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実録レポート・タイ刑務所ファイト潜入①

タイで活動する日本人ファイター、中村慎之介選手は2月5日にクラビ島で行われたムエタイのワンデートーナメントに出場したが、惜しくも初戦で判定負けだった。その試合からも間を置かず、「シンノスケの次戦はプリズンファイトだ!」と、SNSで彼の所属ジムから投稿があった。

プリズンファイトについては、イギリス映画「暁に祈れ」でもおなじみのタイの囚人ファイターがやり合う、刑務所ムエタイ大会が思い浮かぶ。私が以前取材したタイ最凶ファイター「コントゥアラーイ・JMボクシングジム」が、インタビュー時に刑務所ムエタイ大会の詳細を語っていた。

各刑務所でムエタイ、ボクシング大会が行われ、年1回、タイ全刑務所チャンピオンを決める大会があるとか。チャンピオンになるなど、優秀な成績を収めれば恩赦の対象にもなる。

そんな刑務所ムエタイ大会に外部からファイターを呼んで対戦させるのだろうか?ありえない設定だが、タイではありそうなイベントである。どうしてもプリズンファイトが気になり、中村選手に直接連絡してみたところ、やはりそうだという。3月30日、コラート(ナコンラーチャシーマー)の刑務所で囚人ファイター対外国人ファイター10人同士の対決という企画があり、それに出場が決まったとのこと。

中村選手の試合は、この1月にラジャダムナンスタジアムで観戦していた。モロッコ人選手に惜しい判定負け。続くクラビの試合は観に行けなかったものの、コラートなら行けるかもしれない。しかも、プリズンファイトを観られる機会はあまりない、と、勢いで中村選手に同行の許可を問う。

中村選手を通じて、彼の所属ジム会長に連絡してもらうことになった。タイ人会長は「日本人の友人の記者が試合に同行する?それは素晴らしい。ただし、入場も事前申請が必要だ」との返事が来たようだ。

これも自身のパスポートの写真を送り、タイ人会長に申請してもらうことに。事前にはそんな準備が必要だった。会場の刑務所についてはバンコクから車で4時間は掛かるコラート、そのコラート県の山間部にあるらしい。

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試合前々日にチームで現地入りする中村選手とは別に、仕事の都合もあり、自家用車を運転してコラートに向かうことにした。愛車を運転し、バンコクから北方向へ、ランシットを超えて、バンパインに出る。そこからサラブリ―方面に向かい、ひたすら国道を進む。休憩をはさみ、4時間ほど運転を続けると、年に数回向かうコラートの街、そこに入る前に左手に大きなダム、ラムタコン・ダムが見えてくる。

ダムを超えたところでコラートの街方面に出る国道からは、山間部に入る道へ。すでに外は真っ暗となり、街灯も何もない山道を走らせる。時折、対向車とすれ違うが、こんな道には、イノシシでも、タイらしく象でも出てきそうでもある。Googleマップのナビ通り、見通しの悪い中で1時間も山の中に入っていって、ようやく宿についた。

宿はパームロッジリゾートというバンガローが並んだ施設で、部活の合宿所に近い雰囲気で、とてもではないが「リゾート」感はない。今回のプリズンファイトの選手関係者がみんな泊まっている。前入りしている中村選手は宿舎は同僚のインド人ファイターと同室に泊まっていた。クラビの試合から間がないが、顔色も良く、コンディションは良さそうだ。クラビの次がこのコラートの山奥への遠征と、まさにロードウォーリアーだ。そして、コラートの後はカンボジア遠征の話もあるようだ。

宿の食事はカオパット、ガパオ、カオトム(それぞれ、焼き飯、バジルひき肉ごはん、おかゆ)の3種類しかなく、夜は、その食事も作るものがいないと、事前にカオパットやガパオの弁当を作ってくれるそうだ。

宿の周りには売店も何もないとのことで、中村選手から事前に食料をリクエストされていたので、山間部に入る前のガソリンスタンドのセブンイレブンで、バナナ、オレンジジュース、肉まん、パンなど大量に購入していた。

この日、計量を無事にパスして、宿の弁当にて食事は済ませたそうだが、減量明けということもあり、まだまだ足りないようで、差し入れのバナナやパンを美味しそうに食べる。自分もセブンイレブンで買ったおにぎりなどを食べる。多めに買っておいて良かった。

中村選手がこの日、刑務所内で行われた計量の様子を語ってくれた。その雰囲気に圧倒されたと言う。「前日に一回入ったから、明日試合で刑務所内に入る時は、もう緊張しなくていいのでは」と冗談を言う。

試合は次の日だが、開始時間は18時からとか、16時とか言われてよくわからない、とのこと。これもタイではよくある。宿からの出発は明日の午後とのことだった。この日は、私もコラートの山奥までの運転で疲れた。休憩も入れて片道6時間は掛かっている。私が与えられたのは、この部屋しか空いてないと通された、広々としたVIPルーム。ぐっすり眠ることができそうだ。

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コラートの山奥で迎えた朝、目を覚ますと、朝食前に宿の周りをランニングする。宿の朝食は、カオパット、ガパオ、カオトムに加え、トーストの中から選べるらしい。朝から焼き飯はあまり食べない。

ランニングコースとなった車道、その両脇には、畑、森林が広がり、他は何もない。2キロくらい走るとようやく民家の軒先でやっている個人商店が現れた。ひと通りの生活用品は売っている様子だが、特に買うものもなく、この日試合が終わってから食事できる飲食店でもないかとさらに進むと、犬から吠えられる。離し飼いにされている犬だろうか。犬を刺激すると追いかけられ、襲われるからそっと今来た道を引き返す。なんだかんだで5キロほどのある程度の距離のランニングとなった。

この宿に普段泊まる人は、刑務所に入っている家族の面会に来る人たちなんだろうか、とふと思った。山の奥にポツンとある宿、Agodaで調べた限りでは、このエリアに他に宿はないので、推測通りではないだろうか。朝食を終えて、中村選手と話すと、今日は結局14時に出発だという。出場する選手は10名、3つのジムが連れてきている。

トレーナー、セコンドを合わせて総勢20名ほど、何台かのワゴン車で一緒に出るとのことで、私も中村さんのジムの車に同乗させてもらうことになる。

昼頃に食堂で中村選手にジム会長を紹介してもらう。食堂では、各選手やスタッフがダラダラと時間を潰している。ジム会長は60代の陽気なタイ人のおじさんという印象。もう一人紹介されたメイントレーナーは寡黙な60代のタイのおじさんで厳しそうな顔つきだ。ジム会長には何度か中村選手について日本人に向けて記事を書いたと話す。「それは素晴らしい、よく来てくれた、慎之介から話は聞いている」とのこと。

ここで会長とトレーナーはすでにビールを飲んでおり、私にも「まあ一杯飲めや」と勧める。私もビールは嫌いではないので、ハイネケンをグラスに注いでもらい、会長と世間話をする。

会長との会話ではっきりしたのは、私の入場申請が刑務所側にされていないこと。会長からは「ところで、入場申請はしたのか?事前に申請しとかないと、刑務所だし、入れないぞ」と言われて、ひっくり返りそうになった。

会長さんが申請してくれるからって、パスポート写真を送って下さい、と中村選手に言われて送っておいたんだけど、、。ここで会長にその旨を突っ込んでも仕方がない。このタイで、こういったことはこれまで3000回は経験してきたじゃないか、と気持ちを落ち着ける。

一緒にワゴンで刑務所に行って、チームに紛れ込んで入場すればいけるだろうと、前向きに考えた。うん、じたばたしても仕方がない。多分刑務所の中には入れる、と。

そして時間は13時を過ぎた。14時に宿を出発することを会長に確認してVIPルームに戻った。カメラなどの取材用の荷物の整理と、急ぎの仕事のe-mailを送る。ビールは会長に勧められたというものの、飲みすぎてしまった。ちょっと酔っている。まだ時間があるな、と2通、3通とメールを送り、13時45分に荷物を持って食堂に戻る。

食堂には誰もいなかった。少年の従業員がひとり、食堂の外で地べたに座わり、スマホを見ていた。彼は私が話しかける前に「もう行っちゃったよ」と、答えてくれた。

会長と話し込んだ時に、中村選手と話してなかったのも良くなかった。彼は、私が別で運転して行くと思ったのかもしれない。中村さんの携帯に電話するが出ない。会長の連絡先は知らない。酔っぱらっているが、自分で運転して行くしかないと、スマホのGoogleマップで刑務所の場所を探す。

ワゴンで一緒に行くからと安心しきっていた自分が甘かったようだ。なんと刑務所は、この区域に4カ所もある。ここまで来て気付いたのは、試合会場は「刑務所」としか聞いておらず、刑務所の名前も聞いていない。どれがプリズンファイトの会場か分からない。食堂~受付で尋ねようとするも、宿のおかみさんも外出しているようで、先ほどの少年しかおらず、彼にどの刑務所か聞いたが、分からないとのこと。

とりあえず、このまま運転して行ったら、刑務所で飲酒運転で捕まるかもしれない。いや、刑務所と警察は管轄が別だろうから捕まらないかもしれないが、今のままではマズい。遅れるかもしれないが、まずは酔いが醒めるのを待つことにした。

そしてその間にスマホで、会場の刑務所がどこか、過去の刑務所ファイトの記録などないか、SNSに出ていないか、根気よく調べてみると、会場は、4つある刑務所のひとつ、カオプルック刑務所であることが分かった。

1時間ほど過ぎて、アルコールは大分抜けた気がする。歯もよく磨いて、匂いも消したつもりである。Googleのナビでカオプルック刑務所を設定して、宿を出発する。山道をくねくね進み、やっと刑務所に到着した。

しかし、そこは農場で鉄条網しかない。どこにも入口がなかった。これはいったいどうしたことだろう。確かに刑務所の農場かもしれないが、入り口がない。Googleマップにも出てこない。

そもそも刑務所から宿は近いと聞いていた。ここは宿から20分以上掛かって遠すぎる。そしてふと、昨日宿に到着する前に通り過ぎた役所のような施設に、パネルらしきものが見えたのを思い出した。昨夜、運転中に、そのパネルが一瞬目に入ったのだが、スポーツのイベント告知のパネルのようにも見えた。とりあえず、あそこに行ってみようと今来た道を宿の方面にいったん戻り、さらに昨夜進んだ道を戻る。

そんなこんなで施設にたどり着いた。制服姿の人や一般の人が集まり、玄関前には臨時の受付のようなものも見える。そして、門の前には、大きなプリズンファイトの告知パネル。ここが正解だった。

しかし、入場申請をしていない身である。臨時の受付でパスポートを出して「入場申請しているんですけど」と言ってみる。「名前ないですよ」「ジムの人と一緒に入るつもりが、僕だけ遅れちゃったんです」。

「誰のジムですか?」「。。。」会長の名前は知らない。ジム名を出しても、ジム名では分からないという。受付の刑務官が持っているリストにあるタイ語の筆記体のような文字、適当に「これだと思います。このチームです」とか言ってみる。

そんなやり取りを10分ほどしていたら、「あなたが選手の同行者であると分かりましたから、特別に名前を登録して、入れるようしてあげます」と、なんか分からんが入場を許可された。イベント関係者や地元の名士などしか入れない特別イベントであり「何とか入れるだろう」とは思っていたけど、やっと入場が果たせてホッとした。

カメラも、電話もお金も全てロッカーに預けるよう言われる。もし、ジャーナリストです、取材に来ましたと言ってたら、アウトだったかもしれない。「カメラマンは公式の人がいて、それしか許可しません」とのことだった。

刑務所内は撮影はできないので、裁判の絵みたいなやつを描かんとあかんなあ、なんて思いながら、ペンとメモだけ持って、荷物を全て預けた。受付では、刑務所内で使えるというクーポンも買わされた。刑務所内では、現金が使えないそう。クーポンは食堂で使えて、「お土産」も買えるとのこと。囚人が作業場で作ったお土産だろうか。いよいよ本格的である。

➁に続くーーー


↓ ↓ タイ刑務所ファイトの試合レポートはこちら。(実録ではないほうの記事です)

↓ ↓ 元囚人ファイター、コントゥアラーイのインタビュー記事はこちら。


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