需要を構造化して把握する「ブランド×チャネル(カテゴリー)MATRIX」
このnoteでは、
マーケティング戦略検討に役立つノウハウがまとめられた元P&G、現(株)刀の森岡毅氏と今西聖貴氏の「確率思考の戦略論」と、マーケティングサイエンスの専門家バイロン・シャープ氏のブランディングの科学で紹介された数理モデルを用いて、
需要を構造的に把握し、課題を明確に方法を共有します。
【更新情報2024年5月26日】
「その決定に根拠はありますか?」
確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング
戦略を導く為の「エビデンスの作り方」をテーマに、これまで体系化してきたノウハウを紹介したマーケティング・インテリジェンスの書籍を出版致しました。5問の調査でTVCM(施策)→コンビニで商品を見た(要因)→売上がいくら増えたか?→年間16.67億円(効果)の様に経路ごとに構造的に効果を把握する国際特許(PCT)を出願した分析法など、確率モデルや因果推論をプロジェクトで実際に活用している方法を特典の動画講義も活用して実装レベルの知識まで提供しています。
潜在的な顧客、需要を把握できているか?
テクノロジーの進化により、デジタルなログとして補足できる顧客行動が増えました。多くのマーケターが自社のサイト訪問や購買などの行動分析を行っています。
その一方で、これから顧客になる、潜在的な需要を的確に把握することは簡単ではありません。
「ブランド×チャネル(カテゴリー)MATRIX」は「確率思考の戦略論」と「ブランディングの科学」で紹介された数式を用いて市場構造を把握し、競合との相対比較で自社はどの領域が強いのか?弱いのか?マーケティングの根幹となる課題を炙り出すものです。
先人の知見をもとに、多くの方が使えるようシンプルな調査分析手法にしました。
特に、ブランドや事業全体を俯瞰するCMOやブランドマネージャー、新商品開発や新規事業に関わる方、またはそうした方の戦略策定を支援する方の武器になると思います。
業種では特に飲料、食品、化粧品、日用品やゲームなど購買頻度が高い商品やサービスと、飲食店、小売、アパレルなど、実店舗を展開している業種に役立つと思います。
確率思考の戦略論
マーケティング従事者で読まれている方は多いと思いますが、読んだことがない方向けに、ここで紹介する分析にまつわる内容を要約します。
ここからは、NBDモデルを用いて、どこで販売されているか?チャネル単位で需要を把握するブランド×チャネルMATRIXと、どの様に購買または利用されているか?カテゴリー単位で需要を把握するブランド×カテゴリーMATRIXの活用例を自主調査を行い分析した内容から紹介していきます。
振り返ればAmazon
5〜6年前、私は広告会社に勤務しており飲料ブランドに提案する機会がありました。その際にプロジェクトチームのメンバーから、この言葉が出てきました。チームには小売流通とメーカー双方の事情と広告とマーケティングに詳しく、ご意見版と言うべき方がいました。氏いわく、同ブランドの販売チャネルの上位として、イトーヨーカ堂、セブンイレブン、イオンなどに続く売上のドラッグストアチェーンを抜き去る勢いでAmazonが急伸しているとのことでした。習慣的な飲用を推奨していたブランドだったため、まとめ買い需要をAmazonが取り込み急伸していました。ドラッグストアチェーンにとっては、まさに「振り返ればAmazon」という状況だったのです。
メーカーは、小売企業を介して消費者に商品を販売するBtoBtoCビジネスです。各社、消費者を見据えてブランドを開発しTVCMなどでコミュニケーションを行なっていますが、商流上の主な顧客は消費者ではなく、小売企業です。最近は、直接消費者に販売するD2Cのビジネスを手がけるメーカーも増えましたが、多くのメーカーはどのチャネルでどれだけ売れているかを把握し、どこに注力するかを決めるチャネル戦略を無視できません。
今後もAmazonをはじめとしたネット販売は増加していくはずです。ネット販売、コンビニ、スーパー、ドラッグストア、自動販売機など、販売チャネルごとの需要は週や季節などの短期、または中長期のトレンドで変化しています。変化するチャネルごとの需要を自社と競合ブランドで構造的に捉えることができる分析が「ブランド×チャネルMATRIX」です。セルフリサーチを使って調査を行い、競合比較で性別年代ごとの需要の変化をチャネル毎に捉えていきます。気になるセグメントに追加調査またはインタビューを行うことで、さらに有益なヒントを発見していきます(※1)。
消費者行動パネル調査などのシンジケートデータ(※2)から、消費者の行動記録を把握できるチャネルもあります。自販機やネット購買など、シンジケートデータでの把握が難しいチャネルもあります。「ブランド×チャネルMATRIX」では、あらゆるチャネルの需要を定量的に把握することができます。
エナジードリンクをテーマにした自主調査から具体例を紹介します。
ブランド×チャネルMATRIX
私はレッドブルやモンスターエナジーなどのエナジードリンクをたまに飲んでいます。だいたい1ヶ月に数回くらい、多い時は週3〜4回だと思います。たまに買う程度の購買について、あなたはエナジードリンクを年間何回買いますか?と聞かれて正確に回数を答えることは難しいと思います。では、あなたは最後に(直近で)いつ買ったのか?複数の選択肢で聞かれたらどうでしょうか?回数を答えるより答えやすいと思います。9月1日に全国の20代から60代男女5,000人(10歳刻み各性別500人)にネットアンケート調査を行い、マトリクスの単一選択肢でこれらのブランドについて聴取します。
今回の調査の目的はエナジードリンクのチャネルごとの需要の把握です。明らかに「エナジードリンク」と認識されていそうな商品(レッドブル、モンスターエナジー、Zone)と、同じような飲まれ方がされていそうな商品(リポビタンD、オロナミンC、デカビタC、リアルゴールド)を入れています。
「コンビニ」で最後にいつ買ったか?それぞれのブランドに対して一つ選んでもらいます。3年以前などもっとも長い期間の回答には「買ったことがない」人を含めるのがポイントです。
スマホで回答される方も多いのでブランドの項目はスマホで見やすくするため縦書きです。ブランドは並び順をランダムに表示させます。目立つ左端に表示されたブランドの回答がポジティブになるなど、回答の偏りを避けるためのものです。「スーパーマーケット」「ドラッグストア」「自動販売機」「AmazonなどのEC」についても同じ形式で聞いていきます。
これを聞いたあとで以下の質問を聞きます。
5つのチャネルごとに各ブランドの購買を聞いた後で、これまで聞いてきた7ブランド以外の「その他の商品」を聞きます。対象ブランド以外のエナジードリンク、ドリンク剤および類似飲料の需要を把握します。
調査結果からExcelで計算していきます。20代男性、コンビニ、レッドブルを例として、私が使っている分析用のExcelシートで説明します。書籍で紹介されたNBDモデル(負の二項分布)の公式は以下です。
右辺の公式にあるMとKという2つの係数が決まれば、調査日からさかのぼった任意の期間(ここではA8セルで指定した31日)で、20代男性(ここでは26行目に入力した606.3万人)のうち、0回買った人、1回、2回、3回・・・買った人がそれぞれ何%かを購買回数ごとに割りだすことができます。これが、
購買回数別の市場浸透率(Pr)です。
最後に買ったのが○日から○日の人が何パーセントか?
期間別の市場浸透率(Pn)を求める公式も書籍のP277〜P280で紹介されています。
それらの公式を実装したExcelでE列上部のアンケート結果(実績値)の値とD列上部の予測値の誤差を最小化するMとKをExcelのソルバーで計算します。
Mは0.39865です。母集団の人数(ここでは男性20代の606.3万人)にMをかけ合わせれば、のべ購買回数(緑色のE30セルの2,416,993万回)となります。つまり、のべ購買回数を人数で割った値がMです。Kは分布の形を決める係数です。
最後にいつ〇〇したのか?(ここでは20代男性がレッドブルを最後にいつコンビニで買ったか?)の調査結果があれば、ソルバーでMとKを求めることができます。
MとKが決まれば、1回以上買った人が何人か?(ピンク色のD30セルの94.4万人)、
のべ購買回数に単価200円を掛け合わせたら市場規模はいくらか?(26行目の4.83億円)、
など9月1日からさかのぼって31日、すなわち2021年8月の需要にまつわる様々な値を四則演算で求めることができます。
20代男性の調査結果から7ブランドとその他商品×5チャネルの40回ソルバーで計算して、購買回数と人数、平均購買回数をまとめたものが下記です。
その他を除いた7ブランドの購買回数をマトリクスバブルチャートにしたものが下記です。(本noteのキービジュアルにしていたものです)
20代男性 購買回数
当該年代性別のうち、相対的にどのブランドがどのチャネルで売れているのか?購買回数から把握することができます。購買人数でも把握できます。
350回ソルバーを実行すれば各チャネルごとにどの性別年代の購買回数が多いかを把握する5枚のマトリクスバブルチャートを作ることができます。手作業だと数時間かかるのでVBAでソルバーを連続実行する方法で作業時間を数分に短縮しています。
コンビニ
ドラッグストア
スーパーマーケット
自動販売機
Amazonその他EC
並べた画像を見ても細かな違いが分かりづらいかもしれません。シートごとに分けたExcelBookをアップしておきます。
シートを切り替えることで、チャネルごとの傾向の違いを把握しやすくなると思います。ご興味頂ける方はご覧になってみてください。
ブランド×カテゴリーMATRIX
次は、飲食チェーン7ブランド(マクドナルド/ケンタッキーフライドチキン/モスバーガー/丸亀製麺/スシロー/すき家/吉野家)の分析例です。
最後にいつ、
「店内」で食べたか?
「テイクアウトまたはドライブスルー」で食べたか?
「デリバリー」で食べたか?
それぞれ調査することで、3つのカテゴリーごとの需要を定量化します。飲食チェーンの場合は、販売「チャネル」というよりも、どういう風に利用されるか?「カテゴリー」と捉えたほうが適切だと思います。
調査日はエナジードリンクと同時期の8月31日ですが、調査対象は首都圏(1都6県)の20~60代男女5,000人にしています。店舗型の業種はエリアによって店舗数が異なるため、ここでは首都圏で見てみます。
20代女性の調査結果から購買回数と人数、平均購買回数をまとめたものが下記です。
7ブランドの購買回数のマトリクスバブルチャートは下記です。
20代女性の購買回数 ※首都圏
全カテゴリー1位のマクドナルドの強さが圧倒的です。
店内ではスシローが2位、ケンタッキーフライドチキンが3位。
テイクアウトとドライブスルーはケンタッキーフライドチキンが2位ですき屋が3位。
デリバリーはモスバーガーが2位で吉野家が3位です。
カテゴリーごとに年代性別の購買回数を把握するマトリクスバブルチャートは下記です。
店内
テイクアウトまたはドライブスルー
デリバリー
こちらもシートごとに分けたExcelBookをアップします。
シートを切り替えてブランドごとの需要の違いを見て頂ければと思います。
3つのカテゴリーを合算した数を母数として、店内で食べられた回数の割合(休憩として食べられた数のシェア)を年代ごとに算出してみました。
店内のシェア
マクドナルドが全年代で店内比率が高くなっています。
ケンタッキーは特に女性50代と60代が店内比率が低い(テイクアウトとデリバリーが多い)ことが分かります。
モスバーガーは全年代で店内比率が低く、ほとんどがテイクアウトとデリバリーの利用であることが分かります。
丸亀製麺は女性20代と、男性30代と50代の店内比率が高くなっています。
スシローは女性全年代と男性20代~40代の店内比率が高くなっていますが、男性50~60代は低くなっています。
牛丼チェーンのすき家と吉野家はともに女性の店内比率が低く、男性は店内比率が高くなっていますが、すき家は男性50〜60代が若干低く、吉野家は男性20代が若干低くなっています。
各ブランドの利用のされ方、需要の傾向の違いが分かります。テイクアウトまたはドライブスルーとデリバリーのシェアを集計した表も記載しておきます。
テイクアウトまたはドライブスルーのシェア
デリバリーのシェア
さらに、ローデータ内の調査パネルの属性(世帯年収や子供の有無)で分けて分析することでも、傾向差が見えます。
マトリクス設問調査の結果から分析できる軸はまだまだあるはずです。
次に、この分析法ならではの活用視点を紹介します。
毎月調査をして需要の変化を捉える。
この調査は月次で行うことを推奨しています。いつ聞くかによって変わるアンケート結果から、需要の時系列の変化を捉えることが出来るからです。
たとえば、ケンタッキーフライドチキンを最後にいつ食べましたか?(14日以内/2週間~4週間/4週間以上または食べたことがない)と調査する場合、1月1日に聞くか?12月1日に聞くかで調査結果が大きく変わります。
ケンタッキーフライドチキンはクリスマスに沢山売れるからです。いつ聞くかによって変化する回答から、推定する購買人数や回数が変わります。
毎月、月末または月初に調査して、当月または前月の需要を競合比較で把握することをオススメします。
月次ではありませんが、2020年と2021年は公開調査としてGW明けの5月10日にツイッター広告の年代配信(全国)で20代~40代男女にアンケートを行い、マクドナルドとケンタッキーフライドチキンの「デリバリー」と「デリバリー以外」の需要を推定していました。2021年8月31日に行ったFreeasyの調査結果(首都圏)を元に全国に拡大推計し、3回の調査日から遡った31日間のケンタッキーフライドチキンのデリバリーの購買回数の推定値が下記です。
2020年5月の40代男性の購買回数が突出しています。アンケートで当該年代男性に最後にいつ食べましたか?と聞いて14日以内を選んだ方の割合は2020年5月10日調査が9.2%、2021年5月10日調査が6.0%、2021年8月31日調査が1.8%でした。調査法の違いによるバイアスが多少あるかもしれませんが、1回目の緊急事態宣言での特需があった可能性は否定できません。
とはいえ極端な結果だったので、グーグルトレンドで2020年4月~2021年9月まで調べてみました。1回目の緊急事態宣言は4月7日~5月25日でしたが、開始日を含む4月5日週が、2020年のクリスマス時期を上回る検索が発生していました。
新型感染症によって、飲食業界の需要構造に変化が起こったことは社会の共通認識かと思います。私もはじめての自粛となったGWでしたが、やることが限られるので、UberEatsの会員になってデリバリーを頼んだ記憶があります。マクドナルドは小さい娘が喜ぶハッピーセットが欲しくてテイクアウト1回、ドライブスルーで1回利用しました。ケンタッキーフライドチキンはテイクアウトを1回利用しました。
当時書いたnoteが下記です。私はGWの誕生日にケンタッキーフライドチキンを(カロリー気にせず)思う存分食べるのが恒例行事となっています。
私のような40代男性がはじめての緊急事態宣言時のケンタッキーフライドチキンの特需を牽引していたのかもしれません。
「振り返ればAmazon」で例に出した飲料のチャネルごとの需要は、ここまで極端には変化しないかもしれませんが、月次で観測することは有意義だと思います。マトリクスバブルチャートの変化から、競合ブランドの需要のうち、急激に伸びた領域を発見し、すばやく対策を検討することが出来るかもしれません。
2020年7月にはチャネルごとの分析ではありませんが、Twitter調査でレッドブルとモンスターエナジーの購買回数を年代性別ごとに分析していました。今回の分析では2つのブランドの購買回数は拮抗していますが、この時点ではレッドブルがモンスターエナジーに大きな差をつけられていました。2021年2月にレッドブルは値下げをしましたが、その影響もあったのでしょうか?
また、確率思考の戦略論では調査の頻度にまでは言及されていなかったので、あくまで推測ですが森岡氏が10月のハロウィーン時期(需要期)の集客を前年7万人から14万人以上にできると予測していたのは、月次の頻度で調査を行い、月ごとの需要を定量化していたからだと思います。
月次で調査をかけて、自社だけでなく競合の主要ブランドおよび、その他の商品やサービスを含むカテゴリーの需要の変化を構造的に把握することで、より課題の発見や戦略の仮説がしやすくなるはずです。
把握したいカテゴリーを考え、需要を定量化する。
もうひとつ、エナジードリンクと飲食チェーンと同じ時期に行った自主調査を紹介します。テーマは「お菓子」です。少し変わった聞き方をしています。
この調査を分析して知りたかったのはキットカットの「Have a break, Have a KitKat.」のメッセージは効いているか?です。実際に休憩で食べられているかを定量的に把握してみます。
仕事や家事などの休憩で食べられる需要の割合を、同じような場面で食べられていそうなブランド比較で年代性別ごとに把握します。柿の種を入れたのは私の探求心からです。私はお酒が好きなので柿の種イコール(お菓子ではなく)ビールのおつまみです。仕事の休憩に食べたことはありませんが、休憩に食べている方も多いのではないかと考えました。
調査結果から分析したマトリクスバブルチャートです。
お菓子(休憩で食べられた回数)
お菓子(休憩以外で食べられた回数)
こちらもExcelBookをアップしておきます。
上記の2つを合算した値を母数として、休憩で食べられた回数の割合(休憩として食べられた数のシェア)を年代ごとに算出します。
休憩のシェア
休憩で食べられている割合が7ブランドの中ではキットカットが突出していることを期待していましたが分析結果はそうでもなく、7ブランドの中では、休憩で食べられている割合が最も高いのはチョコレート効果でした。探求心で入れた柿の種も休憩で食べられています。
キットカットが休憩で食べられている割合が突出している結果とはなっていなかったですが、これらのお菓子が食べられる回数のおおよそ半数は「休憩」として食べられていることは発見でした。
前述の飲食チェーンにおける「店内」のシェア分析では、7ブランドのハッキリとした傾向差がありましたが、お菓子の場合はあまり差がなく、どのブランドも休憩で食べられているようです。中年の私はいつからか自制をして、お菓子を休憩で食べるのは仕事が遅い時、ごくまれにです。でも若い頃はポテチなどのスナック菓子を惰性で気づくと食べていました。休憩以外の需要を調べる質問で「休憩以外の場面で、なんとなく、なども含む」と聞いていたのはそうした経験からでした。
分析結果を見て皆さんはどう思いましたか?予想と比べていかがだったでしょうか?私は休憩で食べられる需要は2割位だと思っていたので、5割位食べられていることを知って「Have a break, Have a KitKat.」のコミュニケーションに合点がいきました。
どういった場面で利用されるかを仮説してカテゴリーを定義し、質問の仕方を工夫することで、マーケターが把握したい需要を定量化できます。マーケターのセンスでカテゴリーを仮説することで、より有意義な使い方ができる分析がブランド×カテゴリーMATRIXです。
次は、さらに俯瞰してこれらの結果をマーケティングサイエンスの専門家が示した法則と照らし合わせます。
ブランディングの科学
マーケティングに従事されている方におススメのもう1冊が「ブランディングの科学」です。
アレンバーグ・バス研究所(EBI)で教授を務める著者のバイロン・シャープ氏が一貫してエビデンスに基づいて、マーケティングは(アートではなく)サイエンスであることを示しており、数々の法則が紹介されています。
一般的にマーケティングやブランディングに関連する書籍の多くが、フィリップ・コトラーやデイビッド・アーカーの主張に沿っているのではないでしょうか?
たとえば、消費者をセグメント化し(Segmentation)、その中からターゲットを設定し(Targeting)、差別化されたポジショニング(Positioning)を築く(STP理論)やカスタマーリレーションシップマネジメント(CRM)などです。本書では、それらの手法はきれいごとでほとんど効果がないと切り捨てています。
その主張の根拠として繰り返し紹介されている法則が、ダブルジョパディの法則です。これは、「市場浸透率と購入頻度には正の相関関係がある」というものです。
ある期間に商品を購入した人の割合が市場浸透率です。購入頻度は一人あたりの平均購買回数です。この2つには正の相関関係がある、これを言い換えると、市場浸透率が低いブランドほど、購入される頻度も少なくなる二重の苦しさ(「ダブルジョパディ」(日本語で二重の不利))があるという法則です。
市場浸透率が高くなると購入頻度が上がるという法則とも言えます。
書籍ではいくつもの例が示されていますが、以下のシャンプーブランドの例を見ると、市場浸透率が高いブランドほど購買頻度も多いことが分かります。
市場占有率は、当該カテゴリーにおける購買回数(のべ回数)のシェアとなります。
ブランドがシェア(市場占有率)を拡大するためには、市場浸透率を高めて、客数を増やすことが購買頻度も高めることになるため、客数を増やす水平拡大が第一でありターゲットを定めて垂直拡大を目指す方策(STP理論やCRM)は機能しないという主張につながります。
本書では、海外のシンジケートデータから、コカコーラやペプシの購買回数の分布が示されています。ほとんどが1回しか買わないライトユーザーです。その分布の数学的特性は一致しており、それがNBDモデルであり、ダブルジョパディの法則の成立が前提となっている確率モデルであると本書P86~P87で解説されています。
これまで行ってきたNBDモデルによるブランド×チャネルMATRIXとブランド×カテゴリーMATRIXの分析結果から、ダブルジョパディの法則があてはまるかを確認します。
各ブランドを市場浸透率の降順で並べています。グラフは、横軸Xが市場浸透率で、縦軸Yが平均購買回数の散布図です。バブルチャートの面積が市場占有率です。
20代男性 コンビニで購買されるエナジードリンク
20代女性(首都圏)テイクアウトまたはドライブスルーで食べられる飲食チェーン
20代男性 休憩に食べられるお菓子
エナジードリンクでは、ZONeだけが市場浸透率の割に購買回数が多くなっており、それが気になる結果となっています。
飲食チェーンでは、「市場浸透率と購入頻度には正の相関関係がある」法則がもっとも綺麗にあてはまっています。
お菓子では、じゃがりこ、亀田の柿の種、ポッキー、キットカットと比較して、キシリトールガム、チョコレート効果、フリスクは市場浸透率の割に食べられた回数が多くなっています。選出した7ブランドを2種類に分けたほうが良いかもしれません。
ここで紹介した3つの例はいずれも、市場浸透率が最も高いブランドの市場占有率が1位です。
私はこれまでTVCMを中心としたマスマーケティングも、CRM重視のダイレクトマーケティングも双方行ってきました。昨今のデジタル手法によって多くの企業では、ひとりあたりの購買回数を増やす垂直拡大重視のマーケティング施策に注力されています。しかし、それは競合を引き離すような市場占有率UPにはつながらないのではないかと感じています。ここで紹介したNBDモデルの分析を使ってきて、さまざまな業界の商品やサービスでダブルジョパティの法則に従うかを確認してきたことからも実感しています。
この法則を前提としたときに、ZONeがなぜ一人あたりの購買回数が多いのか?キシリトールガム、チョコレート効果、フリスクがなぜ一人あたりの食べられた回数が多いのか?法則を逸脱した結果も重要なヒントです。
マーケティングサイエンスを身近に。
ここまで、確率思考の戦略論とブランディングの科学で紹介された内容を再現してきましたが、こうした法則は専門家のもので、自分(実務家、マーケター)に関係ないものとせず、先人が導いた法則を活用した分析を実際に行ってみて、競合も含めた需要を構造的に把握して課題を炙り出してみませんか?
ここで紹介した自主調査は配信から1日以内に完了しています。今回使用したFreeasyの調査料金プランは以下です。
エナジードリンク、飲食チェーン、お菓子の調査では、それぞれのブランドの好意度を5段階(とても好き/まあまあ好き/どちらともいえない/あまり好きではない/全く好きではない)の5段階の尺度で聴取していました。そこから、深堀り分析ができる状態を作っています。
好意度または直近の利用タイミングでExcelの分析ツールで行える相関係数を年代性別ごとに分析すれば、顧客の重複などの特徴が見えてきます。ブランディングの科学で紹介されている「購買重複の法則」(ブランドの顧客基盤は、マーケットシェアに応じ競合ブランドの顧客基盤と重複する)を年代性別ごとに確認することができます。
また、各ブランドについてのイメージをマトリクス質問で聴取することで、ブランドの好意度が高いか?購買頻度が多いか?そうではないかを分けるイメージ要因は何かをロジスティック回帰分析で要因を仮説することもよく行っています。
実際のプロジェクトでは毎月調査を行なってExcelでサクっと分析し、得られた結果から気づいたWhy(なぜ)を深堀るために気になるセグメントに対して追加の調査を行っていきます。さらに、あぶり出すべきフォーカスを絞り込んでインタビューを行い、深い洞察を発見していきます。
ここまで紹介してきた分析は、自社の市場を俯瞰するための基礎的なものであり、マーケターの腕のみせどころは、その先です。Freeasyでは過去の調査対象を任意のモニタリストとして管理ができるので特定のモニターへの継続調査やインタビューも可能です。
2つのストアカ研修
分析作業はExcelで簡単に行える様に体系化しています。より多くの方に共有できればと思います。確率思考の戦略論では数式やExcelのソルバーを使って予測式の係数を導く計算法が書かれていますが、そうしたことに馴染みがない方がご自身で行うのは難しいかもしれません。そこで誰もがExcelで分析できる様にサポートしています。ストアカという学びのプラットフォームでオンライン研修を2020年4月から続けており、ここで紹介した分析法を詳しく解説しています。
マーケティング戦略の意思決定をサイエンスにするために必要なリテラシーとして、統計、因果推論、確率モデルなどの知識を学びたい方向けの2つの講義を紹介します。
ご紹介(拙書):Excelでできるデータドリブン・マーケティング
マーケティング組織に「秤」を共有しています。
ここで紹介した確率モデルに加えて統計や因果推論などのマーケティング戦略の意思決定に有用なサイエンス手法を組織に浸透させるためのアドバイザリー支援を行なっています。
弊社(株)秤の社名は、森岡氏が率いるマーケティング精鋭集団、(株)刀に憧れてつけたものです。同社はマーケティングノウハウを刀(武器)として企業にインストールする目的を掲げていらっしゃいます。
クライアントとのプロジェクトでは、私が先行して調査分析も行います。マーケティングに関わる社員全員のナレッジにすること、データドリブンなマーケティング意思決定の精度を上げる方法を共有する研修プログラム化を視野に、少数精鋭のプロジェクトメンバーと模索し、テストしながら大きな意思決定に向かっていきます。
マーケティング意思決定の精度を上げて成果を出せる体制を作るには何をすべきか?本質的なタスクに特化するスタイルで、ブランドメッセージ策定や新規事業のサービスデザインや出店計画の予測モデル構築など、戦略に関わるプロジェクトをいくつか並行する中で、クライアントとともに日々、成長を実感しています。
このnoteを書いたきっかけも、ここで紹介した分析のやり方は共有できるもので、作業時間を短縮するために私が作ったVBA入りExcelも差し上げるとクライアントにお話をしたときに喜んで頂いたことからです。
意思決定に有用な分析は私がまず体系化してから共有するので、クライアントには分析による発見を楽しんでもらって有意義な意思決定に集中してほしい。それが私の想いであり秤のビジョンです。以上となります。ここまでお読みいただきありがとうございました。
【更新情報2024年5月26日】
「その決定に根拠はありますか?」
確率思考でビジネスの成果を確実化するエビデンス・ベースド・マーケティング
戦略を導く為の「エビデンスの作り方」をテーマに、これまで体系化してきたノウハウを紹介したマーケティング・インテリジェンスの書籍を出版致しました。5問の調査でTVCM(施策)→コンビニで商品を見た(要因)→売上がいくら増えたか?→年間16.67億円(効果)の様に経路ごとに構造的に効果を把握する国際特許(PCT)を出願した分析法など、確率モデルや因果推論をプロジェクトで実際に活用している方法を特典の動画講義も活用して実装レベルの知識まで提供しています。