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【無料公開】10代向けアプリ『GAS』買収から学ぶ、次世代SNSの作り方【Off Topic Ep169】

宮武徹郎と草野美木が、アメリカを中心とした最新テクノロジーやスタートアップビジネスの情報を、広く掘り下げながら紹介するPodcast『Off Topic』。このnoteでは、番組のエピソードからトピックをピックアップして再構成したものをお届けする。

エピソード『#169』は、前回取り上げたInstgaram創業者たちがリリースした「Artifact」をもとに語った『#168』を引き継いで、「次世代SNSの作り方」がメインテーマに。宮武が推しているアプリだという『GAS』の作られ方、また創業者のNikita BierによるSNS設計のプレイブックなどを参照しながら、具体的なTipsについて考察していった。

今回の記事では、GASから学べる事例部分にフォーカスしてまとめている。本編では、さらに「Twitterがリプレイスされにくい理由」といった他のSNSについても言及しているので、ぜひPodcastも併せて聞いてみてほしい。

「3ヶ月間で1000万ドルを稼ぐようなアプリを作りたい」

2023年1月、10代向けSNSアプリ『GAS』がDiscordに買収された。GASという名称は、"Gassing someone up"から来ており、誰かを褒める、または盛り上げるという意味が込められている。

主にアメリカやカナダなどで利用されているSNSで、ユーザーは事前に用意された「ひそかに尊敬している人は誰?」「どんなパーティーでもDJができそうなのは誰」といった肯定的な質問に、匿名で回答していく。質問への回答で選ばれたユーザーには「FLAME」が送られ、ユーザーはFLAMEが増えるたびに「誰かが自分を褒めてくれた」という感覚に浸れるのだ。

Business Insider

GASの開発者であるNikita Bier氏は、かつて『TBH』というアプリを生み出した人物である。TBHとは"To be honest"(正直に言って)の略で、これも匿名の投票アプリの一種だった。TBHのシステムも、基本的にアプリ側が質問を提示し、ユーザーが回答するもので、非常にポジティブな雰囲気を保っていたのが特徴である。

TechCrunch

Nikita氏がTBHを作る前、彼は数々のアプリを作り、多くが失敗に終わっていた。TBHを作る前の5年間で、彼は15個ほどのアプリをローンチし、ついにTBHでヒットを見た。その経験から得られた教訓が、TBHやGASを成功へと導く土台となったのである。TBHはローンチからわずか6週間以内に買収のタームシートが送られてきたといわれる。複数の企業がオファーを出し合い、最終的にはFacebookが射止める結果となった。

宮武が推察するに、Nikita氏にはFacebookからロックアップがかかっていたはずだと言う。その期間が明けたと思われる後、Nikita氏は次なる挑戦として「3ヶ月間で1000万ドルを稼ぐようなアプリを作りたい」と宣言。それがGASを作るきっかけとなった。

Bloomberg

実際にGASはローンチされたが、その形式や内容はTBHとほとんど同じだったが、一部に課金要素が追加されていた。初期のGASは高校ごとのメールアドレスを持つなど、特定の地域にいる人々だけが利用できるように制限した。そこで、「高校内で誰が一番ハロウィンの仮装が上手か」といった投票を行ったのだ。

そして、「誰が投票したのか」を知るためには一定額を課金しなければならない仕組みを取った。「高校生向けアプリでその仕組みを採用したのは驚き」と宮武は草野は口にした。

「若者に受けるSNSを作る職人」の戦略

GASはローンチ時に特定の3つの高校に焦点を当てた。この段階では地域限定で、アプリは「パズルゲーム」のカテゴリーに分類して出発した。本来ならばSNSなどのソーシャルアプリとして位置づけられるべきものだったが、あえてユーザーがアプリを探しにくくすることで様々なテストを行う環境を作り出したのだ(この戦略はTBHでも基本的に同じだった)。

ローンチ時もGASが初期ユーザーを獲得した手法は、泥臭いが非常に有効なアプローチ方法だとして宮武は賛辞を送る。GASは各学校ごとに作成したInstagramのプライベートアカウントで、学校の生徒全員をフォローした。その上で、フォローバックのリクエストを送り、ローンチ日に全員一斉に承認を求めたのだ。

全員が同時に通知を受け取るという事実は、非常に大きな影響力を持つ。ローンチの1週間後、Nikita氏は結果をツイートし始めた。彼は「100万人のDAUを達成した」と発表し、一般的には考えられないKPIを明らかにした。たとえば、1時間ごとに何人の新規ユーザーがアクセスしたのか、1時間ごとに何回投票が行われたのかなどである。彼の数字はどれも驚異的だった。

結果として、10日間で売上は100万ドルに達し、アプリストアでも1位になった。この成果は、バイラル性を示す「Kファクター」の値が2だったことからも見て取れる。これは「新規ユーザー1人あたりが何人の新規ユーザーを招待するか」を示す数値である。この間、Kファクターは常に2を超えており、新規ユーザー1人が2人を招待するという状態が続き、ネットワーク効果で急速に広がっている様が伺える。

事実、GASは4ヶ月で600万から700万ドルの売上を上げ、1000万ダウンロードを達成。目標から1ヶ月遅くはあったが、Discordに買収される4ヶ月間で1000万ドルの売り上げを達成したと推測されている。買収までのストーリーテリングも含めて、「若者に受けるSNSを作る職人」だと宮武や草野は感嘆していた。

新たなSNSの作成と成功には実際に多くの課題が伴ってくる。例えば、既に存在するSNSのように、ユーザーを集めてからその集めたユーザーを利用して収益化に繋げるというアプローチを取ると、収益化に至るまでの時間が長くなってしまう。そのため、初日からマネタイズを導入して成功したGASの例は、重要な学びを提供していると言えるだろう。

新しいSNSを作る際の3つのフェーズ

新規のSNSにとって「初期にバズを生むこと」は新規ユーザーの獲得のためにも大切だ。「SNSのランキング1位のアプリがどのようにユーザー獲得を行っているか」について、アンドリーセン・ホロウィッツのパートナーであるOlivia Moore氏が2022年末にまとめた事例がある。ランキング上位に位置するスタートアップは、ほとんどがTikTokで話題となり、バズっているというのである。

しかし、TikTokでバズれば成功するわけではない。さらに続けてユーザーを維持し、その数を増やすこともできなければならない。例えば、一度は多くのMAUを獲得した『Poparazzi』は数ヶ月後にユーザー数が激減し、シャットダウンする事態となった。このような状況は「SNSがファストファッション化している」と業界で言われている要因の一つだ。

GASはVCからの調達を一切行わなかったが、それはSNSのバズと長期的な成功の必要性を理解していたからだろう。資金調達に成功した企業は、短期的なバズを創り出すことはできるかもしれないが、長期的な成功を達成するのは難しい。

宮武はPoparazzi創業者から「他のSNSプラットフォームと機能的な重複が生まれた時点で、新しいSNSは勝てない」と聞いたそうだ。それだけ既存のプラットフォームが強大であり、新たなプラットフォームがそれに対抗するためには、ユーザー体験の観点から「何か新しいもの」を提供しなければならないといえる。

かつてのMyspaceの時代には、技術的なスキルを持たない人々でもノーコードで新しいページを作成することが可能になり、Facebookは人々とのつながりを増やすためにフィードの概念を導入した。また、Instagramはモバイルの機能を最大限に活用し、Snapchatは動画やストーリーを通じて新たな表現の形を提供した。そしてTikTokはAIと推奨システムを巧みに利用した。これらの事例をとっても、「新しいもの」の提供に強みがあることがわかる。

新たなSNSを創出する際には、ユーザー体験の改善とともに、既存のSNSがまだ取り組んでいない新しい取り組みを模索することが重要なのだ。その上で宮武は、さまざまな事例をもとに「新しいSNSを作る際の3つのフェーズ」を紹介した。

最初のフェーズは「種巻き」で、初めのターゲットとなるコアなクラスターを獲得すること。次に「グロース」として、獲得したクラスターのユーザーたちが自分のネットワークにSNSをシェアすることにより、ユーザー数を増やしていくこと。最後に「ネットワークホッピング」で、さらにそのネットワークを活用して、新たなネットワークに広げていくこと。これら3つのフェーズをうまく遂行することが、新たなSNSの成功に繋がるという。

中でも重要なのは「グロース」だといえる。そのためには、ユーザーが自らユーザーを招待し、シェアすることを促進するアプローチが欠かせない。具体的な実装としては、アプリ内での招待ボタンの位置の調整や、ユーザーがアプリ内でタップする要素を絞るなど、ユーザー体験を向上させる細かな点が効いてくる。

例えば、アプリに連絡先を紐づけることもその一つだ。ユーザーが許可すると自動的に名前や電話番号、プロフィール写真などを連絡先から取得し、自動的にプロフィールを作成するというアプローチが考えられる。こうすることで、ユーザーは自分で情報を入力する手間を省くことができ、それによりユーザー体験が向上するというわけだ。

また、GAS創業者のNikita氏によれば、「男性は男性に、女性は女性に招待を送る傾向」があるという。その傾向をうまく利用してUIやアプリ名を設計することが望ましいだろう。

「我々がツールを形成し、その後にツールが我々を形成する」

Nikita氏はソーシャルアプリを開発する際に、「自分のアイデアが間違っている可能性がある」という認識を持ち、「最初からどこにピボット(戦略転換)できるかを考えるべきだ」と提唱しているという。その上で、アプリ制作時に共通の機能を見つけ出して、それをインフラとして再利用できるようにすることも重視している。例えば、オンボーディングのシステム、招待の仕組み、友達を見つける方法などは、ほとんど共通しているナレッジである。

ただ、多くのアプリであるメッセージング機能について、GASは安全面の問題から初期段階では含めない方針をとっています。匿名のメッセージはいじめなどの問題を引き起こす可能性があり、特に高校生や大学生などをターゲットにするとそのリスクが高まるためだ。

他にも、ユーザー獲得のための戦略としては、アメリカの大学生を対象とした場合、各大学の新聞に掲載することが効果的とされている。さらには、大学のアンバサダーやパーティーのスポンサーとなるという手法もある。

The Harvard CrimsonThe Stanford Daily

また、ユーザーに多くの回数、アプリの情報を見てもらうことも重要である。具体的には、ユーザーが1日に3回程度アプリを見ないと、ダウンロードにつながらないという考え方がある。

アプリのリリースするタイミングも肝心だ。一般的には、木曜から日曜までのリリースは避けられることが多い。オンラインのアクティビティが最も低いのは金曜と土曜であるため、基本的には「日曜の午後から火曜まで」がリリースの最適なタイミングと言える。また、リリースのタイミングはカルチャーモーメントを作り出すこととも関連する。その瞬間にバズらせることができれば、限られたアテンションを最大限に取ることが可能になってくる。

最後に、概念的な議論になるが、John Culkinという人物が50年ほど前に残した名言を参照しよう。"We shape our tools and, thereafter, our tools shape us."で、「我々がツールを形成し、その後にツールが我々を形成する」という意味だ。ツールとなるSNSは人々のアクションやマインドを変えていく。だからこそ、そのSNSがどのような雰囲気で使われていくのか、といった「バイブス」をデザインすることが、ユーザーのステータスを形作る上でも重要になると、宮武は指摘した。

大まかに3〜4年周期で新しい大型のSNSアプリが出てくることを考えれば、次世代アプリもそろそろの登場が期待される。OffTopicが今回取り上げた要素をどれほどカバーし、また更新されるのかは、その新星が現れたときに照合できるだろう。

(文・長谷川賢人

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