野宿記_1




生きるのはとかく金が要る。
食費はもちろん、ショバ代もかかるのがくやしい。

と、女子高生がマクドで話していました。

無職でぶらぶらしていた頃、
その都度の事情で借家から追い出されるたび、しばしば野宿をしていた。
貧乏性ゆえにマンガ喫茶の代金もケチりたくなってしまう……とか、そんな会話が聞こえてくる。

冬の陽光が雑居ビルの隙間をくぐりぬけ、か細いスリットの煌めきが女子高生たちの頬を横切る。
頬から伸びる無数の触手がチキンナゲットを絡めとるたび、栄養素を吸い取られたナゲットのしなびた死骸が床へと打ち捨てられていく。
その死骸に群がるフナムシのあかちゃんはひとしきり満腹になるとマクドナルドの壁へと戻りにぎやかなアルファベットの一部になる。
チーズバーガー片手にそんな日常を眺めていたのを女子高生たちに見咎められ「盗み聞きするくらいなら口述筆記して公開しろ」と命令されたので、その話をメモします。
もう何年も前の話であると彼女らは申しておりました。
とか。






中野サンプラザ横

友人とともに段ボールで寝た。
立ち並んだ排気ダクトが風除けになる。
季節は初夏で多少肌寒かったが、ダクトからの風が妙に生暖かかったような気がする。
正直、この時のことはあまりよく覚えていない。
10年以上前のことで、中野サンプラザは来年には解体されるし、もうフェンスに覆われてるんだろうな。



掛川市 一号線沿いファミリーマート横


12月、スーパーカブで東京から神戸へ向かっていた。仕事のアテもなかったから、久しく会っていない友人の家にしばらく泊めてもらうためだった。
夜、箱根は霧の中だった。くねくねとした山道を越え、名古屋へと向かう。
原付だと高速もバイパスも使えない。
通れる国道はどんどん細くなり、また山の中をくねくねと走る。
真っ暗だった。
道の両脇に時折、老若男女さまざまな顔がちらつく。
すこし気が抜けてガードレールに突っ込んだ。
三島、まだ山の中。あわてて立ち上がり、道脇の土手っ腹までカブを引きずり、夜露まみれの土に寝転ぶ。腐葉土にケツと背中が沈みこむ。
なにをしてんだか。
こんなことは布団の上でも毎日思っているんだから、ふらふらバカなことして痛い目にあってもなんもマイナスなことはない、と思い直した。ハナからずっと「なにをしてんだか」、だ。
さいわい、捻挫も軽い。
カブの前端に鉄カゴが付いていたのもさいわいだった。カゴはひしゃげたけど、車体や駆動部は変わらず用を足せそうだった。
友人から3万円で譲ってもらった旧式のカブのリアサスはひどく錆びついていたから、長距離走行の振動に晒された足は横になっていてもずっと震えを錯覚していた。
痛みが引いてくると寒さが堪えてくる。
このまま寝ていたかった。が、布団と違ってここで朝を迎えても自分がくるしむだけ。

いや、布団で朝を迎えても自分がくるしむだけなのは同じか。
卑屈に笑ってみたものの、寒さの前ではクソの役にも立たぬので、馬鹿馬鹿しくもならない。
とりあえず行こう。
とりあえず走ろう。
山を抜けた。気がつくとバイパスに誤侵入していた。
前後横のトラックが長押しのクラクションと狭い車間距離とでご親切に過ちを教えてくださる。
ナトリウム光の連続、遮る柱の影は真っ黒に濃く、道路にぽっかり穴が開いてる錯覚。
そんなわけはないと言い聞かせても体がすくむ。
疲労のせいだ。 点滅するオレンジと暗闇の上を滑っていく。 首ががくりとかたむく。 疲労のせいだ。 事故ってもかまわない、気がしたが、おれを轢いた運ちゃんが可哀想だな。 痛いのも嫌だし。バイパスには路肩がなくて止まることもできず、なけなしの60km/hでガクガク首を振りつつ走る。ようやくバイパスを降り、コンビニを見つけた。店内に入る気力もなかった。ビニールシートをまとい、裏のゴミ捨て場に紛れ、すぐに寝落ちした。

昼頃、ビニールシートがカサカサと叩かれる音で目覚めた。
シートを捲ると、ジェラートピケのもこもこピンクパジャマにチワワを抱えた女性がこちらを覗きこんでいる。
「あの、これ、よかったら使ってください」
差し出されたのは10枚組のカイロと5枚組の軍手。

「この寒さにホームレスだと、おつらいですよね…」

心底、気の毒そうにこちらを見つめる。ふにゃふにゃとした喋り方。
あわてて、自分はふらふら原付でうろついているだけで、なにも辛いことなどないのだと説明をしたが、どうも口も頭もかじかんで、自分でもなにを喋ってるのだかよくわからず、通じたのかどうだか。
お互いにぺこぺこお辞儀をして、去っていくその人の背を見て、どんな半生を送ってきたのだろうと不思議に思う。
クルマがあればニュータウン、なければ孤島のような新設住宅街。
自分の野宿跡を振り返ってながめても、とてもホームレスには見えない。そんな勘違いをするくらいに、世間知らずなのか?
あの人は、他人も自分もみんな汚いものだと思ったことはあるのだろうか。
運良く、この世の理不尽を認識せずに通り過ぎてこれたのだろうか。それとも、それとも。
他人のことはわからない。
くるしみのない人なんて、いないだろう。
カイロを仕込み、軍手を付けて、ビニル合羽を数枚着込んで、また国道を走る。



善福寺公園 2016.5/3

日も暮れ、スーパーカブでふらふらしていた俺はとにかくもう眠りたかった。
公園ならどこでもよくて、路傍の茂みにカブを突っ込み公園を物色する。
水場が多く動物や人間のオブジェが点々と置かれている。
すこし品のよさそうな住宅街に囲まれていて、なるべく見つからないように注意する。
結局、低木がしげる薮の中にもぐりこむようにして眠ることにした。
夏場だったらきっと虫が多かっただろうし、こんなところで寝ようなんて思わなかっただろうな。
土を払いつつそんなことを思いながら、うまいこと姿を隠せたのでゆっくりと眠る。
時折通り過ぎていく車のヘッドライト、犬の散歩をする人の懐中電灯がふらふらと瞼を照らし、なんとなくよい夢を見れたような気がする。
やわらかい土の上だったので衛生面が多少気になる。
石場の上で寝たほうが湿度やらの観点からしてもよいのだろうな、と思った。でも、背中も痛くなるし、このあたりじゃダンボールも拾えなかった。
服に入り込んだ蟻を払い落とし、日が昇る前に出て行った。
仲のよさそうな初老の夫婦が軽い掛け合いをしながら通り過ぎて行ったのを覚えている。
二人がなにを話していたのかは全く思い出せない。
が、街全体をなんとなく品よく感じたのはこの老アベックから受けた印象に由来するのだろう。



武蔵国分寺公園

石畳でよく舗装された公園。新しめ。
公園というよりは広場というほうがしっくりくる。見晴らしがよいため寝るスペースを見つけにくかった。
おおまかに、高台のジョギング用石畳スペースと、少々低地の犬用の芝生スペースとに二分されており、犬用スペースの屋根なしの東屋の横にビニールシートを敷き眠った。
ビニールシートは敷く用のものと上から被せる用の2枚。
夜露や視線を防げるが、呼気によって内部は蒸れる。
早朝、起きた時にはびしょぬれになっていた。
住宅街の近くなのでここも早朝から散歩する方が多い。
そそくさとすぐに撤退した。スカブにぎちぎちと寝袋を縛り付け、公園を後にする。
いつかまた来ることもあるのだろうか。
こんなふうに思うことすらなくただ過ぎてきた場所は、きっとあまりにも多くあるのだろうな。



都立小金井公園

非常に広い公園。東京ドーム17個分とのこと。寝場所を徒歩で下見するのに2時間以上要した。
園内の江戸たてもの博物館がなかなかの人気らしく、よって園内駐車場もデカい。
設備も充実している。ソリを借りてすべれるソリゲレンデとかいうのもあった。
全体的に虫も石も少なくほぼ平坦、夜間は目立たず寝れるほどよい暗さ。
チャリ人間、ジョギングマンだけでなくラジコンユーザー、ダンサー、スケートボーダー、謎の生態調査を行っている2人組などさまざまな人々とエンカウントした。
人は多いけど、公園自体が広すぎるのであまり気にしなくてよさそうだった。
トラブルが心配な人は交番近くの場所がいいかもね。
梅園には一泊要塞として最適そうな一人サイズの庵があったが先着の宿泊者がいたので獲得できなかった。
東屋にはビニールシートでしっかりとしたお城が建てられており、ラジオがずっと流れていた。定住者かもしれない。
素敵な東屋をあきらめて、遠ざかっていくアディーレ法律事務所の宣伝を聞きながらドッグランのほうへ向かうと、もっと大きめで五人くらい寝れそうな感じの庵が空いていた。
個人的には対人エンカウント率の低そうな弓道場周辺もよいのかもしれないと思った。
とは言いつつ、上記の2つとはまた別の屋根付きの庵にビニールシートとアルミマットを敷いて就寝。
この公園も早朝から散歩勢がいらっしゃるので、はやめの撤収を徹底した。
暗かったのでたぶん見落としたポイントなどもあるだろう。
昼間は混んでるのかもしれない。
帰り際、見かけたインドカレー屋に入る。こういうカレー屋はほとんどネパールの人がやっていて、福岡に元締めのネパール親分がおり、母国から彼に金を積んで渡ってきた家族たちを店舗ごとに割り振っているのだ、だから同じ店舗でもしばしば店長(雇われ)が交代するのだと、そんな話を聞いたことがある。本当かどうかはしらない。会わせてやろうかと言われたときに、誘いに乗ればよかったな。
普通によい公園でした。



新宿駅 西口 地下

ネカフェに泊まる金が尽きた。
カブは先日の事故で廃車になってしまって、バイトの金は食費にぜんぶ消えてく。
昨日はロイヤルホストでうまいメシを食おうと思って、高い金を払って、ぜんぜん美味しくなかった。ドリンクバーがいちばんマシだった。料理がひどいわけじゃなくて、味がわかんなかった。
新宿西口の地下には長住まいの人々がそれぞれなんとなく自身のシマをダンボールで確保していて、ヨドバシ横で拾ったダンボール1枚、それとなく、宿泊人が集まっていて・人があまり通らない・宿泊人から離れた孤島のような柱に寄せて敷いた。
まだ終電まで時間はあって、中央公園で汲んだペットボトルの水を飲み、耳栓をして柱にもたれて目をつむる。
はやく時間が過ぎてくれ。
はやく夜になって、はやく朝になって、はやく翌日が過ぎ、はやく今週を終え、明後日の日雇いバイトの日が来てくれ。
そしてはやく。
つまらないことしか考えられない。
つまらなくないことなんて考えられたことあったのかよ?笑 と乾いた自答がオートで返ってくる。うるさい。通行人。案内音声。足音。目線。自分の思考、呼吸、鼓動。
カクカクと断続的に意識が途切れる。まだ朝にならない。さむい。まだ朝にならない。まだ寝たほうがいい。また。まだ。また。
警備員の紺色の背中、そして安物の合皮靴。向かいの無宿人が起こされている。始発の時間で、みな追い出されていく。のろのろ、声をかけられる前に立って、ダンボールを拾おうとして、どこに捨てるかわからなくなって、知らんぷりして逃げて地上に出て、地上はもっとさむくて、空はまぶしすぎて、夜職の人が店の前を掃除していて、空気は美味しくなくて、ダンボールもなにもごちゃごちゃのゴミ捨て場がすぐあって、今日の予定もなかった。



高崎駅横立体駐車場

晩夏、終電、高崎線で寝過ごした。
慌てて降りて、家に着いて、財布を電車に忘れてることに気がついた。
忘れ物は終着駅の高崎駅で預かっているとのこと。
翌日。
日中はずっと寝ていて、終電の前にようやく高崎駅に着いた。
財布を受け取る。
自宅までの電車はもうなかった。
Googleマップを開き、高崎駅前のネカフェか満喫を検索し、2軒ヒットする。
歩いて向かう。
1軒目。
閉まっている。営業時間変更の貼り紙。
2軒目。
看板が見当たらない。テナント募集の貼り紙の横に、裏返しにされた看板。反転した店名がうっすら読める。
つぶれていた。

ホテルにわざわざ泊まる?
冗談じゃない。すでに電車賃をムダにしてるのに。
コンビニでビニールシートを買った。
寝やすそうな場所を探す。
中途半端な再開発で、さびれてるくせに妙に開けた街並み、寝る気なんて起きなかった。ふらふらとうろついて、また高崎駅まで戻ってきた。駅のシャッターはだだっぴろく延び、バカみたいに白いライトでまぶしい、まぶしい。
ためいき。
駅前広場から少し離れて、振り返り、駅ビルを見上げる。
つまんねー建物。おきまりの様式、おきまりの街おこし、おきまりにつぎ込まれたカネ、うらやましい。
おきまりができない。
隣に立体駐車場がある。あそこなら静かだろう。ふらりと屋上まで上がり、空は近くもならない。轢かれたら痛いだろうなあと思って、車止めの奥にビニールシートを敷く。
静かだ。すぐに寝付けるだろう。ぬるい空気が澱んで街に垂れ込んでいる。星。空は嫌いだ。落ちていくのがおそろしいから。


熱海駅前 成木屋前

2月。ひどくさむい。
なにも決めずに熱海に来た。なにも決めていないからもう深夜になっていて、マクドナルドも閉まっている。仲見世通りをふらふら往復し、浜にまで下りる元気はない。調べてみると、ゲストハウスのチェックイン時間も過ぎていた。
しかしひどくさむい。どうしようもない。と愚痴ったが、いつも、どうしようもないわけなんて無い。あがけるだけの余裕にいつも恵まれているはずだ、俺が怠惰で馬鹿だから、ぐだぐだしょぼくれているだけで。
ファミリーマートへ行く。プライベートブランドのカレーヌードルを買い、お湯を入れて、手指をあたためる。3分待つ間もコンビニにとどまって少しでも暖をとる。
カレーヌードルはすぐに食い終わって、ふらふら道路を歩く。
交差点なかばあたりの変な位置にゴミが集められていて、ダンボールは取り放題だった。拝借する。起きたらまた返しにこよう。
寝れそうな場所を見繕うためにまた徘徊する。細い路地の脇、舗装されずに雑草の生えた狭い砂利場に、黄色いバリケードとビニールシートに覆われた資材が寄せられている。
バリケードの奥には2畳くらいのスペースがある。おあつらえ向きの好立地。
ビニールシートに潜り込み、角材の隙間にダンボールを詰めていく。ベッドの出来上がり。
ビニールシートの中に自分の呼気が溜まり、顔にぺたぺたと触れる。
この1枚のおかげで寒さがずいぶん和らぐ。
それでもやっぱり寒くて、寒さで起きたりしながら朝が来て、銭湯に行き、貫一お宮の像をぶっ壊して金属回収屋に売っぱらったら億万長者になれた。
熱海サイコー。
廃旅館だらけの斜面造成地をぜんぶ買い占めて、ラブプラスの凛子の似顔絵を描いた。なにで描いたかって?
そりゃもちろんワゴンセールで投げ売りされてるラブプラス+のパッケージたちだよ
Googleアースで確認してくれよな!


博多 ナカビエ公園

ふらふらと博多へ。
用事?ダサくて恥ずかしいことしかないから、聞かないでください。
泊まる場所がよくわからない。数軒ネカフェに電話して、ぜんぶ埋まっていた。ホテルは嫌いだ。金がかかるから。だから、金のかからないホテルは好きだ。
駅の近辺の公園には若者たちがたむろしていた。とても寝付ける雰囲気じゃなかった。
歩いて、中洲を過ぎて、広めの公園に着いた。
祭りの準備をしているらしく、鉄の足場が組まれている。
ゴミ袋をリュックから出し、芝の上に敷いた。
今日は虫が多そうだから、ゴミ袋に穴を開けて身に纏っていく。下半身・胴・上半身の3枚。ビニールシートがなくても快適だ。
寝つこうとして、不意にライトで照らされた。
大学生2人組、そして彼らが呼んだ警察官。
目立つから、端の方で寝てほしい、とのこと。
ゴミ袋を着たまま、芝からコンクリートへ。
モーマンタイ。寝れればそれでいい。ねむりたい、ねむりたい。


高田馬場ロータリー

曖昧な記憶だけれど、あたいが東京で初めて野宿したのはここだったかもしれない。

大学生が大勢たむろしていることでも有名だが、それに負けないほどにいつも大量に群れているのがハトとネズミだった。
この土地を語るにはこの二種の動物についても語らなければならない。
ロータリーの中心には広場があるのだけれど、この石畳の広場の下にはどうも隙間が空いているらしく、夜にもなるとするりするりと幾匹も幾匹もネズミたちが這い出てくる。
ネズミたちは皆なかなかに大きくて、小さめのウサギくらいのサイズというか、まあよくよくに肥えている。
ところで、この広場の周りには申し訳程度の植え込みがあり、泥酔者たちの吐瀉物がいつもまだらのパターンを構成していた。
これは推測なのだけど、ネズミたちはどうもその植え込みを食糧庫にでもしていたらしい。
ハトもこの食糧庫を当てにしていたらしく、飢えた様子もなく常によい毛艶をしていた。

地下にはネズミ、地上にはハトと、保菌生物の二大巨頭がひしめきあい、人間は嘔吐していくというひどい立地なのだけれど、普段からしばしば訪れる場所だという慣れから来る安心感もあり、治安の面での信頼もわりと厚い土地でもあった。
なにより交番が近くにある。野宿者にとって諸刃の剣でもあるが。
地域柄なのかお巡りさんのガラもよいとは言いがたく、取り締まられても不思議はないので不安要素の一つではありつつ、同時に有事の保険でもあった。
じつのところ、野宿をしたところで他人に声をかけられることは滅多にない。
慣れると交番の有無なんか気にしなくなっていくのだけど、それはトラブルに巻き込まれない幸運をたまたま連続で引き当てているだけということは忘れずにいたい。
実際に弱者であることとはべつに、どの程度に弱者であることを演じるか、他者からどう見えるかの調整は有意に各種イベントの発生率を左右する。日々のふるまいとおなじこと。
冬場は凍てついた石畳がひどく冷え込むから、24時間開いている商業ビルのエレベーターホールの隅、カラーコーンやロープポールに紛れて眠った。




女子高生たちの触手が脈打ち、私の右腕の神経と同化している。
無理矢理スマホを操作させられnoteに投稿させられて、これじゃまるで僕が野宿してるみたいじゃないスか、官憲も世間も粗探し好きでおっかないんスよ、僕は法律破ったことない模範的小市民なんです、口は麻痺して動かないので、目でそう訴えたが、彼女たちの目に見えるそれはただの擬態で空気孔に過ぎないのだという。触手はいつのまにか脳味噌に届いていたらしく、急にそんな知識を教えてもらう。
不意に引き抜かれた触手が気持ちいい、
呆けている私の耳元で貝殻のこすれる音、

「うそつき。」

マクドナルドには誰もいなかった。
マクドナルドは砂のお城だった。
砂浜はどこまでも続いていた。
海の波は終わることがなかった。
空は果てまで一面の灰色で、風もなく、流れもなく、いつまでも灰色だった。
歩くと、座るのに都合のいい流木があった。生ぬるい木肌がケツに柔らかい。
ねむたくなってきた。
そのまま横になる。
なにも準備しなくていい。
ただ眠れれば、それでいい。

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