ナギちゃんのお暇
ラグビーW杯中、Amazonで「めぞん一刻」がタダでだったので、ダラダラと読んでいた。あー俺も学生時代は彼みたいに下宿してて、隣りの部屋のやつと色々したなーと思い出した。
めぞん一刻:五代君という主人公が、自身が住むアパートの管理人、響子さんに恋をする80sラブコメディである。響子さんはちょっと前の金麦のCMの元ネタらしい。そういや五代君、高校生の時はラグビー部の所属である。
その下宿はアパートでなく一軒家だった。大家さんが「本当はこの家、息子のために建てたんですがね…」と、悲しそうな顔で話していたので、
大家さんの息子さんな、アレは実は婚約してたんちゃうん...?
…と、隣りの部屋の奴と、夜中話し合って、大家さんとその息子さんに起こったであろう不幸を勝手に想像し、2人で同情したりした。
あとで息子さんは単に転勤になっただけ、と知った。心配して損した。
そういや、その話をした隣の部屋のやつ、ラグビー好きだったな。
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俺は学生時代、親の仕送りは少しだったし、バイトも俺は面倒くさがりで、金が無くなったら厚生課で日雇いを探すくらいだった。
そんなレイジーな若造が、当時ワンルームは7・8万円が相場の中で住めるわけもなく、家賃は2万円くらいの、プライベートなんざ皆無の下宿に住むのは当然である。
今なら間借りの下宿も「え、シェア・ハウスだよ?」と標準語でシャウトすれば、シャレオツ風味に誤魔化せるはずである。
で、その下宿で、俺の隣の部屋に住んでたのが、今回の主人公 「イケメンだがチビっ子」のナギちゃんである。
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それまで俺の周辺はサブカルこじらせ童貞バカばっかりだった中、ナギちゃんはイケメンかつ体育会という、これまでの俺の人生では敵属性の人物である。だが、本当にめちゃくちゃ性格が良く、そしてピュアな心を持ったナイスガイであった。それでも、そのピュアさゆえに俺が戸惑うこともあった。
たとえば夜中、スゴイ音で襖(ドアではない)をノック・ノック!
「おがちゃん!スゴイでっ! 起きてる?おがちゃんッッ!」
90年代だったので、思わず、ドアをノックするのは誰だ?とオザケン気分で襖(ドアではない)をあけると、ナギちゃんがつっ立っている。
「ごっつぅええエロ本、手に入ったで!」
と、封筒に入った本を渡してくれた。ナギちゃんは「今晩は寝られへんで!楽しんどき!ほなな!」と言い、襖を閉めた。
ふーっ、ふーっ…鼻息が荒くなる俺。
当時はエロビデオなぞ簡単に手に入る時代ではなく、まだ紙媒体がエロ・コンテンツの主流だった時代である。ごっつぅええ...関西の言葉で言われると、期待は一層高まる。
俺は封筒から荒々しく本を取り出そうとするが、コーフンのせいか、うまくいかない。コーフンの蒸気で俺の眼鏡は曇って、彼岸島の主人公の兄貴が戦ってるみたいな顔になり、視野が狭くなるからだ。
ええい、袋まどろっこしい!ビリッ!
うう、こ、これは・・・っ!
・・・ただのスコラじゃねえかッ! 何が「寝られへん」だ、あの野郎!
彼のエロ本の定義は本当に敷居が低く、毎度毎度、ただのアイドル水着写真を「エロ」と称するのには閉口した。彼のおかげで、俺の人生訓として「性格のいい奴はエロ本のセンスがない」が生まれた。
あとの彼の持ってくる”いいもの”のバリエーションは、おおよそ
「すごく辛いラーメン」
「森高千里のCD」
「柴門ふみのマンガ」
の3パターンであった。おそらく彼はピュアな善意で持ってきてくれているのだが、たいていの場合は、いらねーっつーの!と思う善意であった。
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ある日の深夜、今度はサイレントに襖をノック・ノック・ノック。
「おがちゃん・・・?居てる・・・?」
どうせロクでもないを持ってきたのだろう。何なん?エロ本もラーメンも要らんよーとエセ関西アクセントで、襖越しに答えた。
「ちゃうねん・・・俺の部屋、来てくれるか・・・?」
え、いつもの”いいもの”じゃないのか?少し彼の異常を感じた俺は、 そそくさとナギちゃんの部屋に入った。
そこでの光景は、異様なものだった。彼の部屋は、ビールの缶、バーボンの瓶が散乱しており、 室内はタバコ吸わないくせに、タバコ臭い。
そんで、ベッドの上にデロンと、死体の様に横たわるナギちゃん・・・。
…うう、この退廃感…っっっ!
オー、ウォンチュー・プリーズ・テイク・ミー・ホーム!
てかなんで、フォアロゼとか飲んでるんだ?あのピュアで体育会系のナギちゃんが。間違ったサブカルに走ったのか?
俺は彼に、ガンズ&ローゼズに憧れ始めたのか?と聞いた。
「ちゃうねん・・・俺、フラれてもうてん・・・」
ああ、 ふられ気分でロックン☆ロールとは文字通りこういうことか、と俺は完全に納得した。さすがTOM☆CATさんである。
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ナギちゃんに話を聞くと、彼が好きな女の子がバイト先にいて、今日告ったら見事にフラれた、と言う。
そういや、テーブルの上を良く見ると、なんか写真を破いたあとがあるではないか。こりゃ何だ?と聞くと、その女の子は森高千里に似た雰囲気があり、そんな彼女を思い出さないように、壁に貼った森高のポスターを破ったと言う。
こいつ本当にバカだな、と思って笑えてきたのだが、本人は真剣だったのだろう。ここで今、俺がひそむように微笑んだら、私はダイナマイトになってしまう。
まー、誰にだってあるがな・・・。
俺は必死(そうでもないが)で慰めた。すると何を思ったか、ナギちゃんが突然言い放った。
「なー、おがちゃん、まぶしいんやな・・・」
「まぶしいなぁ、涙って・・・。電気消してや・・・」
”涙がキラリ☆”とは、このことなのだろう。ガンズにトムキャットにスピッツにと、あんま仲良くない親戚の家のCD棚みたいだな。忙しい奴だ。
素直に電気を消したら、ナギちゃんは今度は 「浜田省吾聞いてええ?」 と俺に頼む。なんでフラれて浜田省吾なのか良くわからんが、 とにかくCDをかけた。
今なら”アレクサ、浜田省吾をかけて”だろうな。
すると、
「もっと、もっと音デカく・・・っ! (恐らく英語ならC'mon!)
ええなぁ!ハマショー!おれも歌うで!」
というや否や、突然ナギちゃんは大声で歌い始めたのであった。 野朗2人+薄暗い+酒臭い+ラウドな浜省という状況が小1時間程度。 まさに拷問である。
で、CDが終わったんで、なんか次の聞く?と訊ねたら、
「うーん、森高、聴いててええ?」
・・・お前の破ったポスターは何だったんだよ!
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森高のCDの3曲目とかあたりで、さすがに俺も付き合ってられなくなってきたので 「じゃあ、俺寝るし。又なんかあったら言うてや」 と、ザ・ハウス・オブ・ハマショーを脱出した。
自分の部屋に帰ってきた俺は、コタツ+布団の合体・貧乏人ラグジュアリーベッドで熟睡した。
グゥ・・・。
・・・その後何時間経ったかわからんが、 またもやノック・ノック・ノック!で目が覚めた。
なに?森高のCD終わったんかいな? と寝ぼけながら声をかけると、ナギちゃんは勝手に襖(ドアではない) を開いた。
そこには、ラガーシャツとボールを持ったナギちゃんが、立ちすくんでいたのである。 眼にはハマショーもスピッツもガンズも見受けられない。立ち直ったの...か?
「今すぐ、ラグビーの練習したいねん。
あの子のこと、忘れられると思うねや。」
時計を見ると・・・午前4時である。
ハマショーとラグビーは、彼の中で失恋を忘れさせる特効薬らしい。それはイイが、俺ラグビーなんかやったことねえぞ。
だが、結局付き合わされて、横パスとかタックルとか近くの公園で練習。
「おがちゃん、こうやで、こう!」
ラガーシャツ着た小柄で機敏なイケメンと、ドイツ軍払下げ冬季コートを羽織った動きの鈍い男のラグビー練習というのは、 傍目にみたら、さぞ奇妙な光景だっただろう。
彼はどうも俺のスキルに満足しなかったらしく、 最後にこう俺に頼んできた。
「チャリで、全速力で走って欲しいねん。
俺、ダッシュで追いかけるし。」
・・・午前4時に全速力でチャリ漕げるわけねえだろ!
結局練習は日が昇るくらいまで続き、俺は部屋に帰って爆睡した。
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俺の学校は当時、1・2回生は郊外、3回生から市内へと校舎が変わったので、ナギちゃんは2回生の終わりに下宿を出て、市内に引っ越した。俺は金が無かったので引越しできなかった。 彼とはだから、2年だけ下宿が一緒だった。
その後はほとんど会う事がなくなったのだが、就活中たまたま出会い、製薬会社に内定をもらったと聞いた。 それ以降、完全に連絡は途切れている。
...ナギちゃんは確か、今回のW杯の開催都市の出身だ。
彼はまさか、あんな何度言っても、左後ろ方向へのパスコントロールが出来ないおがちゃんが、21世紀には、普段着でラグビー・ウェールズ代表のユニを着て、ウェールズを応援していると思ってないだろう。てか、もう俺のことは覚えてない気もするけど。
ナギちゃんはきっと森高似の女性と結婚し、バリバリ仕事をしていると思う。今頃はラグビー日本代表のウェアを身に着け、家族で観に行ってるか、テレビ観戦してんだろうなと思う。あのピュアさは失われてないだろうから、もしかしたらボランティアとかやってるかもな。
そんなナギちゃんのW杯開催中のお暇を想像しつつ、オフィスで聞こえてくる同僚たちの声に、俺はひそむように微笑んだ。
「くそ、イングランド勝ちやがった!」
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