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#97:エーリッヒ・フロム著『悪について』

 エーリッヒ・フロム著『悪について』(ちくま学芸文庫, 2018年)を読んだ。原著が刊行されたのは1964年。フロムの著書で現在文庫本で入手できるのは本書のみではないだろうか。

 本書は暴力の問題を取り上げるところから始まって、ネクロフィリア、ナルシシズム、近親姦的固着(母親との共生的固着)という3つのタイプの悪性の退行的現象が個人に、そしてとりわけ社会にどのような形で現れるか(実際に歴史上に現れたか)を考察するものである。原著が刊行されて50年以上経過しているわけだが、フロムが「衰退のシンドローム」と呼ぶこの悪性の退行の三つ組は、驚くほど現在の社会状況にも広く認められるように思われる。こうしたフロムの先見性の高い洞察は、しばらく前に読んだ『生きるということ』にも引き継がれているが、フロムの懸念は残念ながら懸念に終わらずに現実化してしまっていると言わざるを得ないように思う・・・。

 私見では、本書の白眉は第6章「自由、決定論、二者択一」である。解決困難な存在論的な矛盾を抱えていることを人間の本質と考えるフロムは、その矛盾を解消するための不可避的な努力の一方が前章まで取り上げた退行的傾向であり、もう一方が前進的傾向であることを、「自由」の問題を論じる形で説く。ここでフロムが説く「自由」の問題は、時代を超えて、ドンネル・スターンの「関係性の自由」のテーマに引き継がれているように個人的には思う。そして「衰退のシンドローム」との対比でフロムが描き出す「成長のシンドローム」には、スピノザ、マルクス、フロイトがそれぞれ自らが取り組む問題として引き受けた思索を引き継ぐ、ヒューマニストにしてモラリストとしてのフロムの姿がよく現れているように思われた。

 本書は、フロムが何と闘い、何を目指そうとしていたのかが、比較的コンパクトに書かれた良書であると思う。折に触れて読み返したい。