ペースメーカーおじさんから訴えるとまで言われた話
在宅勤務突入以前に通勤していた2年以上前の話。優先座席付近で携帯電話を操作していて、ペースメーカーおじさんから高圧的に注意されたことがある。腑に落ちなかったので、自分の正義に従って裏付け資料を集めて反論を繰り返していたら、「訴える」とまで言われた経緯のまとめ。
終日携帯電話OFFが義務ではない
私がペースメーカーおじさんから最初に注意された時、優先座席には隣接するけれど外側とも言える車両出入り口付近に立っていた。わざわざ遠くから近付いてきて「優先座席が近いんだから携帯電話の電源を切れ!」と高圧的に言われた。申し訳ない気持ちもあったので素直に要求には応じたけれど、よくよく読むと「混雑時には電源をお切りください」と書いていた。
それほどの「混雑時」でもないので、ルールを破ったかのように注意されることに腹が立った。ペースメーカーおじさんは毎日規則正しく同じ時間の同じ車両に乗っていたので、探すのに苦労はしなかった。
別の日に「今日は携帯OFFにしているのでご安心ください」と前置きした上で「先日注意されましたが、混雑時の限定があるので混雑していない車両で注意される筋合いはありませんよね?」と聞いてみた。
ペースメーカーおじさんの反論としては「どこからが混雑なのか線引きができない。当たり前に携帯電話を使われたら困るので、視界に入れば離れていようが注意する」という言い分だった。わざわざ距離つめてリスクを取ってまで注意しに行くなんて、目的と手段が無茶苦茶ではある。
縄張り意識の一種だと思うと理解できなくはない。でも、私にも電車の中で携帯電話を操作する自由があって、ペースメーカーおじさんの思い込みで必要以上の制限を受けるのは腑に落ちない。とは言え、ペースメーカーおじさんの命をおびやかしてまで携帯電話を見たいとは思わない。どこかに妥当な線引きがある筈なので、明らかにしたいと思い立った。
4G端末は15cm離しておけば安全
世の中に「100%安全」なんてものはないけれど、交通事故ですら年間0.5%の人が遭遇するのだから、その程度のリスクすら許容できなければ家から出ない判断をするのが妥当だと思う。ペースメーカーの人に限った話ではなく、万人に対するバランス感覚として、普通に外出して遭遇する交通事故や浴びる太陽光の電磁波より低いリスクに目くじら立てるのは言いがかりだと考える。
もちろん、避けられる危害は避けるに越したことはないけれど、権利と権利が衝突する場合は線引きが必要になる。線引きの参考になりそうな資料として、総務省が「電波の医療機器等への影響の調査研究」を公開していた。当時も今も私は4G端末を使っていたので、平成25年度の調査結果が参考になる。
携帯電話端末については、過去の調査において一部の植込み型医療機器が最長で3cmの離隔距離で影響を受けることがあったことから、指針では、植込み型医療機器の装着部位から15cm程度離すこと等としています。
過去2G時代の人工衛星まで届くくらいの強い電波だった時代に、3cmまで携帯電話を近づけるとペースメーカーに影響があった。4Gが普及した今や、そんなに強い電磁波は使わないし、もっと影響は小さいと期待できる。でも念のため「15cmは離そう」という保守的な指針のようだった。
だから混雑かどうかの拠り所も、他の人の携帯から15cm以上離せるかで議論すれば良さそうに思える。満員電車でもリュック装備や腕組みで15cmは確保できる。「例えマナーモードでも、それを見た他の人が電波を発したら困るので、周囲の携帯電話も注意している」と話していたペースメーカーおじさんに対して「3mむこうから注意しに来る必要はない」ことを提案した。
※時代が進んで5Gをはじめとする新しい規格が出てくるので、最新の情報はチェックしなければならない。普通に考えて、世の中の運用を制限するにもコストがかかるので、技適を通す基準の方を厳しくするとは思う。
スマホで見せる訳にはいかないので、総務省の資料を紙に印刷して、マーカー引いてペースメーカーおじさんに伝えると、「総務省はメーカーの肩を持つから信じない!厚生労働省が言うんだったら信じてやる!」「仮に15cmまで大丈夫だったとして、携帯持った人がバランス崩してペースメーカーに近づいたら責任とれるのか?」と反論された。
厚生労働省も15cmだと言ってたよ
ペースメーカーおじさんの言う「総務省なんてメーカーとグルだ」なんて、酷い陰謀論だなぁと思う。EMC対策を頑張っているのに技適おとされるメーカー勤務な電気系技術者が聞いたら腹立たしいだろう。
そうは言っても仕方ないので、「厚生労働省が言うなら信じる」を信じて、総務省の調査書を受けて厚生労働省が発信している記事を印刷して渡した。
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000146464.pdf
この時点で3~4回コンタクトをとっているんだけど、結局「それも総務省の圧力で言わされてるんや!」ということでご納得いただけなかった。ペースメーカーおじさんの想像上にいる総務省はだいぶ幅きかしてる。
同程度な他のリスクには無頓着なのはダブルスタンダード
もう一つの「責任とれるのか?」問題に対して。H.27の調査書から「RFIDもペースメーカーから22cm離すべし」という見解が出ていた。「バランス崩してスマホが近づくリスクが許容できないなら、駅のRFID改札を通る時に足元が滑るのも同等リスクなので、そちらに無頓着だとしたらダブルスタンダードではないか?わざわざ改札をOFFさせてんのか?」と聞いた。
https://www.tele.soumu.go.jp/resource/j/ele/medical/h27.pdf
この時点で、ペースメーカーおじさんは「つきまとわれると迷惑なので、録音して訴える」と話していた。私は高圧的に注意されたきっかけで応戦しているだけで、間違ったことは言ってない自信はあった。一連の弁論を理路整然と話して録音いただく心の準備はできていた。けれど、ペースメーカーおじさんの録音機材が上手く動かず、どこかへと去ってしまい、それ以来はお会いしていない。録音されていたら話していたであろう内容をこの記事として残す。
※読み返すと、調査書に書いていたRFIDのくだりは交通系のNFCではなくて、物流系で使うような高出力型950MHz帯の話だった。この点に関してのみ、私の問いかけは的外れだった。この場を借りてごめんなさい。
次は気持ちに寄り添えるだろうか
私もペースメーカーおじさんも、自分が正しいと信じている点、自分の権利が侵されるのは許せなかった点、お互いに正義感が行き過ぎて「言い負かそう」としていた点は似たもの同士だったのかもしれない。
少し大人になって振り返ると、ペースメーカーおじさんにとっての携帯電話リスクはスピリチュアルなものなので、電磁気学的な証拠で反論するのは不毛だったと反省する。ただ、権利であるかのように偉そうに注意するのでなく「心配だからOFFにしていただけませんか?」という言い方だったら、スピリチュアルなおまじないだとしても、不安な気持ちに寄り添ってOFFに出来たとは思う。自分が責められると自衛のため論理で応戦してしまうのも、心情を逆なでしあうきっかけになったと反省する。
そのペースメーカーだって科学技術の素晴らしい恩恵なのだから、科学技術や総務省に対する偏見を持っているのは悲しい。正解は無いけれど、次に機会があれば「危害も義務もありませんが、あなたが不安に感じて頭を下げるのであれば私は従います」と言おうと思う。
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