「僕と結婚してくれなかったら死ぬ」という話

のび太くんのパパだっただろうか、マスオさんだっただろうか、残念ながらソースが見つけられない。

昔の漫画には両親の馴れ初め的なエピソードが必ず存在するのだが、この手の台詞を結構な割合で見かけた気がする。

男性の方が花束なんか持ったりして求婚するのだが、女性から二つ返事はもらえない。そうなると「僕と結婚してくれなかったら死ぬ」とか言って泣きながら走り出したりするのだ。

どう考えても危ない人なのだが、ピュアでシャイな性格が実ってか、なぜか女性の方はプロポーズを受け入れる。

もちろんこのシーンは読者の笑いを誘うためのギャグとして描かれているのだが、そもそもこういう発想が生まれるという点に見るべきものがある。

団塊世代ではこの手の台詞は多かったのだろうか。

冒頭の漫画を書いたのは、まさに僕らの親世代、団塊世代だ。長谷川町子さんはちょっと上だと思うが、当時の読者が団塊世代だという点では同じような空気感はあると思う。

ベビーブーム、高度経済成長、一億総中流と言われた中で、三種の神器を揃え、皆が同じような暮らしを志向していった中で、実は団塊世代たちは焦りを感じていたのかもしれない。「自分とは何か、自分にしかできない選択とは何か」と。

彼らは今の僕らよりも経済的には恵まれているから、本来それほど配偶者探しに躍起になる必要はなかったはずだ。それなのに、いや、それだからこそ、配偶者の選択は自分にしかできない、自分の存在意義をかけた人生の選択だったのかもしれない。

現代ではこんな台詞を使う男はほとんどいないだろう。それはおそらく「僕と結婚してくれなくても、僕は死なない」からである。

団塊ジュニアの僕らは「個性の世代」だ。生まれながらに唯一無二の存在として尊重され、個性的であることがよしとされた。一人の女に袖にされたくらいで自分の価値が揺らぐことはない。

個性は、自分を守る。そして、守られた僕らはギャグのように命をかけた選択をしなくなったのかもしれない。命をかけなければ切り拓けないことがあると、薄々は気づきながら。

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