将校の絵画(即興小説)

テーマ 強い絵画 30分

豪奢な額に納められている将校の絵画と睨み合っているうちに窓から外に見えている空は鮮烈な夕焼けに変わってしまっていた。店の奥まったところにあるカウンターの向こうでは骨董店の女主人である老女が膝の上に掌を揃えてうつらうつらと居眠りをしている。
私はこの絵画の値段を聞きたかったが、だからといって財布の中身に余裕があるわけでもなく、そもそものところ気まぐれに入っただけの店であって、絵なぞ買ったこともない。なのでこのように大きな絵がどれほどの値段で売られているのか、見当もつかなかった。私は一度その絵の前から離れ、いささか窮屈そうに並べられた商品らしきものたちを見て回った。そのうちのどれかに値札の一つでもつけられていればと、そう思ったからである。
壺、フランス人形、ステンドガラスのランプ、掛け軸、鎧兜、革で装丁されたふるい洋書。どれにも値段はついていなかった。それでも絵を除いたほかには対して価値があるようには思えないほどに古く、くたびれているものばかりであった。店をちょうど一周すると、またあの絵の前に立っていた。先ほどと変わらず凛々しく、それでもどこか何かを失ったような虚な表情を浮かべ、こちらを見ている。
仕方ない、また日を改めよう。店を後にし数歩歩いてから、店の方を振り返る。まだ将校は私を見ている。それからは脇目も振らずに家へと、早足で帰った。
自宅の玄関のところには私が生まれる前に亡くなった。祖父の遺影が掛けられている。子供の頃はいつもそれと目があって、あまり好きではなかったが、大人になった今、祖父の顔を思い出せないことに気がつき、私はなんの気無しにその場でかがみ、祖父の遺影を見た。あの将校の眼差しと同じ、空虚なものを祖父は持っていた。それで私はあの絵に惹かれたのか、胸の奥で支えていたものがすうと、降りたような心地がした。

#小説 #短編小説 #即興小説

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