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学部長の教科書②「学部長は会議漬け〜会議と手続きの仕組みを理解する」

学部長は会議漬け

学部長になると生活は一変します。大学の役職者はみんなそうだと思いますが、回覧される書類にひたすら判子を押したり、同じ議題が繰り返される会議にいくつも出席することは、学部長の日常の一部になります。

会議に出席するだけでも、資料を読み込み、他の出席者の発言を聞き、求められたら即座に意見を述べるための心の準備をしておく必要があります。学部長になりたての頃は、会議に出るだけでもヘトヘトになるはずです。

私の経験でも、現任校では学部長として出席しなければならない会議体は全部で20近くありました。会議日が集中する日は、3つほど連続して会議にでることもありました。しかも、学部長は教員なので、授業が免除されるわけではありません。せいぜい他の教員と比べて1〜2コマ少なくなるぐらいでしょう。週3〜5コマ相当の会議が入ると思えば、会議だけで授業に近い負担がのしかかるわけです。

しかし、会議漬けで疲弊してしまえば、学部長として取り組むべき学部のマネジメントも、学部に変革をもたらすためのリーダーシップも発揮できなくなります。会議が多すぎるというのは大学の意思決定機能が硬直化している一つの兆候かもしれませんが、学部長が会議を減らせるわけでもありません。

ではどうすればよいでしょう? 学部長としてどのように会議に関わればよいかを以下に論じてみます。結論は、「会議の位置づけを理解し、会議に振り回されず、むしろ会議を利用できるようになろう」ということです。

学内規程を理解して会議を乗りきる

大学の会議は、非効率的で、お役所的に思えるかもしれません。しかし、会議体を通じた意思決定のプロセスは「学内規程」で定められています。原則として、規程等のルールに則った手続きを重視する大学運営は尊重されるべきです。

その第1の理由は、組織の安定性や公正性、透明性を重視するという、法治主義・民主主義的な考え方がその根底にあるからです。規程や手続きがきちんと整備されていることは、権力の恣意的な乱用や暴走を抑止することになります。文面化されたルールは、学生や教職員の権利保護のための砦でもあるのです。

私が前任校で法学部長に任命された時、前学部長からは引き継ぎとして分厚い規程集を渡され、「よく読んでおくように」と言われました。法学部らしいエピソードかもしれませんが、私も規程集をしばらく持ち歩き、会議に出るたびに目を通すようにしていました。

また、現任校で私が最初に取り組んだ改革は、「履修規程」の改正でした。2つのキャンパスでバラバラだった履修規程を一本化するという名目で始めたのですが、カリキュラム改革をせずとも、履修規程に手を入れることで、留年制度が厳しすぎるせいで成績評価が甘くなりすぎているといった問題に切り込むことができました。この時は、前任校の法学部教授会で鍛えられた経験がものを言いました。

第2に、会議体で審議承認という手続きを経ることによって、参加者にも責任が生じます。入試の合否判定などはその一例です。ほとんどの大学では、原案作成(いわゆる線引き)は、学部長と入試課やアドミッションセンター等の部署職員が相談しながら作成することになっているのではないでしょうか(その段階で学長の意向も伝えられることも多いとは思いますが)。その原案は、各学部から選出された委員で構成される「入試委員会」にかけられ、審議された上で承認されます。続いて、入試委員会で承認された原案が「教授会」で審議されたうえで承認されます。こうして、最終的に学長が承認するまでに、2段階から3段階の会議にかけられるという手続きを経るのです。

これは煩雑で非効率的なプロセスのように思われます。しかし、学部の入学方針に基づいて入学させた学生に対しては、学部が教育上の責任を持つべきです。だからこそ、学部が意思決定手続きに関わることは大切なのです。

とはいえ、すべての会議が重要だということではありません。だからこそ規程を理解しながら、手続き上必要なことと実質的に必要なことの区別をつけていきましょう。この点については、職員の方が実情を理解しているはずです。職員のアドバイスも受けながら、学部長として考えなければいけないことと、全学レベルの責任において決定されることを分けて考えましょう。会議でのエネルギーを注ぐ部分とそうでない部分を見極めることで、会議の疲労感は多少なりとも押さえられるはずです。

”上”に対するマネジメントも時には必要

もちろん、全学レベルの会議で、必要なときには学部長が学部の立場からきちんと意見を述べることも重要です。前回述べたように、学部長は学部の教員と学生と学位プログラム(カリキュラム)に対して責任があります。現場の実情を一番理解しているのは学部長のはずです。学部長は、現場の状況をトップに伝える責任があります。

ただし、学部長は学長の意思決定を左右できると思わないほうがよいかもしれません。中教審のいわゆる「質的転換答申」(平成24)では、「学部長の選任に当たっては、学長のリーダーシップの下で教学マネジメントを担い、大学教育の改革サイクルの確立を図るチームの構成員としての適任性という観点も重視する」べきだと書かれています。かつての学部長像とは異なり、現在の学部長は、特に学長から見ると、改革チームの構成員であってほしいのであって、学長の決定に異議申し立てを行う学部の利害代表者のように振る舞ってほしくはないはずです。全学の意思決定はあくまで学長を中心とした執行部が最終的に下すのだということは割り切っておく必要があるかもしれません。

もちろん、これは、学長や副学長の言う事には従順に従うべきという意味ではありません。むしろ、「上司に対するマネジメント」という非常に難しい問題です。北米で出版されているある学部長のガイドブック(How to be a Dean)でも「Managing Down, Managing Up(部下のマネジメントと上司のマネジメント)」として、この問題が扱われています(Justice, 2019)。これはミドル教員として大変重要なテーマですので、回を改めて議論したいと考えています。

学部長は教授会を積極的に利用するべき

一方で、学部長は、学内規程や学内組織図を理解したうえで、学部内ワーキンググループや教授会をうまく活用しながら学部運営を心がけ、学部改革に繋げていくべきです。学部長が規程や学内の手続きを踏まえずに何かをやろうとしても、学部長の独断だとみなされて頓挫することでしょう。

また、学部改革は学部長が一人で取り組めることではありません。何かを始めるにはチームが必要です。例えば、学部長が学部内に改革ワーキンググループを編成したいと考えるとします。その際に必要なのは、根回しと手続きの両面です。

まずは、学長執行部に対する根回しです。それと並行して、参加してもらいたい教員の内諾を取って回ります。それらが完了すると、教授会に議案を提出し(その際にも何人かの教員には事前に根回しをしておいた方がよい場合もあります)、種々の議論のうえで承認してもらいます。続いて、学部教授会で承認された原案を、学長執行部の会議体に提示し、その会議で承認してもらってはじめて、学部改革ワーキンググループを立ち上げることができるのです。

こうしてみると大変面倒で官僚主義的な手続きのように思われますが、このような手続きをきちんと積み上げていくことが、大学組織内で改革を着実に進めていく必要条件なのです。なお、こうした手続きの進め方は、職員から見れば当たり前のことですが、教員はこのような手続きに慣れていません。学部運営を円滑に進めていく上で、繰り返しになりますが、教職協働は本当に大事です。こうしたノウハウは私は学部長時代に職員に叩き込まれました。

ワーキンググループが立ち上がったあとも、議論の中身を段階的に教授会で議論の俎上に上げ、段階的に承認をとっていくことが大切です。教授会で「承認」を取ること、つまり教授会が改革案に賛成するということこそ、改革を前進させる重要な「手続き」だと言えるのです。

学部長の力の源泉=アジェンダ・セッティング力

前回の記事で、学部長の権限が極めて弱いことを指摘しました。同僚性の原則の中で、教員に対して「あれやれ、これやれ」と命令することは、お互いに抵抗感がありますし、摩擦も起きがちです。

しかし、学部長は、教授会を含めた学部内の会議やワーキンググループにおいて、議題(アジェンダ)を設定できます。これこそが学部長が持つ最大の力の源泉(パワーリソース)だと私は考えています。

たとえば、私は「成績評価の厳格化」を進めるうえで、次のような手順を踏みました。まずFD研修会を開催し、続いて教授会で「成績評価の厳格化に関するガイドライン」作成に取り掛かることを提案し、承認してもらいました。実際のガイドライン策定まで2年かかり、その間に何回も教授会で議論することになりました。他の学部に先駆けてこのような改革ができたのは、私が学部長として成績評価の厳格化に関するアジェンダを教授会で設定できたからです。学部長は、自らのアジェンダ・セッテイング力を十分意識して教授会という会議体を活用しましょう。

ちなみに、私は、教授会の「議事録」も重視していました。議事録こそが会議の結論に関するエビデンスだからです。例えば、カリキュラム改革に関しては、どのような反対意見が出て、それに対してどのような回答を行ったかについてまで書き込んだ議事録を担当職員に作成してもらったことがあります。そういう時は、次回教授会で議事録の承認を取る時も気を使いました。議事録の承認を得てはじめて、「教授会で種々の議論を経てこのような結論に至った」という「事実」が確定するからです(蛇足ですが、議事録が一番重要ということは、議事録を作成する職員が一番権力を持っているといえるかもしれません。私は冗談で、議事録作成担当の職員を「書記長」と呼んだことがあります。)。

まとめ

学部長のマネジメントやリーダーシップから一番程遠いと思われる「会議のこなし方」から、学部長論が始まりました。些末なことのように思われるかもしれませんが、学部長が会議に消耗せず、会議を活用する方法を身につけることは、日本の現状の大学で改革を進めるうえで、最初に身につけるべきノウハウかもしれません。なお、教授会の活用法については、「教員のマネジメント」のところで再度論じる予定です。

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