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[写真集]鈴鹿山脈のAria──光と四季と生命の歌 片出実(著)

緻密な構成で切り取られた鈴鹿山脈の四季

「この風景は失いたくない」という思いが迫ってくる

鈴鹿山脈は、独特の地質と気候により、四季折々の美しい風景が楽しめる山々である。その景色に多くの人々が魅せられ、人気の登山スポットでもある。撮影者も、そんな鈴鹿山脈に魅せられたひとりであろう。本書は、その壮大な風景と美しさを四季折々に切り取った作品で、自然の息吹と撮影者の感性が見事に融合している。

四季ごとに分けられた各章は、緻密な構成と美意識に心を打たれた。

春 ― 命が芽吹く瞬間に引き込まれる

春の章はページを開くと、見る者を引き込む世界が広がっていた。命が芽吹く瞬間が捉えられており、特に印象的なのは、雪の中から顔を出すセツブンソウやミズバショウの写真だ。これらの花々が長い冬を経て再び姿を現す瞬間は、生命の強さと喜びを感じさせる。撮影者は独自の構図でこれらの瞬間を切り取り、その美しさを伝えている。

夏 ― 光る判断力と撮影技量

夏の章では、撮影者の的確な判断力と撮影技量の高さがうかがえる。例えば、雨の中で苔の生えた岩に止まるトンボ。シャッタースピードを落とし、雨と光を見事に取り込み、苔の美しさまでも表した1枚で、独特な瞬間が面白い。

巣穴の中のカワセミを撮影した作品も、自然の中での営みが、ありきたりではない場面で撮られており、撮影者の視点のユニークさが表れているカットと言える。

秋 ― 独自アプローチの紅葉

秋の章では、紅葉の美しさを堪能できる。一般に紅葉の写真は、一面を覆うような紅葉ばかりに目を向けがちである。しかし、「雲ひとすじ」は、常緑の木々の中で、横一列の線となり紅葉する樹木に着目しており、撮影者の独自のアプローチが光る1枚となっている。

また、「淡秋」は、色彩の淡さもあり、花鳥画の趣すら感じられた。さらに「寒い朝」では、秋の早朝の寒さが朝の光を見事に捉えつつ表現されている。「鎌尾根秋色」では、秋の、光のあたたかさが感じ取れるので、この2枚のコントラストにより秋の様子が見事に表現されている。

冬 ― 際立つ遊び心

冬の章は、静寂と厳しさが同居する雰囲気が漂う。樹氷が朝日や夕日に染まる様子や、強風でできたであろう雪の波紋が、冬の雰囲気を引き立てている。

「氷原の虹」は、色が乏しく似た傾向の色味になりやすい冬場のシーンに、虹を大きく入れることで豊かな色彩を与えるエッセンスとして機能している。撮影者は色彩の遊び心を使って、冬の風景に新たな魅力を与えている。

最後の写真「旅立ちを待つ」は、鳥が枯れたツルか草の上に止まっている様子を捉えたものだ。写真を遠目に見ると、まるで脚の異様に細長い鳥が雪の中を歩いているように見え、思わずクスッと笑える。これは撮影者のちょっとした遊び心がにじみ出たものなのかもしれない。

想像するに撮影者は、極寒の中で日没や夜明けを幾多待ったことだろう。そこに圧倒的な美しさがあると信じ、光を求めつつ、その寒さに耐えたことだろう。

そうして、現れた景色に対峙しつつ静かにシャッターを切った。そうして捉えることができた自然は、何者にも代えがたい喜びだったはずだ。それは、見るものにも伝わり、自然の美しさに対する深い愛情を感じるものとなっている。

この一冊を通して、「この風景は、失いたくない」という撮影者の思いが強く伝わってくる。鈴鹿山脈の荘厳で美しい風景を通じて、自然の息吹と共に四季の変化を感じることができた。

季節の移り変わりを通して、鈴鹿山脈の豊かな表情を丁寧に見つめ続けた撮影者の労作は、写真集を手に取った人にも伝わるに違いない。この写真集は、自然への畏敬の念と美の探求心を抱いた筆者の繊細な表現力が満ちあふれている。

文・今村拓馬







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