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「科目数の少ないカリキュラムをどう作るか」番外編その1 専門家の力を借りる

前回の記事まで、カリキュラムが策定されるまでの学部内のプロセスを時間順に説明してきました。今回の記事は、これまで述べてきたこと以外に重要なポイントを説明したいと思います。

ミドル・リーダーの意思決定と情報収集

僕は、学内の教職員だけでなく、わりと他大学や外部の人達と積極的に交流し、情報交換をするようにつとめています。学部内で意思決定をするにあたっても、自分ひとりで考えたことをそのまま実行するということはあまりありません。いろんな教職員の考え方や意見を聞いて、なるべく参考にするようにしています。その理由は、「間違えたくないから」ということと「実現可能性を高めるため」の2つです。

学部長とはミドル・リーダーです。孤独なトップリーダーではありません。現場の意見を汲み取らないミドル・リーダーというのは矛盾した存在です。そして、現場の意見とは公式の場で出てくるものとは限りません。いろんな人と雑談するなかで、なんとなく感触を得ていくことも結構多いのです。情報交換が重要なのは、学部長に限らず、現場の教職員も一緒です。いろんなことを他の教員と情報交換しているうちに、いままで無関係だと思われていた事柄と事柄が結びつき、突然大きな課題が判明することもあります。とにかく情報共有が重要なのです。

学内の教職員と意見交換や雑談をする、というのは、ある意味で「非公式ネットワーク」を通じた情報共有を行っているということです。このあたりのことは、以前、教育学術新聞で「教職協働と大学リーダーシップ」について書いたことと関連があります。ご興味のある方は、私のreseachmapのページでダウンロードできるようにしていますので(Miscの項目です)、ご参照ください。

ちなみに、いろんな人の意見を聞くことは、「教授会で反対意見が出ないようにするため」ではありません。教授会で反対意見が出ると、むしろ僕はうれしくなります。議論が深まるきっかけになるからです。また、色んな人の意見を聞くということは、「意思決定をあせらず時間をかける」ことでもありません。むしろ、スピーディーに意思決定を行い、ちゃんとした結果を出すために、情報収集に重きを置くということです。ともかく、ミドル・リーダーが、「現場の意見を聞かず、意思決定が遅く、実行後に検証をしない」というのは最悪です(笑)

そして、意思決定を間違えないためには、学内だけでなく、「専門家の力を借りる」ことはとても重要です。特にカリキュラムは、内部質保証システムの根幹であり、いったん決めてしまえば、数年間は変更が不可能に近いくらいの大きな制度です。導入の際に、学内の少数の人間だけで決めることには、大きなリスクが伴います。

カリキュラム改革とFD研修

本学部のカリキュラムは、これまで述べてきたように2年間(実際は2年間以上)という準備期間をかけました。その間、何度もカリキュラムや教育の専門家に来ていただき、FD(Faculty Development)として、教員を対象とした研修を実施し、専門的知見を取り入れてきました。このカリキュラムが策定されるまでに、どんなFD研修をやっていたかをリストアップしてみます。

(全学)
2017年3月9日(木)13:00~17:30 「FD研修会」
 テーマ:三つのポリシーの一体的な策定に向けて
 講師:大阪大学全学教育推進機構 准教授 佐藤浩章氏
(学部)
①2017年5月23日(火)教授会終了後「DPワークショップ」
②2017年6月27日(火)教授会終了後「CPワークショップ」
③2017年7月26日(水)17:00~19:00 「FD研修会」
 テーマ:DPをもとにCPとカリキュラムをどう作っていくか
 講師:立命館大学教育開発推進機構 沖裕貴教授
④2018年1月5日(水)14:00~17:00 「FD研修会」
 テーマ:カリキュラムマネジメントによる教育の質保証の実現について
 講師:大阪大学全学教育推進機構 准教授 佐藤浩章氏
⑤2018年7月30日(月)15:05~17:30 「FD研修会」
 テーマ:「成績評価の妥当性と信頼性の向上〜組織的な評価体制の構築に向けて」
 講師:筑波大学大学研究センター 准教授 田中正弘氏

2017年3月の全学FD研修は、3ポリの策定と公表のために必要だということで、阪大の佐藤浩章先生をお呼びしました。特に経済経営学部のテーブルでは、実際にカリキュラム改革を始めるための助走段階として、3ポリ、特にDPについて、わりと本気で取り組みました。この研修で出たアイディアはその後、カリキュラムWGや教授会でも議論が続けられていきました。

DPとCPワークショップは、カリキュラム策定のスケジュールに組み込んだ通りに、教授会後に実施したものです。カリキュラムWGの原案をもとに、教員全員で検討を行い、その結果はカリキュラムWGが受け止め、修正につなげていきました。

カリキュラムに関わる外部講師を呼んだFD研修としては、ちょうどDPの形が見えてきた2017年7月に、立命館大学の沖先生をお呼びした研修がスタートです。沖先生には、DPをもとにCPやカリキュラムの作り方について、具体的な事例を挙げながら、解説していただきました。DPとCPの明示化の方法や、DP策定の留意点などについても話をいただいたほか、カリキュラム・マップ、ツリーの意義や作成方法についても説明していただきました。そして、沖先生の示された手順通りに、その後のカリキュラム改革は進んでいったのです。

2018年1月には、今度は学部単独のFD研修講師として、阪大の佐藤先生に来ていただいています。ちなみに、佐藤先生は、その後も継続的に学部FD研修に来ていただいている大恩人です。この時は、カリキュラムの原案が見えてきた段階で、「カリキュラム・デザイン」について解説していただきました。佐藤先生には、まず、「カリキュラムは自己増殖しがち」だから、「科目削減・廃止の作業は、学問的で創造的な営みだ」と言っていただきました。その上で、カリキュラムを策定する際には、「目標設計から始める」こと、「スコープ(領域)を設定する」こと、「シーケンス(順序)を設定する」ことの3つの重要性を語っていただいたのです。この研修のおかげで、我々は改めてカリキュラムの科目配置の順番等を検討することができました。

このときには、参加者による「シラバス協働作成ワークショップ」も実施しました。カリキュラムWGのメンバーが、同じ分野の教員と一緒になって、「複数の科目を選んで、科目の概要を作成するとともに、シラバスを作成してみる」というワークショップです。シラバスの項目としては、「DPルーブリックとカリキュラムツリーをふまえた科目のねらいと到達目標の設定」や「授業方法」、また、「到達目標がDPルーブリックおよびカリキュラムツリーと整合的どうかを評価する。整合的でなければ、到達目標を修正するか、DPルーブリックの修正が必要かを判断する」ことや、「到達目標と整合的な評価方法を決める」ところまでやりました。

これは非常に高度なワークショップでした。結果としては、不完全燃焼に終わるのですが、しかし、カリキュラムに配置してある科目とは、一人の教員のものではなく、学部全体のものである、という考え方は広がったと思います。また、シラバスも協働で作成することが「当たり前」の雰囲気もここから始まったといえます。そして、このワークショップを通じて、一つ一つの科目がDPとどう紐付いているかを明示するカリキュラム・マップの作成に取り掛かることができました。

2018年7月には、筑波大学の田中正弘先生をお呼びして、成績評価に関する組織的な評価体制の構築に向けたお話をしていただきました。成績評価の基準を組織的に統一し、それを公開する必要が高まっていること、その際に、絶対評価と相対評価をどう組み合わせるかを組織的に決定すべきであること、それらをもとに「成績評価ガイドライン」を作成することの重要性などをお話しいただきました。このお話をもとに、本学部では、「成績評価の厳格化」の議論が始まり、教員間での成績評価のすり合わせが進んでいます。また、科目間のすりあわせを明示する「成績評価のガイドライン」も策定中です。

FD研修をやる意図とは

こんなふうに、本学部では、まさにその時に進行中の課題を解決するために、外部の専門家をお呼びすることにしています。FD研修は、「その研修をなんのために、なぜ今の時点でやるのか。また研修の成果を次にどう活かすのか」ということをあらかじめ明確にしておく必要があります。FD研修から何が始まっていくのかをあらかじめ想定しておかなければいけません。だからこそ、お呼びした先生方とは、FD研修でお話されたことをもとに、その後もご相談することも結構あります。FDとは、「義務だからとりあえずやっておく」ことではないことはもちろん、「面白い話が聞けた」とみんなが満足するために開催するものではないのです。

本音で言えば、FD研修とは、僕が全く知らない知識を得るために開催しているのではありません。外部の専門家や実践家のお話を通じて、こちらが実施したいことの正当性や理論的背景を明確に説明していただき、改革を後押ししてもらうためにお呼びしている、という面が大きいのです。もちろん、講師の先生方のお話から、僕自身も学べることは非常に多いことは言うまでもありません。ただし、FD研修とは単なる勉強会ではなく、改革を着実に実行するための「仕掛け」なのです。

はっきり言えば、内部の人間があれこれ言うのではなく、外部の専門家の方に言っていただいたほうが「納得感」と「お墨付き」が得られる、ということです。だから、どのFD研修でも、単に講師の先生の話を聞くだけでなく、その時に学部として持っているネタを披露し、講師の先生からコメントやアドバイスをいただいた上で、次を考えるためにワークショップをやるというのが定石です。だからFD研修とは90分で終わるものではなく、最低3時間は必要になるのです。

逆に、90分のFD研修(質疑応答込み)というのは、実は講師の立場から見ると、ちょっと不完全燃焼感が否めない時があります。研修で話したことが、その後、大学内の改革とどう結びついていくのかが見えないことがあるからです。

本学部のFD研修のリストを見ると、あまりに豪華なラインアップにびっくりされる方もいらっしゃるでしょう。どの先生方も、その分野の第一人者のうえ、超過密スケジュールで、そんなに簡単に来ていただけるような方々ではありません。しかし、幸いなことに、「本気でやりたいと思っている大学には、喜んで協力しますよ」とおっしゃっていただけているのです。

今回は、FD研修の「政治的意図」をぶっちゃけてみました。「カリキュラムとは政治的産物である」という話は、まだ次に続きます。
今回もお読みいただきありがとうございました。

もう年末ですね。今年も皆様に大変お世話になりました。ありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。みなさまにとってよい新年になりますように。年賀状にかえてご挨拶とさせてください。

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