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Cana sotte bosse Live@茅場町七針 2020.1.26(Sun) -小林未季 × Cana sotte bosse-

新年、あけましておめでとうございます。

まあ、そう言わないで。

今回は、2020年、新年初のCanaさんのライブ。Cana初め、Cana詣でなのである。 

河岸は茅場町七針。僕には未知の箱。

駅の名前としての茅場町は知っている。証券会社が立ち並ぶビジネス街。ライブハウスがあるとは思っていなかった。

きっと労働に疲れた企業戦士たちが夜な夜な集う隠れ家的スペースなのだろう。

これはまた…随分な隠れ家感だ。

ちなみに今日は日曜日。時間も超越している。

「秘密基地」や「アジト」という言葉に滅法弱い僕である。小躍りして階段を降りると、ほの明るい、小さな空間に出た。

いささか不用心だったかもしれない。世が世なら全身蜂の巣になっていたところだ。

カネの支払いはどこだろうか?

手探りで迷路をたどるように客席を抜け、バックヤードの辺りに行き着くと、壁の小窓からチラチラとこちらを窺う怪しげな男。

僕は合言葉を告げた。

「是永です」

名前の確認の後、代金を手渡す。もう後戻りはできない。

隣にはドリンクを頼む者もあり、男は商人の手つきで金銭を受け渡し、いかがわしげなビンを次々と差し出していた。黒服の女性も近くを甲斐甲斐しく動き回っている。

座席はほぼ埋まっており、僕は慌てて僅かに残っていた後方の椅子を掴まえる。

室内にはアンビエント調の音楽が流れ、開演を待つ観客のピントを少しずつ日常からずらしていく。

入りは30~40人程度。おおむね古参なのだろう。腕組みしてうつむく者、虚ろな目をしてステージの方を見やる者、皆、一様に押し黙り、来迎を待ちわびている。

あれだ、一人でラーメン屋に行くと、人はだいたいこういう感じになる。

小さく照明の当たるステージには楽器が並び、こちらも主の登場を待っていた。

時計の針は既に開演予定の19時を回っている。

僕が遅刻してきたから。

ふっと身綺麗な男性が客席を通り、ステージに向かう。ピアノの鈴木史門さんだ。

続く預言者のようなローブの女性。

さあ、いよいよCanaさんの登場だ。

聴衆は固唾を呑んで聖職者の言葉を待つ。

「僕の声を 届ける夢も」

『hello』だ。

2ndアルバム『innocent view』のラストを飾る、Sotte Bosse初めてのオリジナル曲であり、Canaさんが「一番大切にしている」と語る曲。

アンコールで歌われることも多いこの曲だが、それを最初に持ってきた。つまり、新しいステージの始まりだ。

声の調子も良さそう。紡がれる言葉が円い。

「あけましておめでとうございます!」

ハイ!あけましておめでとうございます!

続けて2曲目、『星空バス』。Sotte Bosseとしては初めてのシングル『ボクたちのうた』に収録されている。

史門さんのピアノが跳ねる。星の瞬きのような高音が綺麗だ。

聞こえてくるのは君の歌
もっともっと聞かせて

3曲目。これは…『マンダリンパスタ』だ。続けてきたな。3rdアルバム『moment』の収録曲。

このアルバムは半分がオリジナルで、個人的には『太陽のキス』『Take Me Away』と並ぶ名曲。Sotte Bosseがどんどんアップデートされていく。

前から二列目の席に座る男がゆらゆらと船を漕いでいる。早くもこの歌声の虜になってしまったのか。

史門さんのインプロに続き、耳慣れたイントロが始まる。4曲目、『水色』。日比康造さんのカバーだ。

いつだっけ
好きなだけじゃそばにいられない
そんなことはないって笑っていたはず

MC。「改めまして、Cana sotte bosseと申します」の自己紹介。

ハイハアイ、知ってる知ってる。先生、僕知ってまあす!

そんな浮わついた気持ちはおくびにも出さず、僕は通っぽい顔をしていた。

日比康造さんはCanaさんを支えてくれた「アニキ」たちの一人。史門さんと引き合わせてくれたのも康造さんなんだって。今日はCana通史を学べる日だ。

「3曲目が水色という曲で…」

…いや?いやいや?3曲目『マンダリンパスタ』じゃなかったっけ?あれ『星空バス』の一部だっけ?俺大丈夫か?

「3曲目は『星空バス』、書いてあるよ」と史門さんからツッコミが入る。いいよね、このコンビ、じゃなかった、デュオ。

5曲目は『砂時計』。ソロの「Cana sotte bosse」名義になって初めての曲。今日ここまで聴いてきた中でも、思わずはっとするような完成度。

6曲目は『手紙』。この曲についてはもうワシ何回も語らんわ。周りの中年たちよ、めそめそ泣くなよ。

7曲目は『ランデヴー』。『手紙』と同じくMassan × BashiryのBashiryさん作。このコズミックな雰囲気、好きだな。今日の史門さんのピアノはタイトでコンパクト。男前だ。

前から二列目の奴、まだ寝てるな…。ハリセン喰らわしたろか。小林未季さんのファンなのかな?

8曲目、「イッツ・ア・ブランニュー・デイ」…は誰の曲やったっけ?

岡村孝子?村下孝蔵?

あっ、すいません!これは『It's a Brand New Day -奇跡の日-』。6thアルバム『Beautiful Life』収録のオリジナル曲であります!またファン失格だ。

いや、このアルバムね、すんごく良かったのね。『25コ目の染色体』とか『天体観測』とか『RPG』とかすごく良かったから、カバーと勘違いした。

少なくとも村とは関係ねえわ。

あ、作詞がカワムラユキさんだ。

MC。2019年の回想。i-depが10年ぶりに再結成した、嬉しい年だったと。

「i-depというバンドが…」

少しCanaさんが言い淀む。

「解散しまして」

潔いな、と思った。

最近、業界では「活動休止」や「卒業」といった、曖昧な表現が使われることが多くなった。

それは事実でもあるのだろう。今は昔とは違って個人で発信を行うことが簡単になった。

自分の表現がバンドのスタイルや所属会社の方針と相容れないことがあったとしても、それを発露する手段がある。

両者の棲み分けができるから、音楽活動を続けていくために解散する必要性は乏しくなっているのかもしれない。

時代のせいもあったのか、なかったのか、いずれにせよ当時のi-depは「解散」した。

楽しくないこともあっただろう。涙が出ることもあっただろう。

Canaさんが語る。

「でも、ベース倉庫にしまっちゃったよー、みたいなメンバーが一人もいなかったんです」

6人全員が音楽活動を続けていた。だから、再結成することができた。本当にそれが嬉しいと。

そして、小林未季さんとの出会いのお話。

「未季ちゃんと出会ったのは、5年くらい前かなあ?3年くらい前かなあ?」と笑うCanaさんに、客席から「間を取って4年で」と返す未季さんの声。

i-depが解散してフリーランスになり「明日をも知れぬ」状態になった。一人でCDなんて出したことがない。どうやったらいいのかわからない。

そんな時、「こうやるんだよ」と教えてくれたのが未季さんなのだと。無印良品のカフェで。

そうやってできたCDがこれなのだ。リンク貼っておこう。

9曲目、『希望のうた』。言うまでもない、Canaフォロワーのアンセムである。

「皆さんもいろいろ辛いことがあると思いますけど…」

「ねっ?」

史門さんに問いかける。

「ねっ、て…。そりゃあると思いますよ」

と応じる史門さん。

「何度でも何度でも歩き出そう、そう思って作った曲です」

僕の辛かった時のこと。

就職活動に失敗した。学生でも社会人でもない。所属するところがなくなった。社会から「お前は要らない」と言われた気がした。

ようやく仕事を得て半年、車を廃車にする交通事故で両足を骨折し、3か月の入院。同僚には迷惑をかけたし、同級生の友人たちにまた後れを取ったと思った。

上京して10年、仕事で身体を壊し、初めて心療内科のお世話になった。処方された抗不安薬。家族もいるのにな。電車の終点まで行って、折り返して帰ってきた。大人は、もうどこにも行けなかった。

でも、自分さえ自分を見限ったそんな時でも、友人、同僚、家族たちは、いつもと変わらず接してくれた。

何度でも歩き出せる あなたがいるから

そう、歩かずにはいられないんだな。

10曲目、「最後の曲です」とCanaさんが言う。

『太陽のキス』。来たよ、僕の好きな曲。

「これからも会えますように、また未季ちゃんにつなげられますように」とCanaさん。

史門さんがイントロを奏で出す。

「あっ、そうだ」とぶち切るCanaさん。

2月22日土曜日のBIG ROMANTIC JAZZ FESTIVALへのi-depの出演告知だ。

「Charaさんと同じステージに立てるのが嬉しいんです」と語る。

高校2年生の時、後楽園のスケートリンクで憧れのCharaさんに偶然出会ったCanaさん。

「ちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃ、Charaさんだ!」

「将来歌手になりたいんです!」

たまらず話しかけた少女は、いつしか同じユニバーサルミュージックに所属することになり、そしてまたステージで再会する。

「後楽園のスケートリンクでお会いしました!」

「そう言ったら憶えててくれるかなあ」とCanaさんは笑った。

さあ、『太陽のキス』だ。

会いたい気持ちを心から歌うよ
かすかに見える先のメロディ
君の太陽のキス 遠い彼方のキス
会いたいよ… 会いたいよ…
君へと続く想いをつなぐ

人生に絶望した人に届く言葉を、あなたは知っているだろうか。

それは、「頑張って」とか「負けるな」といった励ましの言葉ではない。

「あなたに会いたい」

ただ、それだけ。

万雷の拍手に包まれてCanaさんのステージが終わり、しばしの休憩。小林未季さん待ちだ。

ここで小官は戦略上、重要な決断を下す。

そうだ、トイレ行こう。

涙腺でなく膀胱が崩壊しては目も当てられない。

フロアにはそれらしいものがない。階段を上がり、入口の方へ戻る。

立っている男が一人。席が隣だった人だ。

「トイレ待ちですか?」

「ええ」

見れば誰かが使用中。ドアノブの下のマークが赤色になっている。

男が尋ねてくる。

「どちらを聴きに来られたんですか?」

僕は戦国武将の名乗りのように堂々と答えた。

「Canaさんです。あなたは?」

「もちろんCanaさんです」

恐ろしい。ここで、小林未季さんです、と答えたら全身蜂の巣になっていたかもしれない。

トイレのドアが開き、先ほどの黒服女性スタッフが現れる。「タンクに水が貯まるのが遅いんですよお」と男に説明していた。

僕は彼女に尋ねた。

「まだ始まらないですか?」

「あ、大丈夫です。お待ちしてます」

それはありがたい。

一瞬の沈黙。

「あ、小林未季です」と小さくお辞儀をされる。

極めて重要なスタッフさんだった。確かに軍師がいないことには作戦は始まらないだろう。未季さんは軽やかに階段を下りていった。

隣のCana党の用便が済むのを待っていると、また一人、男が階段を上がってくる。

鈴木史門さんだった。

「あっ、すいません、大丈夫ですか?何でしたらお先に…」

スタアの登場だ。ゴミ虫はその辺で立ち小便でもしておけばいい。

「僕の出番は終わったんで大丈夫です」

カッコいい…。あの一時間以上に及ぶステージをトイレに行かず乗り切ったのだ。膀胱も限界だろうに。

前の男のトイレが長い。まさか大かこの野郎。待ってるんだぞ、スタアが。スタアとゴミ虫が。

「今日はラーメン行かれたんですか?」

僕は史門さんにラーメンの話題を振る。史門さんと言えばラーメン、ラーメンと言えば史門さん、史門さんがラーメンだ。

「行きました」

行ってた。

「行ったんですけど、めちゃ高かったんでやめました。一杯1,600円とかして。やめて別の店に行きました」

庶民派だ。庶民派スタア。

「熱かったですか?」

「大丈夫でした」

男がトイレから出てきた。

電車の暖房とヒートテック、短パンとナイフ、史門さんと語るべき哲学的なテーマはまだまだあった。しかし、真理の探求に熱を上げて、こいつクソウゼエな、と御迷惑をおかけしてはいけない。

「ではお先に失礼します」

僕は素早く用を済ませて、続く史門さんの膀胱を解放した。

さあ、小林未季さんのステージだ。

僕は未季さんのパフォーマンスを見るのは初めてである。あえて予習はしなかった。実力テストは勉強をせずに臨むもの。

俺の全身全霊よ、小林未季を受け止めよ!

すいません。ほんとすいません。

未季さんがピアノに座り、歌い出す。

雪解け水のようだ。

「その人の声を聞けば、その人がどんな人かわかる」

Blankey Jet Cityの浅井健一はそう言っていた。

おそらく正統な音楽教育を受けたことがあるであろう、威厳ある発声。

強く、温かく、豊かな、どこまでも透明な声。

この人は、きっとそういう人だ。

感受性豊かで、些細なことでも心に波紋を立たせてしまうような人。それを気取られぬよう、どこか醒めたようにしている人。

これ以上、素人が多くを語るのはやめておこう。

「作曲家になりたかったんです」と語る彼女の曲は、ピアノ一本の弾き語りからアンサンブル、プログラミングを使ったブレイクビーツまでレンジが広く、この小箱に映画のように情景を投影していた。

鳴りやまぬ拍手。アンコールだ。

未季さんに招かれ、Canaさんが再び登場する。

今日の小林未季バンドのチェロ、冨田千晴さんは高校時代にSotte Bosseを聴いていたのだそう。

未季さんは大学生の頃にSotte Bosseを聴いていたのだという。

そう言えば、少し前にCharaさんが「まだやってるんですか?」と言われると傷つく、ということをツイートして話題になっていた。

ブームは勝手に終わる。

そんなことは関係なくアーティストは努力を重ね、表現を磨き、素晴らしい歌を作る。

歌いたいから、歌っているのだ。

この日のステージには、地道に音楽を続けてきた者だけがたどり着ける境地があった。

最後の曲は、小林未季さんの『白んだ空に浮かぶ月』を、二人で。

Canaさんのコーラスワークも綺麗だ。

見てごらん 何も傷つけようとはしてない
制御できぬ感情を持て余し苦しんでいるだけだろう
見てごらん 誰も傷つけようとはしてない
それぞれの信念を 盲信し喜んでいるだけだろう

そう、僕たちは、今日も精一杯生きている。傷つけようと思って人を傷つけることはない。

それでもあの言葉が、あの人を傷つけたかもしれないと、心の中で悔やんでいる。

最近、twitterでこんな言葉を見かけた。

「感情のままに言葉を吐いてもろくなことにはならないが、感情を音楽で表現すれば有意義なことが起きる」

今日のライブには、音楽の素晴らしさがあった。

Canaさんと小林未季さんの抱擁、抱擁、また抱擁。

世界よ、愛はここにあるぞ。

時刻は22時。

家族はもう眠りに就いただろうか。

僕は一人、茅場町駅に向かい、帰り道を歩いた。

さっきまでの時間は、夢だったのかもしれない。

日曜夜の地下鉄は乗客が少ない。

思考は不思議と冴え渡り、また明日からのあれこれが頭をもたげてくる。

しかし、僕の胸は小さなカイロのように、温かい熱を放っていた。

2020.1.26(Sun)@茅場町七針
小林未季 × Cana sotte bosse

Cana sotte bosse Live
about 19:10-20:20(EC 21:40)

Set List

1 hello
2 星空バス
3 マンダリンパスタ
4 水色(日比康造)
5 砂時計
6 手紙
7 ランデヴー
8 It's a Brand New Day -奇跡の日-
9 希望のうた
10 太陽のキス
EC 白んだ空に浮かぶ月(小林未季)小林未季 with

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