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「科目数の少ないカリキュラムをどう作るか」北陸大学経済経営学部編その1

昨日の京都SDフォーラムで、参加者の方から「カリキュラムのブログが6月から止まっている! 早く続きを書いてくれ」というありがたいご注文を頂きました。こんなブログを忘れずにいていただけるなんて感謝です。というわけで、早速再開します。「科目数の少ないカリキュラムをどう作るか」、北陸大学経済経営学部の事例です。

学際学部のカリキュラムの課題

「北陸大学経済経営学部」の前身は、2004年に開設された「未来創造学部」です。国際マネジメント学科と国際教養学科の2学科からなるこの学部は、2016年4月に最後の入学生を迎えました。国際マネジメント学科(学士号:マネジメント学)の定員は100名。2017年度からは、「経済経営学部」に「名称変更」を行い、定員も200名に増加しました。僕は、新設されるこの経済経営学部の学部長に就任するために、北陸大学に異動したのでした。

しかし、新しい学部になるからといって、ガラガラポンで何から何まで新しくできたわけではありません。改組の方法が「名称変更」だったので、経済経営学部は、未来創造国際マネジメント学科のカリキュラムをそのまま引き継がざるを得ませんでした。

僕は、この学部のカリキュラムにいくつかの問題を感じました。まず第1に、専門ごとのコース制が敷かれていることでした。経済コース、経営・会計コース、法律コース、スポーツコース、そして留学生専用のITコースというように、コースごとに学生が違う科目を履修するのです。

学際学部にはこうしたコース制を敷いているところも多いはずです。しかし、コース制には落とし穴があります。コースが出口=社会と繋がっていれば、コース制にも意味はあるでしょう。しかし、多くの場合、コース制度は専門分野を括ったものになりがちです(法学部でいうと公法コースと私法コースとか。これも出口につながっているようで、実はそうではないのです)。そうなると、せっかくの「学際的」学部であっても、専門分野の相互関連性が弱くなるというジレンマが生じがちです。また、教員の意識もコースにしばられ、コースを超えた学部全体の視点が弱くなりがちです。つまり、コース制は「質保証」に対する意識が希薄化になりがちなのです。

また、カリキュラムの科目数も多すぎると感じました。要卒単位に含まれる科目が200科目、そして自由科目等も100科目、合計300科目です。ここまで科目数が多いと、時間割を組むことが相当大変になるし、履修にも様々な不都合が出てきます。前任校の法学部カリキュラムで100科目を50科目程度に削減した立場から見ると、あまりの科目の多さにびっくりしました。

これらの問題を解決するためには、新しいカリキュラムが不可欠です。しかし、「名称変更」による改組は、カリキュラムの変更が認められていません。そこで、まずは、現行のカリキュラムの中で授業改革を行っていくことと、学部の目標人材育成に関するコンセンサスを作っていくことを目指しました。

今から考えても、まず最初にカリキュラムに手を付けなかったのは正解だったと思います。学部のこれまでの経緯をしっかり理解し、魅力として打ち出すべき点や課題として解決していくべき点を吟味するためにも、現行カリキュラムを走らせながら、カリキュラムの問題をじっくりと考えることは必要な時間でした。

その間、現行カリキュラムを変えずにどのように授業改革を行ったかについては、拙編著『今選ぶなら、地方小規模私立大学! ~偏差値による進路選択からの脱却』(レゾンクリエイト) に譲ります。ここでは、学部の目標人材をどのように設定したかを述べていくことにしましょう。

目標人材設定と「ビジョン・ミッション・バリュー」の設定

学部の目標人材設定、つまり、「この学部は、どういう能力をもった人材を、どういう理由で、そしてどういう方法で育てるのか」というコンセンサスを決めることは、改革の試金石だと言えます。目標人材をどう設定するかで、その後の改革のロードマップは大きく変わります。いや、むしろ、学部改革の成否を左右するといっても過言ではありません。

以前の記事でも述べたように、学問分野から自動的に学部の目標人材が設定されることはありません。これは、いわゆる”一文字学部”が陥りやすい陥穽だと思います。学際学部だと、目標人材設定は学部の存在意義の中心になるといっても過言ではないでしょう。そして、学部の目標人材とは、その大学の建学の理念、ヒト・カネ・モノ等の様々な資源をふまえつつ、同時に社会的ニーズを視野に入れて、組織的に設定されなくてはいけません。

目標人材の設定とは、単にDP(ディプロマ・ポリシー)の設定にとどまりません。DPはいわば「ミッション」、つまり「企業・組織が果たすべき使命やある方向に向かう理由」に属する内容です。それ以外にも「ビジョン(意志ある将来の見通しや向かう方向性)」と「バリュー(組織共通の価値基準・価値観、向かう際の方法・姿勢)」の設定も重要になってきます。ピーター・ドラッカーは、「ネクスト・ソサエティにおける企業とその他の組織の最大の課題は、社会的な正統性の確立である。すなわち、価値(バリュー)、使命(ミッション)、ビジョンの確立である(ネクスト・ソサエティ, 2002)」と述べています。改革を進めていく上では、この3つを明確にしていく必要があるのです。

ビジョンの設定

ビジョンとは、経済経営学部が「向かう方向性」のことです。僕は、赴任直後に、学部教員たちに「経済経営学部は、正課教育を中心とした教育改革を組織的に行うことで、これからの変化の激しい時代に対応し、地域社会の発展に貢献する人材を育成する。本学部はこうした教育改革によって、偏差値を超えた大学教育の意義を世に問い、日本の高等教育が抱える課題に対する本学なりの解決策を示す」と説明しました。進学説明会でも同じ内容を高校の先生方に伝えました。これは僕が北陸大学に来た理由でもあるのです。

このビジョンは、「カリキュラムを中心とした組織的な教育を通じて、地域社会のニーズを踏まつつ、将来の見通しを持ちながら、4年間で大きく成長する学生を育てる」ことを意味します。同時に、高校まで「勉強が苦手・嫌い」な学生であっても、または「目的意識がなく、受動的」な学生であっても関係なく、きっちりと育てるんだという意志の表明でもあるのです。

こういうビジョンの設定は重要です。たとえば、学部のビジョンが「定員確保」では誰も共感しません。その大学や学部の存在価値をどう示すかが、そこで働く教職員、そこで学ぶ学生、そしてステークホルダーのプライドとモチベーションに直結するからです。このビジョンをどれだけ当時の教員たちが正面から受け止めてくれたかわかりませんが、それでも僕が単に人を集めるためだけの学部にするつもりがないことは理解してもらったような気がします。

ミッションの設定

次が、経済経営学部の「ミッション」です。ここで注目したのは、学士号の名称でした。未来創造学部時代からこの学部の学士号は「マネジメント学」でした。この学士号は他大学にはあまりありませんが、その反面で、「経済学」や「経営学」という学士号との違いを打ち出せるというメリットを感じました。

そこで、マネジメント学によって身につく力を「マネジメントできる力」すなわち「マネジメント力」と考え、目標人材像を「地域社会のニーズに応えられるマネジメント力を持った人材」と設定したのです。マネジメント力とは、ドラッカー風に「新しいやり方で実際に成果をあげられる力」と定義しました。

経済学や経営学、法律学、会計学、ITなどの専門分野は、マネジメント力を身につけるための基本的な知識だと位置づけました。つまり、ウチの学部にたくさんある専門分野を「選ぶ」ことよりも、特に初年次の段階で「横断的に学ぶ」ことにアイデンティティを置いたのです。

そして、これらの専門分野を「社会人に必要な5教科」と名付けました。この「社会人の5教科」という言葉は、あっという間に高校生や高校の先生に浸透しました。その年の指定校推薦入試からは、志望動機について「貴学で社会人の5教科を学んで〜云々」って語ってくれる学生が続出したのでした。

そのうえで、マネジメント力が発揮される領域を、次のように「組織・社会・自己」と定義しました。

 ①組織のマネジメント→企業や組織の目標を達成させられる力や、組織でイノベーションを起こせる力を育成する
 ②社会のマネジメント→地域社会の問題を発見・解決し、よりよい社会に変えていける力を育成する。
 ③自己のマネジメント→自律的に物事に取り組む姿勢を育て、社会に出ても主体的に成長できる力を身につける。

ちなみに、2番目の「社会のマネジメント」という視点からは、公務員養成という具体的な方針が出てきます。僕は、経済経営学部でも、警察官や消防士などの養成を、前任校から引き続き行っていきたいと考えていました。このミッションからは、そうした路線も自然と説明できます。

そして、3年後のカリキュラム改訂の際に設定された経済経営学部の新しい「人材養成の目的」には、大学全体のミッションである「健康社会の実現」に関連付けながら、次のようにまとめたのでした。

健康な地域社会、企業や組織及び自己の形成と発展に寄与するために、「マネジメント力」を持った人材を養成する。すなわち、社会・組織・自己のマネジメントに関連する知識と技能を身につけ、グローバルな視野と責任感をもって、自ら進んで他者と協働し課題を解決する力と、生涯学び成長し続けられる力を持つ人材を養成する。

バリューの設定

最後が「バリュー」の設定です。これまで、大学改革の文脈で「バリュー」というのは、あまり重要視されてきたとはいえません。様々な答申でもバリューという言葉は見当たらないはずです。これまで、「どういうプロセスで教育を行うか」という観点においては、カリキュラムのような制度のみに着目されることが多かったと思います。

しかし、改革をすすめるうえで、大学や学部の教職員の間で共有される「規範」や「原則」を明示的に示し、「大切にしたい価値基準や価値観」の足並みを揃えておくことは、実はすごく重要です。僕自身、当時は「バリュー」として明確に打ち出したわけではありませんが、今から考えると、以下のようなことを、「教育方針」や「学部運営方針」として、教員たちにその都度訴えてきました。

①学生に対する信頼感・リスペクトを基本とした教育
・主体性の尊重…過剰なパーソナルケア・過剰な面倒見を減らして学生の主体性を育てる。
・学生アシスタントの育成と活用…基礎ゼミナール、オープンキャンパス等を担う学生を育てる。
・学生の多様・多面的な能力を認める・尊重する…GPAだけでなく、リテラシーやコンピテンシーも育成し、そうしたスキルの高い学生の良さを認める。また、たとえ何らかの障害がある学生でも、組織的に育成すれば、必ず成長するという信念を持つ。
②教育プログラムの「選択と集中」
・肥大化した課外プログラム等の縮小・整理を行い、合理化を進める。
・初年次教育改革…ゼミとキャリア科目を連動させる。文章表現科目を導入する。
・カリキュラム改革…科目をスリム化したカリキュラムを3年後に導入する。
③教員の組織化・組織開発
・教員同士の信頼感にもとづく協働の重視…協働を通じて教育効果を高めると同時に教員の負担を減らす。
・脱「担任制」とインクルーシブな環境の実現…協働体制によって自然とインクルーシブな教育環境が生まれるようにする。
・ルール・原則重視…相手によって判断結果を変えるのでなく、規程等に則った公平かつ透明性の高い学部運営の重視。
④ステイクホルダーとの信頼関係の構築
・高大接続の文脈で、高校の先生に対するアクティブラーニング研修の提案
・保護者との関係づくり…保護者に信頼されることで、保護者と歩調を揃えられる下地を作る。

これらの「バリュー」の文言が、どのような具体的な政策に結びついていったのかはここでは説明しません。しかし、こうした原則にもとづいた教育体制を作っていったからこそ、成果がビジョンやミッションに結びついていったのだと思っています。

こうして1年目は、初年次教育の改革や「ビジョン・ミッション・バリュー」の具体化につとめました。カリキュラム改革にとりかかるのが学部がスタートした2年目の2017年度からです。続きは次の投稿で!

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