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リレー児童文学「走りつづけていたら」

児童文学の会「らんぷ」のメンバー4人で一章ずつ書き、タスキをつなぎました。 リレー型児童文学です。

     共作    かごの ゆず(1)
            北浦 鈴奈(2)
               小川 メイ(3)
             辻 貴司(4)

 ぼくは、家の近くの河川敷を走っている。家から十五分、走ってここまで来た。
 学校から帰ってきて、ほとんど毎日、走っている。
 五年生の春から走り始めて、ちょうど一年走り続けた。自分としては、よく続いていると思う。
 なんでも、勢い良く始めるけれど、続いたことがなかったから。
 ぼくが走り始めたのは、テレビで箱根駅伝をみて「僕も走ってみたい」という気持ちがわいてきた。自分でも良くわからないけれど、そうなってしまった。そして、それを、ほんとうに実行している。
 河川敷の両側の桜の木には、今年、初めましての花がうすピンク色にいくつか咲きだしている。
 うすいパーカーがぼくの走るスピードにあわせて、後になびいた。スニーカーもテンポいいスピードで進む。
 今日は、道が静かだ。ぼくの他には前にも後にも走っている人がいない。
『こんな日もあるのかな?』マイ・ロードだと思った時、進行方向の遠くに走ってくる人を見つけた。どんどん近づいてくる。かなり早いスピードだ。
 ぼくの近くまで来ると、ぴたっと足を止めた。男の人だ。髪の毛は、ふさふさして長め。ひげも顔の周りに黒く伸びている。体の色は小麦色、よく、日に焼けている。サーファーか?
 洋服は、今、あまりみかけない、丸く穴の開いた布を首に通して着て、腰のところをひもで結んでいる上着。布を巻きつけたようなパンツをはいている。
『なんだ、この人は』と思った時、ぼくにもっと近づいてきた。
「ふぁ!」
「……」
「ふぁ!」
「何? この人?」
 どこかで見た人?そうだ、気がついた。社会の教科書に写真がのっていた縄文人に良く似ている。
 ぼくよりも、背はちょっと低い。『ふぁ!』って何だ。どうしよう、聞くしかない。
「君は縄文人なの?」
「……」
「なんだよ!」
 何を言っても、ことばは通じないらしく、パーカーをじろじろみてさわりまくっている。「やめてくれよ!」と体をずらしても、しっかりパーカーをつかんで離さない。けっこう力が強い。
 パーカーを欲しがっている。しかたなく、ぼくは、パーカーをぬいで渡した。
「ふぁ!」と、ぼくの顔を「いい」というふうに見て、それから、パーカーに腕を通し始めた。もう片方の腕を通して、パーカーを着てしまった。
 ふぁ!がにこにこしている。そして、今度は、かがみ込んでぼくのスニーカーを見始めた。
 ふぁ!はスニーカーをさわり始めた。
「なんだよ、今度はスニーカーをほしいのか、これをあげたら、はだしで帰らなきゃいけないんだぞ、あげないよ!」
 ふぁ!は両手でさわりまくって、くつの中に指をつっ込んできた。くつを抜いでということか。
「これは、ぼくのくつだぞ!はだしで走っていたじゃないか!くつはいらないでしょ」
 ふぁ!はぼくの顔を見上げて「いい」という顔をした。
 指と指でぼくのスニーカーをつかんで離さない。
『あげたくないけど、あげるしかないか』
 ぼくは、こくんとうなづいた。
 ふぁ!が、指を離したから、スニーカーを脱いだ。ぼくは、くつ下だけになった。
 ふぁ!はさっそく、くつをはいた。ぴったりだった。
 ぼくのパーカーを着て、スニーカーをはいたふぁ!は、嬉しそうに、何も言わずに、さっき来た道を走って行ってしまった。
 さっきから人は誰も通らない。ぼくは、くつ下のままで走りだした。
 なんか、すごく、気持ちがいい!
 あの、ふぁ!は、縄文時代に帰ったのかな?パーカーとくつをとられたのに、なんで、ぼくは、ふぁ!の事を心配しているんだろう。
 ぼくは、夢を見ているのかも知れない?と思った時
「何してるの? くつ下だけで、くつ、どうしたの?」
 自転車に乗ったまきが後から声をかけて、笑いながら通りすぎて行った。
 夢じゃなかった。明日も走ろう、ふぁ!にまた、逢うかも知れない。

 あれから、いつものように同じ道を走っていのだけど、縄文人ふうの人に会えたことはない。桜はとっくに散ってしまって、暑い日が増えたかと思ったら、雨の日が続いた。雨の日はさすがに河川敷を走ることはできないから、ちょっとからだがなまる感じ。雨のあいだの晴れた日には走ったけど、やっぱりあの「ふぁ」だけで会話する人には会えたことはないんだ。
 今日も雨だけど、家にじっとしているのもつまらないから、学校から帰ると、いつもの河川敷にやってきた。走るつもりはない。傘をさしているし、足元は黒いながぐつだ。
 雨でけむる空をながめながら歩いていると、突然、
「ねえ」
と、後ろから声をかけられた。おどろいてふりむくと、みなれた顔があった。
「やっぱり山田だ。どうしてこんなところを一人で歩いているの」 
 赤い傘を背おった、まきが首をかしげてたずねた。
「なんだ、まきか。ビックリするじゃないか。お前こそどうしてこんなところを歩いているんだよ」
「わたしは、おばあちゃん家にいくところなのよ。雨なのにママに行ってきてってたのまれちゃって。山田は」
「ぼくは、さんぽだよ。雨がふっていて走れないから」
「雨ばっかりよね。まだ五月なのに」
 まきは傘をかたむけて上をみあげた。顔に雨があたった。
「おばあちゃん家に何をしにいくの」
「それは、ないしょ。じゃ、わたし急ぐから」
 そういうと、まきは雨のなかを走りだした。そういう態度ならば、ぼくはその赤い後ろすがたをボーッと見送るしかない。
「ふぁ!」
 そのときだ、うしろのほうでおおきな声がした。
    え?
 ふりかえったぼくは目をまるくした。長めの髪の毛、よく日にやけた肌、びっしりとした黒いひげ。
「あっ」
 おもわず声をあげた。あのときの人だ。縄文人ふうの人だ。あのときと同じ顔だ。でも、服がちがう、それは、ぼくのパーカーだ。足元に目をやると、ぼくのスニーカーをはいている。顔に視線をもどすと、その人はうれしそうにわらった。
「ふぁ!」
 パーカーをおなかのあたりで両手でひっぱって、みせびらかして、かんしゃしているのかもしれない。
 でも、雨にぬれているんだ。縄文人ならば雨なんて気にしないのかもしれないなと思っていると、手をのばして、ぼくの傘をさわりはじめた。めずらしそうに見てから、強い力で傘をつかんだ。
「え、傘をくれっていうのか。だめだよ、これがなければ、ぼくがぬれちゃうよ」
ふぁ!は「これは実にいいものだ」というようにぼくを見ている。ぼくはしょうがないなあと、ゆっくりと傘から手をはなした。
 ふぁ!は青い傘をさして小おどりしている。傘を上下にふるのは、なにかの意味があるダンスなんだろうか。
しばらくよろこんでおどっていたけど、ぼくの足元で視線をとめた。ぼくはハッとした。ながぐつ。ながぐつまであげるわけにはいかない。あわてて、ふぁ!の顔を見たら、ふぁ!は、自分がはいているスニーカーに目をやって、にこにこしてうなずいた。くつはあるからいいのか……、ほっとした。
 まてよ、このままでは、いろいろもっていかれてしまうままだぞ。なんとかしなければ。ひらめいてちかづくと、男の人の首に目をとめた。そこには、首かざりだろう、ひもに石のようなものをいくつか通したものがさげられていた。よく見ると石らしき物が緑色に光っていてきれいだ。
 ぼくは緑色の石をみつめた。自然の光を反射して、深い森のような海のような、深みのある何重もの光がはなたれていた。
 すると、ふぁ!は、あわてたように首をふった。これはあげないぞといっているのだろうか。ぼくはねばってみることにした。パーカーだってスニーカーだって傘だってあげたんだ。この首かざりをくれないだろうか。
ぼくは、ふぁ!がやっていたように、とてもいい首かざりですね。というような顔をしてみせた。そうしたら、ふぁ!は、しぶしぶといったかんじだったけど、傘を脇にはさんで、両方の手で首かざりをはずしたんだ。ぼくは手をのばして受け取った。ちかくで見るとますますきれいだった。それからゆっくり自分の首にかけてみた。なんだか縄文人になったような気分だ。ふぁ!は少し遠い目をして、ぼくの肩をポンとたたくと、青い傘をふりあげて前に向かって走って行った。ずっといくと、まきのおばあちゃん家のほうなのかなと、考えていた。

 ふぁ!からもらった首飾りをぼくはとても気に入った。学校にはつけていってはいけないことになっているのだが、家にいるときや、家族ででかけるとき、河川敷を走るとき、ぼくはいつも、首飾りを身につけた。緑色の石は、陽にかざすと、南の島のサンゴ礁の海のようにエメラルドグリーンに光った。かと思うと、雨上がりの森のように、深い緑色にも見えた。
 そうこうしているうちに、夏休みになった。今年は猛暑で、日中は四十度近くまで気温が上がるので、早起きをして、早朝に走ることにした。
 朝の空気は、すがすがしい。夏の朝が、こんなに気持ちのいいものだなんて、知らなかった。毎年、夏休みに入るやいなや起床時間が遅くなり、昼近くまで寝ていた日も少なくない。
「山田!」
 後ろから声をかけられた。まきだった。今日も自転車に乗っている。
「ほんとに好きだね。走るの」
 まきは、笑っていた。あきれているような顔だ。
「ずっと続けていたら、毎日走らないと落ち着かなくて」
 ぼくは、走りながら答えた。
 まきは、自転車で横に並んだ。
「あれ? それ首飾り?」
 まきは、ぼくの首飾りに気づいたらしい。
「ああ。これ?」
 ぼくは、足を止めた。
「見る?」
「いいの?」
 手を首に回して、首飾りをとった。
「うわー。きれい」
 まきは、目の前まで首飾りを持ってきた。
「この石は森で、この石は海ね」
「なんでわかるの?」
「なんとなく。見えた気がしたから」
「見えたって、何が?」
 まきは、ふふふっと笑って、首飾りをぼくに手渡した。
「じゃあね。わたし生物係だから学校にいかなくちゃなの」
 そういうと、まきは爽快に自転車をこいでいってしまった。
「ふぁー! ふぁー!」
 突然、おかしな声がした。また、ふぁ!のおじさんかもしれない。ぼくは、あわてて周りを見回した。
 すると、道の真ん中に一羽のハシブトガラスが飛んできた。まるで通せんぼをしているようだ。カラスは、じりっとぼくをにらみつけた。
「な、なんだよ」
 ぼくは、たじろいだ。カラスにつつかれると痛いと聞いたことがあるからだ。
「ふぁー! ふぁー!」
 カラスは、ぼくを威嚇しているようだが、喧嘩を売られる覚えはない。
「ふぁー!」
 突然、カラスがおそいかかってきた。
「うわあ!」
 ぼくは、とっさに頭をかばおうとした。そのすきにカラスは、ぼくの手から、首飾りをさらっていってしまった。
「あ、それはぼくの!」
 大事な首飾りが。そういえば、カラスは光るものを集める習性があるとか、ないとか。
 当のカラスは、首飾りをくわえたまま、近くの木の枝にとまってこちらを見ている。
「返せよ!」
「ふぁ!」
「ふぁ! じゃなくて、返せよ」
「ふぁ!」
 困った。石でも投げたら、驚いて首飾りを口からはなしてくれるだろうか。
 ん?まてよ?口に首飾りをくわえているのに、カラスって鳴けるものだろうか。
「ふぁ!」
 肩をたたかれた。
「わ!」
 あの縄文人のような、ふぁ!のおじさんが、横に立っていた。さっきの「ふぁ!」は、カラスじゃなかったらしい。にこにこ笑っている。暑いだろうに、ぼくがあげたパーカーを腕まくりして着ている。
「おじさん。おじさんにもらった首飾り、あのカラスにとられちゃった!」
 ぼくは、一生懸命、身振り手振りをまじえて説明した。
「ふぁ! ふぁ!」
 ふぁ!は、にこにこしたままうなずいた。
 そして、目を見開いて直立不動になり、川の方に向かって、息を大きく吸った。
「ふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁん……」
 ふぁ!は、急に大きな声で、呪文のように唱え始めた。
「ふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁん」
 ぼくは、あっけにとられた。
「ふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁんふぁん」
 ふぁ!は、呪文をやめない。早朝で誰もいなくてよかった。
 すると、川の上空に、平たい形の円盤のようなものが現れた。そして、円盤から白い光の線が下りてきて、カラスを照らした。
「ふぁー!」
 カラスは、驚いた拍子に口から首飾りを落とした。ぼくは、急いでそれを拾った。そして、再び上空を見ると、円盤の姿はもうなかった。
「良かった。首飾りは無事だ」
 ぼくは、首飾りについている石を一つずつ傷がないか確かめた。
「ふぁ!」
 ふぁ!は、よかったね、という顔をしている。
「ありがとうございました」
 ぼくは、頭を下げた。
 でも、さっきの円盤のようなものは何だったんだろう。見間違いだったのだろうか。
 ぼくは、上空を確認した。なにもない。
 雲一つない。
 さわやかな、夏の朝だ。

 4

 気づけば、ふぁ!もいなくなっていた。
「よし、今日は、いつもより先まで行ってみるか」
 いつもは、大きな桜の木で折り返していたんだけれど、距離をのばしてみよう。
 走り出すと、首飾りがリズミカルに胸を打った。
 スッスッ、ハッハッ!
 呼吸も合わせてみる。
 ざわっとする血の流れ、新鮮な空気、足に伝わる地面の感触、風と光のにおい。
 体全体が気持ちいいと言っているのがわかる。
 どこまでも行けそうだ。
 桜の木が見えた。
 その先は、初めて走る道だ。
 桜の木を過ぎるとき、目に見えないゲートをくぐったような、ふっと空気が変わったような気がした。
 しばらく行くと、川沿いの道は、背の高い林のなかに入っていった。日陰になって、ちょうどいい。
 林を抜ける。
 きっと、となり町あたりまで来ただろう。
 心がおどった。
 ところが、急に開けた風景に、ぼくは、目を疑った。
「あれ、あれれ?」
 そこにあるはずのものが、ない。
 アスファルトの道、店の看板、古ぼけた家、自動車、そんな見慣れた風景が、なくなっていた。
 あるのは、どこまでも続く草原と林、そして川だ。
「どうなってるの? 知らない世界に迷い込んだみたい」
 ぼくは、ほっぺたをつねってみた。痛い……。
 まさか、こんな漫画みたいなことするなんて、思ってもみなかった。
 でも、夢じゃない。現実みたいだ。
 足が、一歩、二歩とかってに後ずさる。
「帰ろう……」
 きっと、今来た道を引き返せば、家に戻れるはずだ。ぼくは、回れ右をして、走り出そうとした。
 そのときだった。
 急にあたり一面が真っ白い光に包まれた。
 あわてて空を見上げると、光り輝く円盤が回転しながら、空中に浮いている。
 ぼくは、思わず、一番近くにあった木のかげに隠れた。
 ぼくを気にする様子もなく、光る円盤は近くの草原にゆっくりと降り立った。
 さっき、ふぁ!が呼び寄せた円盤だろうか。
 テレビで見たドーム型テントくらいの大きさはある。
 まさか、宇宙船? あのドアの向こうに、宇宙人がいるのか?
 ぼくは、走っていたときとは違うドキドキを感じていた。
 中央の入り口のようなドアからタラップのような階段が地面にのびてきた。そして、スッと、円盤のドアが、自動ドアのように開く。
「誰かが出てくる!」
 まさか、本当に宇宙人が出てくるんじゃ……。
 いったい、どんなやつだろう?
 ところが、現れたのは意外な人物だった。
 見慣れた顔が、ゆっくりとタラップを降りてくる。地面に立つと、背の高い草でスカートがすっぽりとかくれた。
「まき? どうして、まきが……」
 生物係の仕事で、学校に行ったはずじゃ……。あれは、ウソだったんだ。
 すると、とつぜん、草原の草がガサガサと揺れた。
 草の間から、縄文時代の格好をした人たちが立ち上がった。ずっと座って待っていたみたいだ。男の人、女の人、ぜんぶで十人以上はいるだろう。
 ふぁ!も、その中にいた。ひとりだけパーカーを着ているから、よく目立った。
 みんな、まきの前に整列しているようだ。
「どうなっているんだ?」
 もう、わけがわからない。
 すると、縄文時代の格好をした人たちが、まきに何かを手渡し始めた。
 なんだろう?
 よく目をこらして見ると、みんな手に首飾りを持っていた。赤や黄色、白や紫など、いろいろな色の石をつなげた首飾りだ。
 首飾りを渡すかわりに、まきから何か丸いものを受け取っている。
「ふぁ! ふぁ! ふぁ!」
 ふぁ!が、大きな手振り身振りで、まきに何かをうったえている。
 たぶん、首飾りがないから、丸いものをもらえないんだろう。だって、ふぁ!の首飾りは、ぼくが持ってる。
 ところが、まきが、ふぁ!の胸のあたりや足もとを指さした。どうやら、首飾りの代わりに、ぼくのパーカーやスニーカー、傘と交換してもらえたようだ。ふぁ!が、三つ、丸いものを受け取った。
 そして、たった今、交換したばかりの丸いものをひとつ、ポンと口にほうりこんで「ふぁ!」と歓声をあげた。
 おいしいもの……なのかな?
 だから、みんな交換したがっていたのか。
「ふぁ!」
 とつぜん、うしろから声が聞こえた。
 こっちにも、ふぁ!か……。
 ふりかえると、そこには、ふぁ!と同じような布の服を着たおばあさんが立っていた。
 ぼくもびっくりしたが、おばあさんも驚いたように目を丸くしている。
 どうしたんだろう。
 すると、ぼくの首飾りを指さして、「ふぁ! ふぁ!」と叫びながら、にじり寄ってきた。
「なに? これは、傘と交換したんだよ。ぼくのだよ」
 ダメだ。通じないみたい。
「ふぁ! ふぁ!」
 何を言っているのかはわからないけれど、あまりおだやかではないようだ。
「ふぁ!」
 いきなり、おばあさんが飛びかかってきた。
 緑の首飾りをふんずかむと、力いっぱい引っ張ろうとする。おばあさんなのに、ものすごい力だ。
 首が締まって、息ができない。くるしい……。
「やめなさい!」
 はっきりと、意味のわかる言葉だった。
 まきだ。
 おばあさんの力がゆるんだ。
 ぼくは、首をさすりながら、せきこんだ。
 まきが、すぐ近くまでやってきた。
「その首飾りは、あなたのものではないわ!」
 その声に、おばあさんは「ふぁ!」と言って頭を下げた。そして、草原のほうへ逃げるようにして行ってしまった。
 ああ、助かった。死ぬかと思った。
「山田、大丈夫か?」
 ぼくが声を失っていると、まきが「しっかりしろ」と言った。
「まき、ここはどこなんだ?」
 やっとこさ言うと、まきがホッとしたようにほほえんだ。
「さて、どこでしょう?」
 いやいや、ぼくが聞いているんだぞ。
 ちょっとムッとした。
「えへへ、怒んないでよ。ここは、縄文時代」
「まじで……。どうして?」
 そんな気はしていたけど、まさか、ほんとに?
 どおりで、空気が濃いと思った。
「あたしが行き来すると、しばらく道が開いたままになっちゃうんだよね」
「道って?」
「現代と縄文時代をつなぐ道」
「……は? 何、言ってんの?」
「ちょっとね、縄文時代に来たかったんだ」
 なんでもないみたいに言っているけど、まさか、縄文時代に通じる道を、まきが作ったって言うのか?
「ときどき、縄文時代から現代に行っちゃう人もいて困ってたんだよね」
 まきが、笑った。
 ぼくは、「あっ!」と声をあげた。
 ふぁ!のことだ。ふぁ!は、縄文時代から、この道を通って現代にやってきていたんだ。
 そういえば、ふぁ!に会うときは、必ず、その前後にまきがいた。
 だから、道が開きっぱなしだったのか!
 いろんなことがいっぺんにわかって、頭がぐらぐらした。
 じゃあ、まきは、本物の宇宙人……。
 ぼくは、言葉を失った。
「あたし、もう、帰らなきゃいけないんだ」
 とつぜん、まきが、さみしそうに言った。
「どこに?」
「山田には理解できないくらい遠くだよ」
 くそお。人のことをバカにして……。
 宇宙のどこかの星に帰るっていうんだろう。そのくらい、ぼくだってわかる。
 まきは、ぼくのことなんか、おかまいなしに、話し続けている。
「それでね。地球が一番きれいだった頃の、自然を持って帰りたいと思ったの」
 手にした首飾りをひとつ見せてくれた。
 雪のように真っ白な石だ。
「この石は、雪。粉雪が降っているのが見える? きれいでしょ」
 次に紫色の石を持ち上げた。黄色い筋が入っている。
「これは、雷。さわるとビリっとするんだ。びっくりだよね」
 次は虹色の石。
「これはわかるよね」
 当たり前だ、虹が見えるんだろ?
「縄文時代の人たちって、すごいよね。こんな石、作っちゃうんだもん」
 まきがうれしそうに笑った。
「山田がきてくれてよかった。その首飾りも、ほしかったんだ」
 そういえば、まきはこの首飾りに海と森が見えると言っていた。まるで、最初から知っているみたいに……。
 これが、地球のおみやげだったのか……。
「でも、パーカーやスニーカーももらってなかったけ?」
「当たり前でしょ。縄文時代に、現代のものを残していったら、歴史が変わっちゃうじゃない」
 そうか。深く考えてなかったけど、遺跡からスニーカーが発見されたら大変だ。
「おまえ、宇宙人なのか?」
 ぼくは、おそるおそるたずねた。
「さあ、どうでしょう?」
 また、はぐらかされた。
 ところが、まきの顔が、急に真剣な顔に変わった。
「気をつけてね。もうすぐ、怖い病気が流行って、たくさんの人が死んで、世界中がおかしくなる。たくさんの人が仕事を失って、たくさんの人がいがみ合う……」
 そこで、言葉を切ると、うつむいてしまった。
「まき、何言ってるんだ?」
 まさか、未来のことがわかるのか?
 すると、まきが、何かに気づいたように、ハッと顔を上げた。
「山田、一緒に来る?」
「どこに?」
「マキ・ラレルゴマ・キルマ19」
 すごい名前……。まきの星の名前らしい。
 マキ・なんとか……。それで、「まき」なのか。
「ありがとう。でも、ぼくは地球の日本がいいよ。箱根駅伝、目指してるし」
 まきは、「そっか」と、うなずいた。
「未来は変わるよ。がんばれ!」
 まきは、ニッと笑うと、ぼくの首飾りを持って、円盤に向かって走り出した。腰まである草の間をどんどん走っていく。
「じゃあね! 元気でね!」
 タラップを上ったところで、まきが手を大きく振った。
「あ」
 と思った瞬間、円盤が白い光を放ち、まぶしくて目が見えなくなった。
 どのくらい時間がたっただろうか。
 目を開けると、目の前の道を車が行き交っていた。家もマンションも、現代のものだ。
 縄文時代から、帰ってきたんだ。
「よかった……」
 自然とため息がこぼれた。
 手の中には、首飾りと交換した飴玉がにぎられている。
 現代ではありふれた飴玉だけど、縄文時代では貴重な品だ。
 夢じゃない。
 まきは帰ってしまった。マキ・なんとかっていう、どこか遠くの星に。
「ふぁ!」
 うしろで声がした、ような気がした。
 でも、きっと空耳だ。
 もう、時代を超える道が開くことはない。
 未来に向けて、一歩一歩、進むだけだ。

                          (おしまい)