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「4パーミル・イニシアチブ」で実践する土壌への炭素貯留。 山梨県が農業を脱炭素化する!

ブドウやモモの収穫量全国一の山梨県は、その特性を活かし果樹園の土壌へ炭素を貯留する取り組みを始めた。土壌に含まれる炭素を毎年0.4%(4パーミル)増やすことでカーボンニュートラルを目指す国際イニシアチブ「4パーミル・イニシアチブ」に、日本の都道府県として初めて参画している。

「4パーミル・イニシアチブ」とは何か、土壌へどのように炭素を貯留するのか、山梨県で進められている取り組み内容について、山梨県農政部のご担当者に詳しく伺った

-「4パーミル・イニシアチブ」とはどのようなものですか?

4パーミル・イニシアチブ」とは、2015年の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で、フランス政府が提案した国際イニシアチブです。土壌が炭素を貯留する働きに着目したもので、次のような考え方に基づいています。

現在、人為的な活動によるCO2は炭素(C)として年間100億トンとされており、このうち57億トンが土壌に吸収されます。この排出から吸収を差し引くと、年間43億トンが残ります。この残った43億トンを毎年0.4%(4パーミル=4‰)ずつ土壌に蓄積すれば、増加したCO2排出量を相殺できるという訳です。

ちなみに「パーミル(‰)」とは1000分の1を1とする単位で、千分率のことを意味します。

4パーミル・イニシアチブには2022年3月末現在、世界699の国や機関などが参画しており、国内からは日本国をはじめ7つの団体がメンバーになっています。2020年4月、日本の都道府県で初めて参加したのが山梨県なのです。

出典)「4パーミル・イニシアチブ」のコンソーシアムメンバーとフォーラムパートナーの地図https://4p1000.org/ressources/

-どうやって土壌に炭素を貯留するのでしょうか?

出典)山梨県農政部

土壌への炭素貯留には、炭素を有機物として蓄積する方法があります。県では、果樹園において(1)堆肥など有機物の土壌への投入、(2)草生栽培や緑肥などの植物残さ、(3)樹形を整える剪定作業で発生する枝を利用した剪定枝チップ、の3つの方法を活用しています。

実は、こうした方法は目新しいものではなく、これまでも農家が取り組んできたものでした。しかし、これらだけでは、地中に蓄積された炭素はいずれ大気中に放出されます。微生物などの働きによって、有機物が分解されてしまうからです。

そこで重要なのが、圃場(ほじょう、農作物を栽培する場所)をあえて耕さない「不耕起」です。耕さないので微生物の働きが抑えられ、有機物の分解が進みにくくなり、炭素が大気中に放出されるのを抑制できるのです。不耕起による炭素貯留は4パーミル・イニシアチブの主要な取り組みのひとつで、世界的に行われています。

不耕起では畑を耕さない訳ですから、もちろん雑草が増えます。昔は、農家の間では「田畑を耕さないなんてありえない」「不耕起は非常識だ」とされてきました。田畑は草ひとつない状態に保つのが当然で、草が生えたままにしておくのは「農家の風上にも置けない」というのが通説でした。

しかし、畑を耕さず雑草とともに果樹を育てる「草生栽培」には多くのメリットがあります。草生栽培では年に5〜6回ほど下草を刈るのですが、それによって1,000平方mあたり年間300〜500kgもの有機物(乾物)が投入されます。こうした不耕起と有機物の投入が、土壌への炭素貯留に役立つのです。

下草は、雑草が大半で草種もさまざまです。多くの生き物の棲家にもなっています。草種は269種、そこに棲む昆虫は550種とされ、草生栽培は生物多様性にも貢献しています。

こうしたメリットから、今では、県内の8割の農家が不耕起・草生栽培に取り組んでいます

-バイオ炭による新しい取り組みもスタートされたと伺いました。

まず、剪定とは、農家が毎年秋から冬にかけて枝を切り落とす作業です。樹形を整え、翌年の果実の品質をよくしたり、病気にかかりにくくしたりするために行います。剪定された枝(剪定枝)には、果樹が光合成で取り込んだ炭素がたくさん蓄積されています。

以前は、剪定枝の約8割が焼却処分されていました。剪定枝に含まれる二酸化炭素(CO2)は果樹が光合成で蓄えたものなので、燃やしてもカーボンニュートラルであるとされています。一方、残りの約2割はチップや堆肥にしていました。

しかし、県では、カーボンニュートラルに留まらずカーボンネガティブ※を目指したいと考え、4つ目の取り組みとして、2021年から剪定枝を炭(バイオ炭)に変える取り組みを始めました。バイオ炭にすると、チップ化・堆肥化するより多くの炭素を長期にわたって土壌に貯留できるようになるのです。
(※カーボンネガティブ:CO2の排出量より吸収量が多い状態)

バイオ炭化にあたっては、株式会社モキ製作所(長野県)の「無煙炭化器」を使用します。この無煙炭化器は直径1mほどで持ち運びでき、剪定枝が発生した場所で炭を作ることができます。作ったバイオ炭はその農場で使うため、剪定枝を運搬する必要がありません。

出典)山梨県農政部

炭化にかかる時間は剪定枝の状態にもよりますが、乾燥したブドウやモモの枝であれば、1000平方mあたり半日くらいです。

山梨県総合農業技術センターで検証したところ、1〜2ヶ月ほど乾燥させた剪定枝を「無煙炭化器」で燃焼させバイオ炭にすると、含まれていたCO2の2〜4割を固定できます

さらに、こうして作ったバイオ炭を土壌に投入すると、0.4%の炭素貯留効果があることも明らかになっています。まさに、4パーミルです。バイオ炭で土壌に蓄積された炭素は、営農を続ける限り、約7〜8割が半永久的に固定されるのです。

土壌に炭を混ぜ込む農法は、日本では古くから行われてきました。元禄10年(1967年)に刊行された日本最古の農書と言われる『農業全書』に「もみ殻燻炭」の記述が見られます。1985年には、地力増進法の「政令指定土壌改良剤」に指定されました。

しかしながら、海外ではあまり一般的な農法ではなかったのです。バイオ炭の活用は、炭素を貯留し、土壌を改良する方法として、ここ20年ほどで急速に関心が高まっています。

-「4パーミル」の活動を浸透させるためにどのような取り組みをされていますか?

効率的な炭化方法や、炭素貯留量などの測定は山梨県総合農業技術センターで行っています。20年分のバイオ炭を与えた果樹を育て、生育への影響がないことも確認できました

こうしたデータを農家の皆さんにお示ししながら、実証実験も行なっています。実際の農場で発生する剪定枝の量を図るなど、JA営農指導員の方々や地元生産者の皆さんのご協力を得ながら取り組んでいるところです。研修会や実演会も定期的に開催し、2021年度は20回を重ねました。

県では、2021年2月に「4パーミル・イニシアチブ推進全国協議会」を発足し、国内への展開・波及や海外への情報発信を行っています。農研機構や学術機関など合計35団体に参画いただいています(2021年11月現在)。

出典)山梨県農政部

さらに、昨年5月からは「やまなし4パーミル・イニシアチブ農産物等認証制度」をスタートしました。4パーミル・イニシアチブに取り組む農家の農産物などを認証、ブランド化し、付加価値を高める取り組みです。ロゴマークも設定しました。

この制度には「エフォート」「アチーブメント」という2つの認証区分があります。「エフォート」は、農家が提出した計画を県が認証する比較的取り組みやすい区分である一方で、「アチーブメント」は具体的な取り組みや実績が求められ、よりハードルの高い認証区分です。もちろん認証にあたっては、地域の普及指導員がサポートします。

認証者は、わずか1年足らずで71者に増えました(2022年3月現在)。大手企業を含む複数のワイン会社がすでに認証を取得し、商品を販売していますので、読者の皆さんにもぜひ一度味わっていただきたいです。

-「4パーミル・イニシアチブ」参加による効果や今後の課題についてお聞かせください。

4パーミル・イニシアチブに参加したことで、“果樹王国”である山梨県が農業分野で脱炭素に力を注いでいることを広くアピールできているのではないかと思います。

昨年のCOP26と同時に開催された「第5回 4パーミル・イニシアチブ・デー」では、各国の環境大臣がご参加される中、日本からのゲストとしてスピーチをさせていただきました。また、国内の地方自治体や企業の皆様からも驚くほど多くのお問合せをいただいています。

カーボンニュートラルの先のカーボンネガティブを目指すには、土壌への炭素貯留が重要だと考えます。山梨県には、光合成によって多くのCO2を吸収し、長い時間をかけて育つ果樹があるからこそ、カーボンネガティブが可能ではないかと感じています。

課題としては、農家の方々にご理解いただきながら取り組みを拡大することです。子育て中などの若い世代の方々や、以前から環境に関心を持っていた方々だけでなく、少しでも多くの方にご協力いただきたいと思っています。

もちろん、バイオ炭を作るには剪定枝を燃やさなければならないため、住宅地の近隣などの農場でご実施いただくことは想定していません。すべての農家ということではなく、1軒でも多くの方々に取り組んでいただきたいという思いです。

そのために、県では、先ほどの無煙炭化器など必要機材の経費を助成するほか、脱炭素にも土壌の改良にも役立つベネフィットをしっかりお伝えしていきたいと思います。

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