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2日連続の役満(麻雀)

昨年4月に始めた麻雀アプリ「雀魂(じゃんたま)」において、先月までの1年間、およそ500局の対戦の中で私がアガった役満の回数はわずか5回であった。

役満とは、麻雀で最も高い点数のつく役のことである。
例えば、ポンやチーをしないで同じ牌を3枚×4種類をそろえる「四暗刻(スーアンコー)」や、東南西北をたくさんそろえる「四喜和(スーシーホー)」など、どれも確率的に極めて発生しにくいものばかり。アガるにはよほどの幸運と、少ない可能性に賭けて勝負に出る姿勢が求められる。

冒頭で役満アガリがわずか5回と書いたが、これは決して少なくない。100局あたり1回、という数字はむしろ多すぎるくらいかもしれない。それほど「役満」は出にくいのだ。この牌を含めてアガリなさいという指定がかなり厳しく、容易にそろえることができないからだ。

ところが……
昨日、一昨日と2日連続で出てしまったのである。

大三元 ツモ 三人南 2021/5/27

国士無双 ロン 三人南 2021/5/28

1枚目は一昨日の大三元(白發中を3枚ずつ)、2枚目は昨日の国士無双(一・九・字牌を1枚ずつ)。今回はどちらも三人麻雀。三人麻雀では、四人麻雀に比べて使用する牌の種類が少ないため、同種のものを揃えやすいという利点があるものの、それでも役満は極めて稀である。

昨年は1年間で5回しか役満をアガれなかったのに、どうして急に2回もアガることができたのだろうか……
もちろん、ひとことで言ってしまえば、運がよかったということになるだろう。
しかし、いくら運がよかったからといって、これほど稀なイベントが短期間に集中するものだろうか?

統計的な理由

統計的な面から考えると、100局に1回のような頻度の低いイベントは、正規分布にならない、ゆえに、次に同じイベントが起こるまでの時間には大きなバラつきがある、という理由が挙げられる。そのため、もし今日役満をアガったとしても、次回役満をアガるのは明日かもしれないし、200日後かもしれない。次がいつかはわからないのだ。だから2日連続でアガることがあっても別におかしくはない。偶然は起こりうる、運がよかったのだ、という説明になる。

しかし、これは純粋に偶然で成り立っているイベントについての説明なので、完全には当てはまらない。麻雀は確かに偶然性に支配されるゲームだが、それだけではない。持ってくる牌は選べないが、捨てる牌はいつもプレイヤーが選んでいるからだ。そこには人の意志が介在する。確かに、役満にアプローチするチャンスが巡ってくるかどうかは純粋な偶然である。しかし、他のアガリ方を捨てて、役満を狙いにいくという決断は人間の心理的な作用によるものだ。

心理的な理由

私は、昨年までと比べて、スタート時に役満のことを考慮するようになってきていた。つまり、開始時の手牌を見て、役満のチャンスがあるかどうかをチェックするようになっていたのだ。

そうなった理由の一つは、役満をアガったときの気持ちよさに取り憑かれたからだ。中毒と言ってもいい。役満中毒、ヤク中である。役満は乱用することができないので、比較的安心(?)だ。もし乱用できたら、それはそれですごい。

もう一つは、役満が狙える手牌というのは、役満を諦めて普通のアガリに向かうには中途半端に手数がかかることに気付いたからだ。役満の役は、一・九・字牌など普段はあまり使わない牌で構成されたものがほとんどだ(国士無双はその好例)。したがって、役満のチャンスがある手牌には、普通のアガリに不要な牌がたくさん含まれており、それを捨てるのにターンを消費してしまう。そのため、無理にアガリに向かおうとすると、もっと早い段階で手牌をそろえていた他のプレイヤーにアガリを振り込んでしまうこともしばしばである。役満を狙うのと同じくらいリスクがあると言っても過言ではない。

国士無双 配牌 2021/5/28

図は、昨日の国士無双をアガった局のスタート時の手牌。一・九・字牌が多いのではじめから国士無双を狙いにいった。この判断が功を奏した。

上記のことに気付いてから、私は、必ずスタート時に役満の可能性を検討するようになった。その結果、幸運にも偶然(100局に1回程度の偶然)が2日連続で巡ってきたときに、役満のチャンスであると正しく認識し、役満にアプローチすることができたのであった。

幸運を引き寄せたのか?

これは、自力で役満を引き寄せたということではない。そうではなくて、巡ってくる幸運をつかむ心積もりができていたというだけのことだと思う。つまり、あくまで幸運は統計的な偶然によってもたらされた。そして自分は、役満のチャンスがあるかを検討する心理的な癖がついていたことによって、それに気付くことができた。幸運を拾い上げることができたのだ。

これはセレンディピティーの一種であると考えられる。セレンディピティーは幸運に気付く能力、といった意味の専門用語だ。
自分はこれを、“滅多にないほどの幸運は、本当に滅多に起こらないものなので、あらかじめ心積もりをしておかないと見逃しますよ” という意味に解釈している。

今回の2日連続役満はまさにセレンディピティのなせるわざだったのだ!

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