感染症発生時の事業継続
厚生労働省から介護事業者・障害福祉事業者に向けたBCPの策定と運用に関するガイドライン等が公表されています
そこでは、”自然災害発生時のBCP” と ”新型コロナウィルス感染症発生時のBCP” が取り上げられいます
この両者、事業継続計画やBCPといった名称のほか、事態等発生時の事業継続という命題は同じなのですが
整理すべき事項、考えるべき事項は災害発生時のBCPと、やや異なるところがあります
今回は、新型コロナウィルスなどの感染症発生時のBCPの特徴についてお話します
■ 自然災害発生時と感染症発生時の違い
事業に影響を与える事態のうち、感染症発生の事態には独特の特徴があります
脅威が特定されている
自然災害には地震や洪水などの種類、影響を受ける規模など、脅威となる対象が予測できないものがあります
感染症は、どのような病原体で、どのような経路で感染し、感染から発症の過程が予測可能です兆候がある
台風や大雨などは天気予報で兆候をつかめるように、感染症も感染者・発症者数の増減で兆候がつかめます
特に高いレベルの類型にある感染症は、国際・国内レベルの情報網がありますから、明確に兆候を察知できます物的被害がない
施設や設備に被害が及ばないため、物的被害の復旧という概念が不要です
ただし、感染防止のための資器材が必要となるため、それ相当の負担が必要となります人的被害が著しい
発症者や濃厚接触者となれば、隔離等で本来の活動が制限されます
事業側としては職員不足・利用者不足、利用者側としては十分なサービスを受けられないという状況になります被害の実体を掴めづらい
物的被害が伴わず、人的被害も時々で変化するため、目視で被害を確認することが難しくなります
政府や自治体の発表が最大の情報源となりますが、地域限定の情報は少ないため、実態把握が掴めづらい状況になります
また、事業への影響・被害は、経営状態などを数字化しなければ確認できません地理的・空間的に広範囲
大地震のような広域災害を上回る範囲で広がります
広がりのスピードは、ウィルスの感染力と時間当たりの人流量によります法律や行政による制約が伴う
まん延防止のために法的な措置や行政判断による制約が課されることがあります
行動制限や営業時間の短縮などの制限、医療や介護・障害福祉の現場においても数々の制約が課されます終わりが見えない
新型コロナウィルスは、この数年で、まん延の波が何度も発生しています
この先も、これが繰り返されるだけでなく、何をもって終息と位置付けるかの判断ができづらい状況です
これらの特徴から、自然災害とは異なる状況に事業が置かれることを認識しておく必要があります
特に、脅威と兆候を確認できても、被害の実体と終わりが見えない状況が ”継続” するという特徴があるということです
実際、苦しい事業経営が長引き、自助努力だけでは耐えられずに、事業の撤退や廃業となるケースが見受けられます
■ ”それでは、どうする” という戦略
自然災害や感染症発生時も事業を継続させるためには、戦略的に事を進める必要があります
”それでは、何をどうする” という戦略を立てる必要があるのですが、まずは、戦略を考える上で重要なお話をします
・事業資産との戦い
事業の運営・経営には、”人・物・金・情報”という事業資産が絶対に必要となります
どれか一つでも枯渇すると事業の継続に大きく影響を与えます
特に、自然災害や感染症発生時は、事業資産の枯渇化との戦いになります
職員・従業員がいない(人)
顧客・消費者・サービス利用者がいない(人)
施設や設備が使えなくなる(物)
原材料、光熱水、備品、資材を入手できない(物)
事業費や人件費の支払いは通常どおり(金)
被害の復旧費、事業転換に要する財力がない(金)
知りたい情報が入らない、正しい情報が伝わらない(情報)
感染症発生時にあっては、4つの事業資産が当初から同時に枯渇するわけではありません
最初に人(職員と利用者)に影響が出て、次第に物と金に影響が出てきます
また、情報は枯渇よりも、情報過多で正しい情報が得られづらいという影響が当初からあります
いずれの事態も被害などの影響が長引けば長引くほど、事業資産の枯渇化は深刻になってきます
自分らの事業は、これらの事業資産の枯渇化をどこまで許容できるのかがカギとなります
自然災害の発生は、ほぼ短時間・短期間で終わり、その後は被害復旧や以前の生活に戻す活動が展開されます
一方、感染症の発生は、感染者数の波が繰り返されながら長期間にわたり、生活態様も変化し続けます
このことから、事業資産の枯渇化の限界は、自然災害発生時と感染症発生時とでは異なってきます
自然災害発生時は、被害を復旧させれば、何とか事業を継続できるように進めることができます
感染症発生時は、事業資産の不足を補いながら、事業を止めないように進め続けることになります
・事業の撤退や転換ができない
介護事業や障害福祉事業は、医療事業とともに、非常事態にあっても存続とニーズに応えなければならない事業です
事業の撤退や廃止は、サービス利用者の生活に大きなダメージを与えてしまいます
また、他業種のように、事業転換や提供サービスの変更(※注)が容易に行えません
※注:製造業:製造する商品分野や販路を変えて収益を維持
輸送業:他社・他業種に従業員を出向・派遣して収益と雇用を維持
物販業:健康志向の商品から、医療機関向け・感染等隔離者向け商品に変更
今や平常時のサービス利用者ニーズに加えて、消毒や密にならない施設環境などの感染対策上のニーズがあります
また、利用者と同居する家族に感染者等が発生した場合は、利用者を一時的に預かるようなニーズも出てくるはずです
このようなことを考えると、事業の撤退や転換はあり得ず、考える必要もないと言えます
その代わり、高機能型・多機能型の介護・障害福祉サービス、融通が利くサービスが求められるようになります
・事業戦略
以上のことを踏まえると、介護事業・障害福祉事業の事業継続の戦略は、次のような方針で考えることになるでしょう
提供するサービスを限定する(業務の縮小と集中)
利用者ニーズの対応と事業の収益性を両立できるサービスに限定し、少ない事業資産を集中させる
・メリット:事業資産の枯渇化を低減・遅延させやすい
・デメリット:収益性が低下することで、サービスの質と量も低下しやすい複数の場所でサービスを提供する(業務とリスクの分散)
サービス内容別に提供場所、業務、人員を分散させる
・メリット:事業資産を効率よく運用しつつ、感染症リスクを低減させやすい
・デメリット:施設や財政上の制約、法的な規制があると実現が難しい同業他事業所等と連携・協同する(相互の代替と補完)
他事業所等と事業資産で足りない部分を相互に補い合いながらサービス提供を継続する
・メリット:自助努力では不可能な部分を補完できる
・デメリット:協力・提携関係の構築が必要であり、相互補完の要領・程度について細かな取り決めが必要高機能型・多機能型サービスを提供する(新たな付加価値)
事業資産に過度な負担をかけずに事業に付加価値を持たせる
例:医療機関との提携による医療付サービスを提供する
入所系事業者が居宅・訪問サービスを提供する
・メリット:高まるニーズへの対応が事業収益の確保と向上につながりやすい
・デメリット:実質的な事業拡大であるため、法的処置や相当の事業資産が必要となる
感染症事態の特徴、自分らの事業に対するニーズ、事業資産の推移を考慮した戦略と仕組みの構築が重要です
なお、現行サービスの提供を停止する場合でも、一時的な中断とし、再開のための戦略が必要となります
■ BCPで何を示しておくのか
感染症発生時のBCPは、感染対策マニュアルとは異なります
感染対策マニュアルは、文字どおり、感染予防と健康管理のための施策や手順を示したものです
守るべき対象は、事業資産である人(利用者や職員、その他の関係者)に特化してます
一方、BCPは、感染対策を含めた事業の運営・経営の体制や実施事項、職員・現場レベルで行う手順などを示したものです
守るべき対象は、事業そのものと運営と経営の継続にあります
したがって、BCPで示しておくこと事項は、感染対策マニュアル以上にあります
以下は、一例です
感染症発生時の基本方針
事業継続戦略と重要業務
BCP発動の判断基準
意思決定者・決定組織、対策及び対処の人員組成、代行者・代理権者
情報の収集と評価の要領
各種実施基準・ルール
・感染予防と拡大防止
・勤務の体制と管理
・連絡と情報共有
・物品等管理
・情報セキュリティと防犯業務の中断・一時停止
・中断してはならない業務
・中断・一時停止の判断基準
・再開のための流れと要領教育・研修・訓練
BCPの検証と見直し
これら以外でも事業の継続に必要な事項を取り決めて示すようにします
この際、注意しなければならない事項が以下のようにあります
関係者全員が理解できるようにする
フローチャート、図画、リストなどにすることで確認しやすくします
また、あいまいな表現を避け、数的・量的に表記します計画書として書面化しただけでは機能しない
関係者全員に周知する・教育する必要があります関係者全員がいつでも確認できるところに保管する
いざという時に必要となる重要なものですので、利用者や部外者が届かない場所に保管します
■ まとめ
事業の運営・経営の障害となる事態が発生しても、事業を継続できるようにする戦略書・手順書がBCPです
感染症の発生は、自然災害の発生とは異なる状況・環境が事業そのものに影響します
そのため、感染症発生時の特徴・特性を踏まえた事業継続戦略が必要になるのです
自然災害発生時と感染症発生時の違い
・脅威が特定されている
・兆候がある
・物的被害がない
・人的被害が著しい
・被害の実体を掴めづらい
・地理的・空間的に広範囲
・法律や行政による制約が伴う
・終わりが見えない事業継続の戦略
感染症発生時の事業の運営・経営は、事業資産の枯渇との戦い
戦略の一例
・提供するサービスを限定する(業務の縮小と集中)
・複数の場所でサービスを提供する(業務とリスクの分散)
・同業他事業所等と連携・協同する(相互の代替と補完)
・高機能型・多機能型サービスを提供する(新たな付加価値)
BCPで示す事項等
感染対策を含めた事業の運営・経営の体制や実施事項、職員・現場レベルで行う手順などを示す注意事項
・関係者全員が理解できるようにする
・関係者全員に周知する・教育する
・関係者全員がいつでも確認できるところに保管する
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