無知の強み

「20㎞超えを歩くのは無理かな?」
という問いに同居人は、「中古自転車を買って乗り捨てれば?」という提案をしてきた。

20㎞なんて、どれぐらいかかるのかもわからない。だいたい、歩けるのかもわからない。途中で歩けなくなった時に、どうするんだ?って話。
同居人の提案は、「歩いてみたい」というこちらの希望に可能な限り寄り添ったものではある。

歴史に興味を持って、地図ばかり眺めていた時期があった。奈良から京都へ都は動いている。奈良だけでも数か所動いている。昔の人は歩いてたんだよね?じゃ、歩けるんじゃね?的なノリ。

道なんてものは、使われなくなったら即効で獣道になるし、生きていくために田畑になるし、そのうちビルは建つわ、新興住宅街になるわで、変遷が半端ない。古代の道なんてそもそも、そのまま歩けるわけがない・・・なんてーことも当時は考えておらず。
行ってみたい。という欲求のみ。
そこらあたりに詳しい知人に相談するも、最初は一笑に付される。真剣に中古自転車で行くか…と考え始める。

紆余曲折あり…
古道好きなんていう集まりもあちこちにあったりして、実際に歩いている人たちもいるらしきことがわかり(なんせ全てが俄かなもんで、そういう情報にはトンと疎い)、もしかして歩けるんじゃね?という話になって…。

同じように興味を持った人と数人から十数人レベルで、古道を歩きまくった時期があった。今思うと、元気だったなぁ~という感想しかでてこないけど。

歴史や地理に詳しい人は、歩いていく先々で隠れた名所や地名を発見して盛り上がっていた。そりゃそうだ。普通そういうのが目的で歩くんだから、古道ってのは。
こちとら、そこまで地理に詳しくない。どちらかと言えば方向音痴だし、地名覚えるの苦手だし、歴史上の出来事にあれこれ自説を立てたりして楽しむようなタイプでもない。
ただただ歩いてみたかっただけ。距離感を知りたかっただけ。
変わった奴だと言われつつ歩いていたような気がする。

どの道が最初で、どういう順に歩いたのかももう覚えてないけど…。
全て推定ではあるけど、上ツ道・中ツ道・下ツ道・筋違道・竹ノ内街道…あとなんだっけ?とにかく、奈良起点の道はほぼほぼ歩いた。
難波大道と茅渟の道を歩いてみたいと言って、博物館の学芸員さんに苦笑いされたこともあった。

知らないって、ホント強い(笑)やってみたいことがあるって、ホント強い。そこに理由なんてないし、言ってしまえば意味なんてのも、潔いぐらいにない。

過去の短歌を漁ってていろんなことを思い出す。
曲を聴くと記憶が蘇ってくるなんて言う話をよく聞くけど。
自作の31文字だと、蘇り方が半端ない。マジで。
音には乗せられなかった飛んでた鳥とか、靡いてた雑草とか、稲刈り跡の籾殻焼の煙とか…、ビュンビュン行き交う車とか…色んなことを思い出す。


懐かしく香り来我を包みたる苦き思ひもややまろくなり




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