日は撮影後に編集部に寄るからね」
「え? どうしてですか?」
「矢田さんからお話があるって」
内容までは知らないと渚さんが言うので、何があるんだろうと不安になる。
「そんなに不安がらなくても、悪い話じゃないと思うから」
渚さんの言葉を信じて、私は何度も何度もポーズをとり、撮影してもらう。
集中して撮影していたら時計はあっという間に16時を示していた。
「よし、そろそろ行こうか。最後の大仕事だよ!」と張り切る沢渡さん。私は慌てて表紙用のブラウスとシフォンスカートに着替える。
天気はどうなんだろう、と外に一歩踏み出して空を見る。
「晴れてる!」
「ね、日頃の行いがいいっていったでしょ?」
「いえ、多分私の日頃の行いですね」
冷静に突っ込みを入れると、何故か悔しがる沢渡さん。このイケオジ、面白い人だなと改めて思う。
平城宮跡は不思議なことに人もまばらで、絶好の撮影タイミングだった。
「うん、風も吹いていい感じだ」
沢渡さんは『風』も表紙の要素に欲しかったらしい。
確かにこのくらいの風だと、シフォンスカートが綺麗になびいて動きがある。
「うーん、じゃあ、ここに立って」
指示された場所は朱雀門からちょっと離れた場所。そして生駒山方向、つまり西を向いて欲しいという注文が入る。
「西日が眩しいんですが、目を開いたほうがいいんでしょうか」
かなり眩しくて、手で覆わないと言われた方向を見ることができない。
「もう少し我慢して。眩しくなくなる時が一番空が綺麗にグラデーションかかるから」
生駒山に日が沈んでいく。そして太陽の輪郭が見えなくなったその時だった。ふわりと私を優しく風が撫でた。何故か切ない想いが込み上げてくるけれど、シフォンスカートの柔らかさを意識して微笑む。
「オッケー! いい写真撮れたよ!!」
そう叫ばれて、私が慌てて沢渡さんのカメラの液晶を確認する。
「うわあ、幻想的だ……」
シフォンスカートの色はラベンダー。それが夕焼け色に染まり、風が吹き、私の髪をいたずらするように抜けていく写真。後ろにはちょうど良い大きさで赤く染まった朱雀門が収まっている。
「素敵ですね」
「何だかあおいちゃんに初めて褒められた気がするよ」
「そうですか?」
私がとぼけると、沢渡さんが笑う。
「よし、これで撮影終了だよ」
「沢渡さん、本当にありがとうございました」
「お疲れ様、バンビィガールちゃん」
私たちは自然と握手をしていた。沢渡さんの手は大きくて、そして温かかった。
片付けが終わり、私たちは編集部へと戻る。
今日はちょっと賑やかなフロア。その中で、やや大きめの楕円形のテーブルに矢田さんが座っている。
「お疲れ様、あおいちゃん」
「お疲れ様です、矢田さん」
「えっと、専属モデルとしてのお仕事は今日が最後やねんけど……」
そこで矢田さんが区切って、A4サイズの封筒を取り出した。
「実は大阪のタレント事務所があおいちゃんを見て、うちでモデルをやってみないかっていうお声がけしてもろてるんよ」
「え!」
私が、モデルを続ける……?
考えたこともなかったわけではない。でも、次の進路は本当に不明で、不安で、これが任期のあるお仕事か……と悲しくなっていた。
その不安を矢田さんは見抜いていたってことなのかな。
「今までの月刊バンビィとか全部見てくれてはってね、是非って」
「あ、もしかして、その事務所ってPlaceですか?」
沢渡さんの言葉に「流石沢渡さん、ようわかってはる」と矢田さんが笑う。
「良くお仕事ご一緒してるんで。その封筒の中にあるパンフレット、僕が撮影したんですよ」
そう言う沢渡さんが、私を見つめて「うん、Placeなら、あおいちゃんのカラーにも合いそうだ」
「これから今以上に厳しい道かもしれんけど、どうかなって」
言葉がうまく見つからない。私は泣きそうな思いをぐっと堪えて、矢田さんを見た。
「最高の花道を、ありがとうございます」
そして頭を下げる。
「これからも頑張ってな。あおいちゃんならできる!」
矢田さんの言葉に、渚さんから、沢渡さんから、編集部に残っていた人たちから拍手が起こる。
私の夢が終わる日、私の新たな夢が始まる。
――さよなら、バンビィガール。
1ケ月後。
地元の本屋さんにて。
もうすっぴん眼鏡に帽子を被ったりはしていない。堂々と『紺野あおい』として買いに行く。
「あら、バンビィガールの!」
「こんにちは、一冊下さい。あと撮影しても大丈夫ですか?」
どうぞどうぞ、と言ってもらえたので遠慮なく売り場を撮影する。
写真SNSに私のポスター、売り場、私の表紙、そして『今の私』がピースした自撮り写真をアップロードして、文章を付ける。
【20XX/04/25
こんにちは、紺野あおいです。
本日、私のバンビィガール任期満了の5月号が発売されました!
撮影の時、何度も泣きそうになりましたが(苦笑)、笑って撮影を終えることができました。
あっという間の一年、夢が叶ってから今まで経験したことのない日々を過ごさせていただきました。本当に諦めなくて良かったと心から思います。
ずっと応援してくれた仲間たち、月刊バンビィ編集部の皆様、カメラマンの皆様、ヘアサロンの皆様、取材先の皆様、月刊バンビィに関わってくださったすべての皆様、そして今この投稿を読んでいるあなたに。
「本当にありがとうございました!」
バトンを次のバンビィガールちゃんに渡すまでは、まだまだバンビィガールです。
次期バンビィガールちゃんの最終選考も是非応援してくださいね!
それではまた、どこかで。
#紺野あおい
#バンビィガール
#月刊バンビィ
#奈良】
あ、そうだ、とハッシュタグをひとつ付け加えた。
「これでよし、と」
――#諦めない限り夢は続いていく
<了>
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