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二〇一六年五月 弐

scene 115

次の日、両親は朝食のあと会合へ出かけていった。ナルヨシから早く行きたいオーラが出ていたが、ミュージック総和は昼の一一時開店なのだから仕方ない。いつもの休日のように、広すぎる庭を散歩する。ナルヨシがついてきた。
庭といっても、かなりの部分は自家消費用野菜の畑が占めている。この連休に様々な野菜の苗を植える予定なので、孫兵衛さんが畑に耕運機をかけて準備してくれている。
「なに植えるの」
「ナスとキュウリと枝豆とトマト、あといろいろ」
「とうもろこしがいいな」
「去年も植えてたから、今年も植えるだろうな」
「俺の分あるかな」
「食いきれねぇほどあるから心配すんな」
畑を眺めながらとりとめのない会話をする。俺は兄貴とはこんなふうに話せなかった。もしかしたら兄貴は、俺にもっと話しかけてもらいたかったのかもしれない。なぜなら、俺はナルヨシと、兄と弟として話すことが楽しいからだ。
「お花は植えないのお」
妹もやってきた。友達が訪れるからか、ケイトは普段着の単色ではなく色とりどりのパーカーを着ている。ミニスカートから伸びる両足はピンクのストッキングだ。
「お父さんとお母さんの花壇があっちにある。名前は知らんけどいろいろ咲いてる」
「それにしても広いよね。敷地こんなにいらなくね?」
「地主としてのシンボルなんだよ、ここは」
「お姉ちゃんの大事な物の一つよこのおうちは」
雪江もやってきた。
「お姉ちゃんが生まれて育ったところ。ご先祖様が守ってきたところ。これから先もずっと守ってくのよ」
「先のことなんてわかんない」
ケイトがめずらしく雪江に反駁する。
「そうねえ。でもお父さんもお母さんもそう思ってる。自分たちの代は守る、って決めた人が一八代続いてるんだもの、次もそうなるのよ」
「次はお姉ちゃんなのねー」
「私とあーくんよ」
雪江が俺の腕をとって寄り添い、ケイトとナルヨシに微笑みかける。
「仲のいい人を見てると、嬉しい気持ちになるね」
「そうだな」
ケイトとナルヨシも微笑む。仲むつまじい両親を見て微笑んでいる幼児、という雪江の分析そのままの笑顔だ。
ケイトがポケットのスマホを取り上げ、ディスプレイをちらとながめてまたポケットにしまう。なにかメッセージが入ったようだ。
「アスカとレイが来たけど、どこから入っていいかわからないってー」
「正門から堂々とお入りなさいよ。お客さんなんだから」
ケイトがスマホを取り出して、ものすごい速さでディスプレイを指でなぞる。俺もこの間スマホに替えたが、いまだにこんな速さで文字入力できない。
しばらくすると、正門を開けて自転車を押して歩いてくる二人が見えた。ケイトが走って迎えに行く。甲高い話し声が近づいてきた。
「石川先生、こんにちわ~」
白田明日香が自転車を押しながら俺に一礼する。
「おじゃましまーす、三浦、ちーっす」
斉藤怜も頭を下げ、クラスメイトであるナルヨシに気軽に挨拶した。ナルヨシは片手を上げて挨拶を返す。
「はいこんにちわ。家では俺は先生じゃないから、あまり気にしなくていい」
「そうね~家では私のあーくんだからね」
雪江が腕を組んで寄り添う。
「キャーキャーキャー」
「石川先生やば~い」
雪江のおふざけにふたりは大受けした。
「はいはい、おうちにおはいりなさい。課題やるんでしょ」
雪江がケイトとアスカとレイを促して玄関へ向かう。
「全く、キャンキャンやかましいな。いっつもテンション高いんだよあのふたり。ケイトも一緒にキャンキャン言ってるしよ」
「男だってやかましいだろ」
「俺らはそんな騒がねえけどなぁ。時々ギャグかますけど」
「俺ら、ってことは友達いんのかナルヨシ」
知っているわけだが一応聞いてみる。
「うん、菊池と志田ってやつ。すげえでけえの。でもおとなしいな」
「おまえも必要なこと以外しゃべらねえもんな」
「ケイトみたいに、明るくペラペラしゃべるのは向いてないんだよ俺」
「俺だってそうだよ、基本。黙ってギター弾いてる高校生だったからな。同じ高校にはほとんど友達いなかったぞ」
「なにそれすげーぼっち」
「バカ、友達はみんな他の高校のやつだったんだよ。バンド仲間。大学生もいた」
「同じ高校にいなかったの、バンドやれるやつ」
「俺が行った高校は、軽音部みたいなのなかったから。メンボで近所探してさ」
俺とナルヨシは庭をゆっくり歩きながら雑談をして、家に戻る。少し早いが、出かけることにした。背中にペイントが入ったいつもの革ジャンを着て、先日あつらえたメガネをかける。これはプライベート用で、レンズはスモークが入っている。いわゆる度付きサングラスというやつだ。サングラスのまま運転できる。
離れと母屋をつなぐ廊下のところで、ナルヨシが待っている。黒いカーゴパンツに黒いパーカー、黒いニット帽と、黒づくめだ。
「おまえもケイトも、パーカー好きだな」
「そう言われると確かに。理由はわかんないけど」
廊下を玄関へ向かうと、居間から嬌声が聞こえる。果たして課題をやっているのか怪しいものだが、雪江の声も混じっている。
「ナルヨシと出かけてきますわ」
開け放たれたままの今のふすまから顔を出して中へ声をかける。ナルヨシも顔を出した。やはり、皆でワイワイおしゃべりをしているだけだ。
「あ、いってらっしゃ~い」
「うわ~石川先生学校とぜんぜん違う、その格好で外で会ったら気がつかない」
「三浦もかっこいいじゃん」
「ナルヨシおみやげ買ってきてねー」
軽音部も女が四人だが、ここまでうるさくはない。
「ケイト、課題のプリントやれよ」
ナルヨシが皮肉っぽくいう。
「わかってるわよう」
「そうそう、早く終わらせないと連休遊べないよ。お姉ちゃん昼ごはん作ってあげるから、がんばってやんなさいね」
雪江が腰を上げてそう言うと、子供たちは素直にはあいと答え、バッグからプリントや筆記用具、参考書を取り出す。
「ナルヨシ、あーくんをちゃんと見ててね。あそこに行くと帰ろうとしなくなるから」
「俺もそうかも知んない」
めずらしくナルヨシがおどけた口調で言う。雪江から南門の開閉リモコンを受け取り、俺とナルヨシは玄関を出た。


scene 116

軽トラックで国道を走り、山形市内へやってくる。ミュージック総和は、駅から真っ直ぐ伸びていく道をしばらく行ったところにある。駅周辺の飲食店街を抜けていくことになるが、昼間は静かなものである。
助手席でぼんやり外を眺めていたナルヨシが、歩道を見てなにかに気がついたようだ。
「アニキ、車少し停められる?」
夜はタクシーで一杯になる通りだが、昼間はガラガラだ。
「あぁ全然大丈夫」
ハザードランプをつけて軽トラックを歩道に寄せて止まる。ナルヨシがドアを開けて外へ出て、歩道を歩いている人に手を振って声をかける。
「菊池、志田!」
ナルヨシの友達という二人だ。新入生の中で目立って背が高くがっしりした体格なので、俺も記憶している。人気メーカーのジャージを着て、大柄な男の後ろを歩いていた。
手を振りながら二人に走り寄ったナルヨシだったが、連れと思われる大人の男が振り返った時足が止まった。
「あ、す、すいません、俺、菊池くんと志田くんの友達で…」
振り向いた男は、菊池と志田を足しっぱなしにしたようないかつい男で、何より顔が怖かった。もしやと思ったが、やはり、キョースケセンパイだ。
俺はやれやれという思いで車を降り、固まっているナルヨシの隣に歩いていく。そして男に向かって深々と頭を下げた。
「ご無沙汰してます、阿部さん。こいつ俺のツレです」
母の話によれば、菊池と志田の父親は長井一家の幹部だそうだから、キョースケセンパイにとってはこの二人は会社の上司の息子のようなものだ。一緒に歩いていても不思議ではない。
「なんだ石川先生だどれ。慎太郎、蓮次郎、おまえだも石川先生に習ったのが?」
「オジキ、おらだは石川先生には習ってねっす。ナルヨシ、何しったのこだなどごで」
「オジキ、こいつナルヨシっていうんだけど、いろいろ事情があって理事長の家に下宿してるんす」
慎太郎の方は訛り全開、蓮次郎の方は全く訛っていない。山形も年が若いほどこうした二極分化が進んでいるそうだ。
「なに?石川宗家に下宿う?あぁそういうことか、一緒に暮らしったわげが」
「阿部さんはどちらへ?」
「あぁ、今日は休みもらってんだげど、コイツらの親父はタカマチ出でっからよ、うちに連れてって飯でも食わしてやろうと思ってなっす。石川先生は?」
「こいつ連れて、ミュージック総和へ。こいつも音楽やるんですよ」
ナルヨシは落ち着きを取り戻し、友達二人と話を始めた。
「課題やってるか」
「してるわげねえべ」
「やりたくねーなー」
「白田と斎藤、今うちでケイトと一緒に課題やってるぜ」
「なにほいず、まじか」
「ちぇーアスカとレイとケイトかよー」
小川は物静かだと言っていたが、話すことは年相応のようだ。
「菊池と志田はナルヨシの友達だろ?君らもナルヨシんちに課題をやりに行ったら?」
俺はニヤッと笑って二人に言った。
「石川先生、いいながっす?コイツラなんぞ家に上げて」
「だってナルヨシの友達じゃないっすか。学院の生徒でしょ。こいつの双子のきょうだいのケイトは、ちゃんと下宿先の父母に許可をもらって、今日友だちを連れてきてんですよ」
「石川先生、これからカミさんどもよっく相談して、このナルヨシくんに連絡させますんで、理事長によろしく。ナルヨシくん、こいづだど仲良くしてけろな」
「いやいやこちらこそ。な、ナルヨシ」
「は、はい、よろこんで」
キョースケセンパイと菊池と志田は、何度も礼をして去っていった。
「アニキ、あのおっかない人と知り合いなの…」
ナルヨシは絶句している。
「一応知り合いかな。あの阿部さんは、トールパインの店長の親友なんだよ。んで、奥さんが学院の卒業生。今年の一月、店長の結婚式で挨拶した程度だけど」
車に戻って走り出し、話を続ける。
「菊池も志田も、俺の親父ヤクザだから、俺とあんまり付き合うなって言ったんだよ。優しいんだあいつら」
「なんで友達になったんだ」
「学院ってさ、オナチューのやつ多いでしょ。最初っから友達同士で入ってくるじゃん。俺とあいつらだけ、知り合いいなかったからなんとなく」
「なるほどな」
「あの見た目だから最初は話しかけるの怖かったよ。でも話してみたら別に恐ろしいやつじゃなかった。あいつらも、俺のこと女が男の格好して気味悪いと思ってたけど、普通以上に男っぽいって笑った」
「おまえもあの友達家に連れてこいよ。お父さんもお母さんも喜ぶぞ」
「でもなぁ、ヤクザの息子が理事長の家に来たらダメなんじゃね」
「それはお父さんとお母さんが決めることだけど、心配ない。内緒でおまえだけには教えてやるけどな、さっきのおっかない顔した人の奥さん、学院の卒業生って言ったろ?」
「うん」
「その奥さんが、ヤクザの親分だ。つまり菊池と志田の親父の親分」
「ええええええええええ?」
「社長の娘が会社を継いだようなもんだな」
「でも、さっきの人も、その、ヤクザなんでしょ」
「あぁそうだ、奥さんだけど会社では上司、みたいなもんだな」
「そうか、学院ではアニキはお母さんの部下だもんな、それと同じか」
「わかってるじゃねえか。そういう人が学院の卒業生で、卒業してからもお母さんと時々話してたそうだ。お父さんもお母さんもなんとも思わねえよ」
「わかった。お父さんとお母さんに頼んでみる。あいつらゼッタイ課題できねえもん。手伝ってやるよ」
ナルヨシが少年の顔で笑った。


scene 117

ファーストフードで簡単に昼食を済ませ、ミュージック総和に入店すると、さっそく店長がインストラクターの名札を持って飛んできた。
「若旦那、最近来てくれないから。お客さん、今日はインストラクターいないのー、って人ばっかだよ」
「教師は四月忙しいの」
なんだかんだ言いながらも素直に名札を受け取る。名札は最初首からぶら下げていたが、ギターを弾く邪魔になるので、腕にバンドで留めるように改造した。
「アニキ、ここでも先生なんだ」
「いや、そんな立派なもんじゃない。ギターやエフェクターがどんな音が出すのか、デモンストレーションしてやってるんだ」
「あれ、そういやこの子は?」
「うちで四月から双子のきょうだいを預かってるの。その片割れ。寒河江中央学院高校の新入生だよ」
「三浦ナルヨシです、はじめまして」
「おや。山形の子じゃないな。まぁ下宿するくらいだから当たり前か」
「川崎です。小田急線の方で」
「川崎市のオシャレな方だな。ナルヨシくんは何やるの?若旦那と同じくギター?」
「ぼ、ぼくはその、DTM」
「ナルヨシ、俺でいいよ俺で。無理すんな。この人はそんなこと気にしないから」
「んじゃ。俺もくんづけはけっこうですんで」
「ははは。DTMはすげえレベルだもんねぇ。俺みたいなジジイだと、電子音楽ってとピコピコいう音っていうイメージから抜けきれない。若旦那もだろ、若い割には昔のバンド好きだもんな」
「ほっといて」
「売り場行こうか、そっち担当の奴いるから。じゃ若旦那、いつものようにお願いね」
「あいよ、俺の弟に高いもの売りつけないでよ」
「店長すいません、俺、金持ってないっす」
「バカ、そんなことしないって」
店長はナルヨシを連れて電子音楽コーナーへ向かった。俺は定位置の試聴コーナーに立つ。ここで商品のギターをソフトに弾いて店内BGMがわりにしたり、ある程度弾けるお客にはギターやエフェクターの音を聴かせたりして、商売の手助けをしているのだ。学院は教職員の副業を禁じているので金は貰わない。いろんなギターが弾けるし、ギター弾き同士で話をしたりと楽しい時間が過ごせる。月に一度か二度、この店でギターを弾くことが、学院の部活と並んで、俺がギターに触れていられる時間だ。俺はリラックスした気分でピンクのストラトキャスターを弾いた。
「若旦那、ご無沙汰」
いい感じにはき古したデニムに年季の入ったブーツの男が現れる。長めの髪は半分以上白くなっていて、言ってしまえば老人だが、アメリカのヘビーメタルバンドのノベルテイTシャツを着て指にはシルバーのリング。
「伊藤さん、ご無沙汰です」
この男は伊藤といい、山形市の北隣、天童市でカジュアルファッションのショップを営んでいる。山形市以外で、若者に的を絞ってデニムを売り始めた最初の店、と言われているそうだ。若い頃からハードロック、ヘビーメタルが好きで仲間とバンドを演っているという。伊藤はドラマーで、この店で知り合ったのだ。
「そうそう伊藤さん、ウチの軽音楽部にご指導いただく件」
「おう、どうだや」
「理事長の許可取りました。入校の際に所定の記録をしていただければ、放課後ならいつでも構わないと」
「そうかそうか、んじゃ近いうちに、理事長や部長さんがたにごあいさづに伺うがな」
伊藤はたしかに老人なのだが、腹が大きく出ているわけでもなく、身体は大きくないが筋肉質だ。何度か伊藤のバンドの演奏を聞いたが、腹に響くような力強いバスドラは、年齢を全く感じさせない。
「理事長は若い頃エースで買い物してたって言ってました。妻は今でも買い物してますよ。私も行きましたし」
「まいどありがとうございます」
伊藤は愉快そうに笑う。
「でも伊藤さん、お店忙しいでしょうに、いいんですか本当に」
「店は息子に任せでっからなー。俺は古い仕入先に月イチぐらい顔出すだげでしぇーんだ。ヒマでしょうないなよ」
伊藤はプロだけにスキのないファッションセンスだが、山形の老人らしい訛りだ。
「子供らさドラムおしぇるほうが、店に出るよりおもしゃいずー」
「おー会長、いらっしゃい」
店長がナルヨシを連れて戻ってきた。伊藤はショップを経営する会社の会長である。数年前に息子に社長職を譲ったそうだ。
「伊藤さん、これ、四月からうちに下宿してる子です。学院で、軽音部ですから、今度またお会いします」
店長の横にいるナルヨシに、伊藤への挨拶を促した。
「三浦ナルヨシです、よろしくお願いします」
「いまどぎ下宿とか珍しいな。石川のお屋敷だったらなんぼも部屋が余ったさげ大丈夫だべげど」
伊藤は笑ってナルヨシを見ていたが、視線が体のラインを追っている。
「アニキ、やっぱり楽器のプロの人はすごいなあ。聞きたかったこといろいろ教えてもらった」
ナルヨシがキラキラした表情で言う。
「ナルヨシくんは何をやんのや」
伊藤がまた普段の表情に戻って問いかける。
「俺、DTMッス」
訛りにだいぶ慣れてきたナルヨシがハキハキと答えた。
「でーてーえむ、なて楽器があんのが最近は。じさまにゃわがんねな」
「会長、ほれ、コンピューターでバンドの音全部出すいやづよう」
店長が伊藤に合わせて方言で説明する。
「あーあれが。昔だどYMOとかな。あの頃はほんてん電子音って言う感じだっけ。今はみんな本物ど同じ音出るんだてな、たまげだもんだ」
「ドラムなんかは、人間にはありえない速度で叩けるわけですけど、あまり露骨にやると打ち込みだとバレる。バスドラとか、バカっ速で踏めるヤツの速度くらいを入れとくと、妙にうまく聴こえるんですよね」
「俺のバスドラは速えぞう」
伊藤のバンドは、七〇年代後半のハードロックを演奏している。ハードロックからヘビーメタルが分化する頃だ。
「店長、俺、また高橋さんに話聞いてきていいっすか」
高橋というのは電子楽器系を得意とする店員だ。
「かまねかまね、サボらねように見ててけろ」
ナルヨシはにっこり笑って売り場へ駆けていった。
「若旦那、ナルヨシくんはなんで男の格好してんのや」
伊藤が直球で尋ねてくる。
「鋭いですね」
「服屋やってっとよ、身体のラインが見えてくんなよ、服の上から。営業や仕入れに欠かせない目なよ。ナルヨシくんは、服で覆っても、女の線は消えてねえ」
「あいつ、男女の双子なんですよ。もう片方は男で女装してます。ひと月ほど一緒に暮らしてますけど、女の身体に男の心が入って、男の身体に女の心が入ってるとしか思えない。性同一障害とか言いますよね。親御さんは、興味本位で騒がれたくないと自宅のある川崎市から田舎へと、学院へ入学させました。理事長が、きょうだいのケアをしたいと、石川家に下宿させることを決めたんですわ」
「まぁなぁ、おらだも若い頃はもっと髪伸ばしてたし、デヴィッド・ボウイなんかはずっと化粧してたすな。おらも別に気持ち悪いとか言うつもりはねえんだ。ナルヨシくんは話す声がら見た感じがら普通の男だすな。ちぇっと話してみだげっと、めんごいヤロコだどれ」
「最近の男の子はホント中性的なの多いからね。彼なんかむしろ男っぽいほうだろ」
店長はまったく驚くこともなく話を聞いていた。
「若い頃新宿あたりに出入りしてたけどよ、いわゆるおナベの人が知り合いにいてさ。筋肉つけてガッチリしてたけど、ホルモン注射してて辛そうだった。ああいうことはやめてほしいな」
「んだな、必要以上に男っぽくすることはねえ。心の問題だがらな」
「理事長も俺も同じ意見。手術だのホルモンだの言う前に、自分の心のままに生きる環境を整えてやろうって。学院…寒河江じゃもう、あいつらは普通に暮らしてますよ」
「早いどご指導さ行かねばな」
伊藤が優しい老人の顔で笑った。

(「二〇一六年五月 参」へ続く)

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