「ありがとんぼ農園」のこと。
※2010-10-17 オーガニッククロッシング のホームページに掲載した記事です。
「ありがとんぼ農園」
兵庫県朝来郡和田山町。北近畿豊岡自動車道の終点、和田山インターを下りて走ること5分弱。看板を見落とすと通りすぎそうな住宅地の中に今回取材させてもらう「ありがとんぼ農園&ありがとんぼステーション」はある。
「ありがとんぼ農園」は、岡村康平くんが立ち上げた農園の名前。
20代前半に学んだ自然農をベースに、実践のなかで培った経験を活かし、独自のスタイルで農業を営んでいる。主な栽培作物は米、麦、大豆、里芋、ジャガイモ、たまねぎなど。農家とは思えないユーモアあふれる軽やかなしゃべりと、「いろいろ米」「まるごっちたまねぎ」や「さといもタイム」「じゃがいもーず」などウィットに富んだネーミングセンスにはファンも多い。
ただ農業はキャラクターだけで食べていける世界ではない。
コツコツ積み重ねた地道な努力と、そこから得た確かな技術と観察力、そして僕が一番重要だと思うのは、人のエゴではなく自然のサイクルに身を任せるセンスが必要だと思う。彼が曰く
「(作物は)オレが育てたんちゃう。太陽と大地、雨が育ててくれてん!自然に感謝!」
今年から自宅を改装し自分や友人の農産物や加工品、自然食品や雑貨などを販売するお店「ありがとんぼステーション」を立ち上げ、農業、お店、直売と忙しい毎日を送る。
今日は彼が仕込む「ありがとう味噌」の取材をさせてもらうためにありがとんぼステーションを訪ねた。
自称「すべて手作りの、日本一小さな味噌加工所」
ありがとんぼステーションについて一服したあと「ほな、そろそろ始めようか~」と案内されたのは、自宅そばの実家の和室を自力改装した小さな加工所。
地面はコンクリート打ちっぱなしで加工所になっているものの、天井は元の和室のまま、襖も残っているところがいかにも手作り。無理やり改装したので「できてしまった・・」というトイレとの大きな段差があるのには笑えた。
見た目は手作りでも中身はホンモノ。味噌加工免許も取得していて、康平くん曰くここは「日本一小さい味噌加工所」だ。
しかもこの小さな加工所で1シーズンになんと1トン(1000キロ)もの味噌が仕込まれるのだから驚き!しかもこれが「ただの味噌」ではない。
まず味噌に使われる材料である「麹・大豆・塩」のうち、塩以外はすべて自家製。自然農を学んでいたということもあり、味噌仕込みに使われる麹用の米、そして大豆は無農薬・無化学肥料なのはもちろん、できるかぎり自然に任せて育てられている。
自家製ではないものの、塩にもこだわっていて、五島列島で鉄釜で炊いて塩を作っている友人のものを使用している。
ここまででも十分すごいのだけれど、康平くんのこだわりが材料だけでないことは味噌の加工の工程を詳しく見ていくとわかる。
「自然のエネルギーをいただく」
加工所の扉を開けると、すぐ目に飛び込んでくるのは加工所の中心に据えられているのは大きな「かまど」。五右衛門風呂をひっくり返して作ったというそのかまどの足元からチラチラとオレンジ色の炎が見える。
そう、彼は味噌作りに必要な米や大豆を蒸すエネルギーを薪でまかなっているのだ。「薪の炎で蒸すと、そのエネルギーが味噌に注入されているような気がして。」と彼は言う。
かまどの上には大きな鉄の羽釜が据えられ、その上にこれまた大きな蒸篭(セイロ)が二つドスンとのっている。加工所のヒンヤリとした空気の中に、かすかに聞こえる「パチパチ」という音。そしてフワッと香ってくる薪の燃える香ばしい匂い・・。
その中になんともいえない優しいような、懐かしいような香りがまざっていることに気付いた。
「そろそろかな・・・」
といって康平君が蒸篭の蓋を取ると、白い湯気とともに蒸されたお米の香りが加工所いっぱいにフゥワリと広がった。
さっきの優しいような、懐かしい香りの正体はこの香りだった。
30代の僕や康平くんが子供のころは、かまどを使って煮炊きしていたわけではないけれど、お米が炊き上がる香りに触れるとなぜか朝の台所の風景が思い浮かぶ。お米の炊ける香りと薪の燃える香りの組み合わせは日本人のDNAに組み込まれているような気がする。いま蒸しあがったこのお米は味噌仕込みの三大要素のひとつである「麹」を仕込むためのもの。
一口つまんでみると甘くておいしい。固めに蒸してあるのですこし歯ごたえが残っている。
「麹用の米は吸水率が鍵やね。酒蔵ではもっと厳しいで。」
そんな話を交えながら蒸されたお米を手際よく広げ、ほぐしながら手に伝わる感覚で温度を確認し、人肌に調整していく。すこしの間会話は途切れ、康平君の手の動きと白く輝くお米を眺めながら静かな時間が流れた・・。
「朝早くからお米の香りに包まれながらこの作業をしていると、本当に幸せを感じるねん。見て!このお米!ほんまにきれいやろ~。お米は宝石!一粒100万円や!ってみんなに話しているねん(笑)」
そういう彼の目はお米への並々ならぬ愛情に溢れていた。お米に対してそんな眼差しを持てる彼が、すこしうらやましかった。
「さあ、ここからは一瞬で終わるから。よく見といてや!」
麹菌を小さな茶漉しに入れ、ほぐしたお米全体にまんべんなくふりかけていく。その量はお米1kgに対して麹はたったの1g。ふりかけたあともよく目を凝らさないとわからないぐらいのわずかな量だ。そのあとザッザッと素早く全体に混ぜ込み、すぐに集めて袋に入れる。
本当にあっという間の作業だった。
これで麹の仕込みは終了。あとはムロの中に入れて温度を調整しながら2日間置き、出来上がりを待つ。
「自家採種で繋ぐ、ありがとんぼ豆」
麹の仕込みが終わると続けて豆を蒸す作業にうつる。使う豆はこちらも自家製の青大豆。こうへいくんが何年も種をとりながら毎年作り続けてきた豆で、品種名はもう忘れてしまった。
昔の農家さんはこうやって自家採種(自分で育て種を取り、また次の年に蒔く)という「命の連鎖」とも言うべきサイクルを続け、そのなかでそれぞれの地方の気候や風土に合ったたくさんの品種が生まれてきた。そういう意味で康平君の豆は和田山の気候風土にあった「ありがとんぼ豆」になりはじめているのかもしれない。
出来上がっている市販の味噌を買うとお米や豆の美しさまでは伝わらない。都会では身近に畑もなく、味噌を仕込む時間やスペース的余裕がないという事情もあるから味噌を各家庭で仕込むことは難しい。
だけど優しく懐かしいお米の炊ける香りや、お米や大豆が持つ美しさはぜひ知っておいてほしいと思う。だからオーガニッククロッシングでは田んぼや畑の美しさを伝えたい。そうすれば味噌を買うというときでもその選び方が変わってくると思うから。
一日水につけて吸水させていた豆の水を切り、米を蒸した同じ蒸篭に入れて太めの薪をくべる。ここから蒸しあがるまで3時間。時間もちょうどお昼時。あとは午後の作業
「先人の智慧」
午後の作業は豆が蒸しあがるのを待ってゆったりと始まる。まずは使う道具を並べていく。
「僕のもうひとつのこだわりがこれ。豆はこれでつぶすねん。」
目の前に置かれたのは大きな木の臼(うす)。そう、康平君は1トンもの味噌をすべて手でこの臼と杵でつぶして仕込んでいるのだ。樹齢百年の大木をくりぬいて作られたその臼は、時間の経過とともに刻まれてきた貫禄を漂わせていた。そしてよく見るとくりぬいた穴が不思議な形になっている。これはなに??
「これはね「みかんぼり」っていう手法。ふちが逆に反り返っていて穴がみかんみたいな形やろ?この反り返りがあることで、米や豆が外にこぼれず穴のなかでまわるようになってるねん。」
ほ~なるほど!確かにうまくまわるようになっている。すこしのことやけどよく考えられた仕様だ。そしてセットになっている杵(きね)。こちらも豆をつぶすための専用の杵で、もちつきに使われるものより重さがあり、臼とあたる面が広く平面になっているので、豆でも力をかけずにつぶすことができるようになっている。
これらの道具があるから1トンの味噌で一人で、しかも手作業で仕込むことができるのだそうだ。これだけ見ても昔の人はいろんな智慧や経験を駆使して作業効率を高めていたということがわかる。いまはもうこういう道具も残っていないけれど、昔の人の智慧を道具から感じることができるなんて、なんだかうれしい。
「味噌仕込みは、がんばりすぎたらアカン」
つぶす作業がはじまると木の臼に木の杵が当たる「コツコツ」という優しい音が聞こえてきた。リズムよく動かしていくとまるで民族音楽のようで心地いい。その音に着きっていると、あれよあれよという間に豆がつぶれてペースト状になっていた。早っ!
こうへいくんが一日に仕込む味噌の量は40kg。
毎回、同じ量ずつ仕込んでいき、1トン仕込むまでにかかる日数は25日。1シーズンでこのぐらいの量がちょうどいい、と言う。
「がんばりすぎたらアカンねん。がんばるとがんばった味のまずい味噌になる。がんばらないのがポイント。だからこれぐらいの量がベストやね(笑)」
がんばった味か~。確かに眉間にしわを寄せて仕込んだりしたら苦しそうな味になりそうな気がするし、楽しみながら笑顔を仕込めたら、のびのびした味になりそうな気もするな。
こうしてつぶした豆を塩を切った麹と混ぜあわせ、ソフトボールぐらいのサイズにまとめて味噌ボールを作っていく。これも楽しみながらやるのがポイントなんだとか。最後に味噌を仕込む樽の中にこの味噌ボール投げつけるようにして詰め込んでいくのだが、ここでひとつ注意点。
「普通、投げつけるようにって言うんだけど、そういうと力が入りすぎて地面に投げる人が絶対いるねん。だから投げつけるのもほどほどにって伝えてる。(笑)」
樽にしっかり詰め込んだら最後は蓋。蓋は仕込む人によってやり方が違っていて、ラップをして塩をのせたりする人が多い。康平君は蓋に米からできる酒かすを使っている。ラップもしない。
「最後までお米のチカラやね(笑)」
最後の締めまで自然のエネルギーにこだわるとは・・さすがだ。酒かすは味噌と混ざり合ったところを酒かす味噌として利用できるのだそうだ。表面を手でならすと真っ白なきれいな蓋が出来上がった。そして最後に重要な作業がある。
「最後はみんなの想いを込めるために、この蓋にメッセージを書いてもらってるねん。」
今日はもう決まってるな、といいながら康平君が書いてくれたのが「Organic Crossing」の文字だった。
「時代の最先端を走る」
高度経済成長期、大量生産・大量消費がもてはやされ、日本は先進国と呼ばれるようになった。街には選ぶことができないぐらい豊富な種類の商品が並び、車や電化製品に囲まれ便利な世の中になった。だけど便利になって時間に余裕がうまれてもいいはずなのに、みんな「忙しい、忙しい」とつぶやいている。「明日が見えない、未来に希望がない。」と命を絶つ若者たちがいる。
なぜだろうか?
そんななか、すべて手作業で、自然の恵み感謝しながら味噌を作る康平君のやり方は、僕の目には時代の最先端を走っているように見える。そして彼が言う「自然からのエネルギー」が伝わったとき、「明日が見えない」という若者たちへ、未来への希望や勇気を与えてくれるのではないだろうか。今回の取材に協力してくれた康平君と、作物を育んでくれた太陽と大地と雨に、感謝!
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