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夏の思い出づくりは父のエゴ

お盆を前に取った三連休。
私の夏休みが終わった。 

夏休み真っ只中の子どもたちから、かつてあった
「ひまー、遊ぼうよ!」
の声は聞こえなかった…。 

彼らも夏休みはそんなに暇でないのだ。 

自宅だと集中して勉強が出来ないからとじーじばーば宅と塾を毎日行き来する中三、受験生の娘。その生き抜きにスマホとにらめっこし、録りためたドラマを楽しそうに鑑賞している。 

習い事のサッカーと母親から言われないと一向に進まない宿題に追われる小六の息子。隙を見ては、YouTubeとメッシの移籍情報に心踊らせる。 

この子たちにとっての「暇、たいくつ」という言葉は、成長と共に増えていく日頃の勤めとネット、SNSで埋められ、お父さんと遊ぶものではなくなっていた。 

もう、この子たちと共に夏をはしゃぐことも
ないのだろう…と寂しさが込み上げる。 

通知表を持ち帰ってきた時には、長いと思っていた夏休みも、お盆を過ぎたとたんに真上にあった太陽も西へ傾いていて、父親らしいことをしないで終わる夏を何度も味わってきた。 

「夏休みだから、どこかに行こうか?」 

そんな言葉もコロナ禍と娘の受験を思うと口に出すことも憚(はばか)られた。
お祭りも花火大会もない。ショッピング、お出かけもない。友だちとの集まりも、息子のサッカーの合宿も無くなった2021の夏。東京オリンピックの記憶を上書き出来るだけの夏の思い出づくりも、叶わぬままに終焉を迎えそうだった。 

しかし、そんな中、私を奮い立たせる記事がSNSから舞い込んだ。 それは「水が綺麗な海水浴場ランキング2021」なんと、家から車で2分の海水浴場が日本一になっていたのだ!? 

全国の各都道府県の水質調査の結果をランキングにまとめたもので、沖縄など非公開の県もあるらしいので、正直、日本一は疑っているが、それでも綺麗な海がこんなに近くにあることが科学的に証明されていた。 

子どもの頃からよく知るその海は、南の島のコバルトブルーの海に似ても似つかない透明度の低い濁った海。水中メガネをしても1メートル先が見えなかったという記憶がある。白い砂が眩しい南国のイメージとはかけ離れ、砂浜は茶色で地味な普通の海水浴場。でも、そこから望む海岸線に沿う松林とその後ろにデン構える富士山のシルエットは、唯一無二の景色で、水質がどうであれ、私にとっては大好きな海である。人は単純なもので日本一と言われるとその気になって、「最近、綺麗になった気がする」と家族に話をしている私がいた。 

「日本一綺麗な海に行こう」
そんな思い出づくりに都合の良い口実を見つけ、子どもたちに海に行こうと誘った。
もちろん、行くなら朝早くだ! 

なぜ、「朝の海」なのか?
それは昨年の話に戻る。七十を過ぎた私の父親が朝、海で游いできたと自慢げに話すのに感化され、私も試しに一人「朝の海」に行ってみたのだ。 

夜空が冷ましてくれた明け方の空気は、海パン姿に、心地よく素肌を抜けていく。誰もいない海岸。波打ち際まで進むと引き返してきた波に足が浸かり、サンダルのまま入水した。海水の冷たさが足から上半身に伝わってきて、ぎゅっと力が入る。力んだままの身体は徐々に海に沈んでいく。ゆるやかな波が海パンより上に来た。腹に海水がかかると「ぴゃっ」ってなった。ここまで来ると覚悟が決まり「せーの」と、頭まで潜った。海の中に入ってしまうと暖かく、肌が外気の刺激より海水を求めているようだ。

ここで泳ぐと疲れて、その日一日、支障が出そうだから、波にゆだね仰向けで浮いてみた。まだ、薄く青い空を見上げ「地球と一体になったみたいだな」とカッコつけてみた。朝から海に入り特別なことをしたという優越感に浸っていた。

20分もすると飽きてきて、海から上がる。バスタオルを羽織り、水着のまま帰宅。外の水道で砂を流してからシャワーへ直行する。冷えた身体に温かなシャワーは生気を与えてくれた。そして、着替えて仕事に出かけたのだが、朝から特別なことをした割にはストレスがなく、「朝の海」に入ることへのハードルがなかった。後日、夏休みの子どもたちを誘い、朝から海を入った昨年の楽しかった記憶も共に甦っていた。 

しかし、今年は受験生の娘。断られるかもなと思いながらも、「日本一の海に入りに行こうぜ」と誘ってみた。 

「行きたい!!」 

予想外の即答に、ささやかでも思い出づくりが出来る喜びとまだ、うざがられていないんだという父親の安堵に包まれる。 

「朝の海」は娘にも、コロナ対策にも都合が良いのだ。 

・密にならない。
・誰にも会わない、水着姿も見られない。
・日焼けの心配がない。
・いつも起きる時間には家にいるから、生活のリズムを壊さない。
・ずっと家にいるので気分転換になる。 

朝、6時。
いつもは、なかなか起きない娘もパッと起き、みんなで水着に着替えた。ラッシュガードを羽織り車に乗り込む。信号に捕まらなければ、2分で着く日本一の海。
車を停めて、海までの散歩道を歩く。散歩中のお年寄りたちに挨拶をしながら、海岸へと向かう。水中メガネを頭に着けたヤル気満々の息子とテンション高めな娘が、恋人のようにくっついて歩いているのを少し後ろから、微笑ましく眺め、思い立って写真に納めた。 

海は凪。
海岸から投げ釣りをしている人がちらほらいるが、ほぼ貸し切りの海。穏やかな水面が鏡のように空が映り込む。キャッキャ言いながらくっついて海に入っていく二人を追って、私もキャッキャ言う。さすが日本一の海。透明度もそこそこある。息子に水中メガネを借り、中を覗くと自分の足が見えた。まぁ、海底5メートル先の珊瑚礁の見える海と比較してしまうとガッカリな感じになるが、確かに水質が綺麗な感じがした。 

泳げない息子はお姉ちゃんにがっしり捕まり移動する。泳いだり、仰向けになって浮いてみたり、徐々に明るくなる青に囲まれ親子で楽しんだ。20分のささやかな、夏をはしゃいだ。 

私は夏休みらしいことを一緒に出来たという高揚感に包まれていた。 


夏は短い。
子どもとの時間はもっと短い。 

私は子どもに思い出をつくりたかった。
しかし、結果的に私が思い出を作りたかったんだ。 

父親のエゴでもいいじゃないか。
この思い出が、私の生きることをおだやかにさせてくれる。死ぬときに「あの朝の海、気持ち良かったね」って、言えることが重要なんだ。 

父親がはしゃいでいる姿を子どもたちの記憶に残したかった。 

その風景が君たちが大人になっていく中で、役に立つ時がくると信じているから。 

今年も私の夏が終わった。

きっと、あの海は日本一綺麗ではないが、日本一好きな海なのは疑わない。

日本一綺麗な海の記事
※島郷海水浴場など、沼津の海水浴場は
閉鎖されてますのでご注意を!!!

https://diamond.jp/articles/-/278261?page=4

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