都会の子どもと田舎の親

“瞬間最大風速”の元気

家に帰って気づいたのは、これまで盆や正月に目にしていた親は、子どもに元気な姿を見せようと、頑張っていたものだったのだということだ。元気だと思っていた親が、思ったよりも弱っていた。それまでの数日間の帰省で目にしていた姿は、子どもに心配かけないように弱ったと思われないように、“瞬間最大風速“の元気をみせていたものだったのだ。休みが終わり、子どもが都会に帰ると、ホッと一息ついていたことだろう。

本当は予想より老いていた

それが毎日一緒に暮らすようになると、いつまでも元気なふりはしていられない。前はできていたことができなくなっていることが、どんどん見えてくる。体も弱ってきている。足もふらつき危なっかしい。家の掃除も行き届いておらず(もともとそんなにきれいにしているわけではないが)、体と同様、家もあちこちガタがきていた。これが現実。

病院で接する“子ども”たち

病院で医療ソーシャルワーカーとして働いているわけだが、私の勤務する病院は、骨折や脳梗塞などの治療を終えた患者さんが、リハビリをして退院していくまでの病院だ。田舎の病院らしく、患者さんは圧倒的に高齢者が多い。70代は「若い」世界だ。そうした患者さんの退院に向けて、患者さんの家族も含めてカンファレンスを行うことになるのだが、お子さん方は多くが都市部に住んでいる。県内の人もいるが、東京・大阪の大都市圏に住む人も少なくない。

報道される情報を真に受けている

自分たちは都会に家庭もあり、仕事もある、多くが働き盛りだ。その生活を捨てて田舎に帰ってくるわけにはいかない。都会は人がたくさんいてお金もたくさんある。施設もたくさんあるし、サービスも恵まれている。テレビなどで、介護や医療について「最近はここまでできる」という報道を真に受けて、自分たちはこれまでの生活を維持しながら、田舎の親は何かしらのサービスを受けて生活していけると考えている、ことが少なくない。でも田舎の自治体にはそんなにお金はないし、サービス自体が少ない。いいとこどりの報道を真に受けてはだめだ。

お金を出すか自分でやるか

病院の地域医療連携室に勤務しているが、同僚は二人の看護師。先輩になるその二人が最初から言っていたのは、「お金を出すか、自分でやるか」。都会は知らないが、このあたりでも人一人24時間みてもらおうと思えば(=施設入所)、1ヶ月15万はかかる。最初は「高っ!」と思ったが、よくよく考えてみれば、自分で動けない高齢者の、ご飯、トイレ、風呂などをずっとみてもらうのに、それくらいかかるのは当たり前だろう。そのお金を出して人にみてもらうか、出せないなら自分でみるかしかないのが現実なのだ。


近所のごはん屋さんからの風景


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