大学でインクルーシブな教育環境をどう作るか
年度末の任期の最後の最後に、私学協会の『教育学術新聞』3月24日号で、学部レベルのインクルーシブ教育についてインタビュー記事を掲載していただきました。詳しく書くと、この何倍もの分量になりそうだったので、短くまとめていただきました。ありがとうございました。隣が白鳥さんなのがいいですね(笑
とはいえ、記事を読むと、やっぱり自分でも文章を書きたくなります(笑) というわけで、今回は、「学力・意欲・個性」の多様化した学生が大学に入学するようになってきたことにどう対応すべきか、ということです。
学力・意欲・個性の多様化に大学はどう対応するか
多くの大学では、2000年以降、「学力・意欲・個性が多様化した学生が入学するようになった」と大学が認識するようになりました。大学の選抜性が低くなるとともに、(20Cの大学だったら放置していたのに)、成績不振問題、退学問題、未就職問題、不登校問題など様々な現象が噴出したからです。その原因として、いろんな問題を抱えた学生が増加したと捉えたのです。(個人的には大学時代に、発達障害と思しき人なんて周りにいっぱいいたから、今更何を言ってるんだという感じですが)
退学問題や未就職問題は、大学の経営に直結します。「あの大学は学生がやめる」とか「あの大学は学生の就職に不熱心」という評判が高校側や保護者側にたてば、大学の評判は下がり、さらに入学者は減る可能性があります。
そこで、多くの大学は、初年次教育を始め、初年次からゼミを配置し、ゼミ担当教員を「担任」として位置づけてパーソナル支援を強化したり、リメディアル教育の部署を作ってリメディアル教育を初めたり、キャリアセンターによる講座を増やしたり、スクールカウンセラーを配置したり、いろんなことをやってきました。
もちろん、これらに効果がないというつもりはありません。ただし、様々な取り組みが相互関連性なく導入されることが多いので、しばしば「労多くして報われず」という結果になることがあります。メンタルに問題のある学生を抽出し、そうした学生との面談を毎週やって、その内容を学内のシステムに記入して、それをスクールカウンセラーがチェックして、なんていう「頭で考えると機能しそうな」解決策が、実際にやってみたら、ほとんど何の成果も出せなかったということもあります。
また、一つ一つの取り組みには、副作用もあります。例えば、担任制を強化すると、担任への「押し付け」と担任自身による学生の「囲い込み」が始まる可能性が生まれます。パーソナル支援を強化すると、教員はその時間を取られてしまい、結局、教員は授業にかける手間が下がるようになります。いろいろな取組をやれば、表面的には解決したように見えるかもしれないけれど、いろんな矛盾が解決されないまま水面下に押しやられてしまうことが多いわけです。
さらに、この問題は、本来は「教育」の問題です。そもそも、学生たちを弾き飛ばしている教育環境が問題なのだから、本来的には正課カリキュラムの授業改善を通じて解決すべきことです。なのに、それを職員側やパーソナル支援だけでなんとかしようとすればするほど、教育の問題は棚上げされ、矛盾は拡大していきがちです。
必要条件は情報共有システムと情報交換の場
そんななか、多くの大学でほぼ手掛けてないことは、僕が前任校と本務校で導入した「教員間の情報共有システムと情報交換の場」の構築です(もちろん授業改善とセットです)。すごく簡単なことなので、あちこちで紹介してきたのですが、そのあとこの仕組を導入したという大学さんを寡聞にして知りません。いっそのこと名前をつけて特許か商標登録でもとればいいのかと思いますが、そういう方面の能力が欠如しているのでしょうがないですね(笑
「情報共有システムと情報交換の場」とは、具体的には、次のとおりです。
①学年担当教員は、学生全員のデータをスプレッドシートで共有する(セキュリティには当然注意を払う。ウチはgoogleスプレッドシートを使っています)
→データには出身校、入試形態、プレイスメントテストが含まれる。
→ゼミ割などもこの名簿を使う
→主任やIR担当者は、このシートに、GPA、PROGスコアなどもどんどん入れていく
②教員が学生と面談したり、学生の気になったことがあれば、記入欄に記入する。
→月ごとに記入する欄を設けておく。
③毎週、ゼミ担当教員が集まって(オンラインの場合も)、気になる学生について、情報を交換する(今は、賞味時間15分ぐらい。ゼミの打ち合わせの最後にやります)。「〇〇という学生がこんな感じでちょっと困ってます」という相談だったら、誰かが「その場合は、○○という方法もありえますね」とか、「自分の授業もとってるんで、ちょっと気にしておきます」なんてお互いにざっくばらんにアドバイスしたり、声掛けをする。
→相談内容については、当該月のスプレッドシートに記入する
④年度末に、「教員の所見」を書く。100字〜150字ぐらいでオーケー。
⑤翌年のゼミ教員がきまったらスプレッドシートをソートし直し(余計なセルは非表示にする)、共有するメンバーを変えて、次の学年に引き継ぐ。
⑥以下、これの繰り返し。4年生になったら、進路支援課と共有し、教員が把握している学生の進路動向と進路支援課の情報を突き合わせながら、就活に向けて動けてない学生を早期にピックアップする。
こんな風に、スプレッドシートで学生情報を共有するだけ、のシンプルな解決策なんです。簡単でしょ?
でも、ポイントはスプレッドシートで、他のゼミの学生情報も見られるようにしていることなんです。「学生カルテ」じゃないんです。実はそこが最大のポイントです。学生全員の情報が見られるのは、全員の先生が学生全員の存在を意識してほしいからです。あと、先生同士の相互作用も起きることが多いからです。
ちなみに、このアイディアを披露すると、「個人情報保護法」がなんちゃらとか色々言い出す人が出てきてくることがあります。
しかし、それは「個人情報保護法」の完全な誤解です。学内で個人情報データベースの利用目的を特定したうえで、安全管理責任(個人情報の漏洩、減失がないようにする)等の義務を払えば、学内で教員が情報を共有することには何の問題もないわけです(要配慮情報というものもありますが、我々もそうした情報はスプレッドシートに残しません)。
また、教員がデータを悪用したらどうするんだ、と言われることもあります。教員への「信頼」が存在しない学校、または教員間の「相互信頼」が成り立たない学校の存在価値なんてどこにあるのか思いますけどね(笑
要は、責任者が「オレが責任もつから、みんなを信頼するから、みんなは安全管理に万全を期して、データを共有してください」と言えばすむことなのです。
共有データと情報交換の場が生み出す力
我々は毎週のように、1・2年ゼミが終わったあと、打ち合わせをします。打ち合わせの中で、学生問題について情報交換するのは10分程度です。
たった10分ぐらいですが、そういうことが繰り返されていくと、他の先生方も他の授業で「ああ、あの学生のことか」とか気づいたりします。もしかすると、次の機会で、「あの学生、ウチの授業では頑張ってますよ」とか、「先生に心配かけるなと言っときました」などと声掛けするかもしれません。
あるいは、学生の成績が悪くてどうしようもなくて悩んでる、という先生がいた時に、話を聞いているうちに、他の経験豊かな先生が「もしかしたら、ディスレクシアっぽいところがあるのかな?」などという可能性を示唆したりして、それで対応策がわかって、事態が好転することもあります。
多様な学生に対して、一人の先生では解決策が行き詰まることも多々あるのですが、情報を共有し、お互いにざっくばらんに問題を話し合う環境ができれば、大げさな仕組みなど無くても、なんとなく問題が解決していくことは多いのです。
同じことは、障がいを持った学生に対しても言えます。発達障がいを持った学生が、入学時に高校から、あるいは本人や保護者からも申し送り事項として連絡がくることはよくあります。だいたい話を聞いていると、「口頭だけの指示が通りにくい」とか「忘れ物をしがち」とか「協調性がない」とか「ディスカッションが難しい」という感じが多いのですが、そういう情報も、担当の先生たちにそれとなく伝えておけば、その後、細かい問題はあっても、大きな問題には発展しません。
しかも、たとえば「指示を口頭だけで終わらせない」というのは、何も彼だけに配慮して行うべきものではありません。普段から忘れ物をしがちの学生、耳から言ってもすぐ抜ける学生など、(言い方は悪いかもしれませんが)山のようにいます。
だから、課題はLMSで明記し、提出期限もきっちり決める、というようにやればよいのです。そうすると副産物的に学生全体の課題達成率も向上することでしょう。
「ディスカッションが難しい」というのも、実はほとんどの学生がディスカッションなんて本当はできてません。だから、授業でディスカッションを導入する場合には、まずは「紙に自分の考えを書く」→「それをもとに相手に話をする」→「相手が話をしているときには紙にメモをとる」→「自分の考えを紙にまとめる」、というプロセスをかませるだけで、「人としゃべるのが苦手」という学生の苦手意識はわりに簡単に取り除くことができるのです。
インクルーシブの意味
だから、「こういう特性を持った学生が入学する」→「じゃあそういう特性を持った学生に対しては、特別に配慮するよう、教員全員に周知徹底する」というのは間違いなのです。そういう学生に特別な配慮をしないですむように、授業のやり方をみんなで少しずつ向上させていくことのほうが重要なのです。
発達障害の学生が問題なのではなく、そういう学生をはじきとばしてしまう、こちらの教育システムに問題があるんだ、という視点を、彼らは気づかせてくれるありがたい存在なのです。
このようにして、この4年間、本学部では、合理的配慮を公式に申請する学生は全くいませんでした。むしろ非公式に、先生たちがお互いに融通をつけあって、学生をなんとなく見守っていくなかで、学生は自律的に成長していったというケースが多い感じです。
実際には、様々な配慮が必要な学生が入学していながら、公式的には個別の配慮をしなくて住む環境が作れたこと。インクルーシブな教育環境が成立したこと。これが僕がこの4年間の中で一番価値のある仕事に携われたと感じている点です。
退学対策や就職支援にも
一方、この仕組は退学率低下にもてきめんの効果を発揮します。
そもそもパーソナル支援で学生が退学しなくなるなんて都合のいいことなんて起きるわけがありません(笑)。授業改善に手を付けずに、パーソナル支援だけでなんとかしようと思うほうが間違っています。”担任制”を強化し、欠席しがちな学生を呼び出して面談するとか、そういうことでは、退学率はほとんどさがらないはずです。
むしろ、情報共有システム&場の仕組みを導入すると、途端に、退学率はいきなり下がります(実際にそうなりました)。
それはなぜか。明確には言えないですが、やはり学生を見守る目がふえていくからだと思います。あとゼミの先生も、常に他の先生との情報交換を行うことになるので、自分ひとりの「思い込み」や「独りよがり」の対応も避けられるようになるのかもしれません。
就職問題でも一緒です。今年度は、4年生の先生と進路支援課で情報を共有しながら、就活が進んでない学生をあぶり出していって、それを進路支援課につなぐことをやっていきました。だからなのかはわかりませんが、今年度の本学部の就職率は、今のところ95%を超えています(正式には5月ぐらいに出ます)。
それも、なにか必死になって学生を就活に追い立てたわけではありません。学生の状況をみんなで把握し、動けてない学生をいち早く発見し、声掛けや支援につなげる、ということを、共有データをもとにやっていっただけです。
脱担任制とインクルーシブ
この図を見てもらえれば、僕の言いたいことはわかると思います。一人の教員が多くの学生をみる、というのが「担任制」の実態です。これはかなり漏れやヌケが多く発生します。
大学ではむしろ、右側の図をモデルにすべきです。「協働体制と情報共有の結果による1(学生)対他(教員)のパーソナル支援」です。
こういう環境こそ、学生が「安全・安心」な気持ちになれるのではないでしょうか。様々な価値観を持った教職員に取り囲まれていれば、いろんなものの見方があるんだということを学生も理解し、それが学生一人ひとりの可能性を引き出すことに繋がるのではないでしょうか。
僕はこれが大学におけるインクルーシブ教育だと考えています。
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