#572:佐藤俊樹著『社会学の新地平 ウェーバーからルーマンへ』
佐藤俊樹著『社会学の新地平 ウェーバーからルーマンへ』(岩波新書, 2023年)を読んだ。最近、新聞に掲載された著者へのインタビュー記事を通じて本書のことを知り、読んでみた。
著者の本を読むのは初めてだが、名前だけはずいぶん前から知っていた。15年ほど前に、社会学を専門としていた友人に、ルーマンについての本を読みたいのだけれど適切な本を紹介してもらえないかとメールで尋ねたところ、返信でたくさんの情報を教えてくれたのだが、その中に著者の名前があったのだ。で、著者のことはずっと気にはなっていた。
本書の中心は、ウェーバーにある。ウェーバーが提起して自ら回答しようとした問いは、まだ十分には答えられていないこと、特に日本のウェーバー研究においては軽視されてきた側面があること、ウェーバーの問いを引き受けて、それに答えることを試みた、そして成果を挙げた重要な存在がルーマンであること等々が本書において述べられている。
中でも、最も注目すべきなのは、ウェーバーについての従前の一般的に受け止められてきたウェーバー像とは異なるウェーバー像を描き出していることだろう。著者が描き出すのは、思想家としてのウェーバーではなく、あくまでも実証的な社会科学者としてのウェーバーである。そのために、ウェーバー一族の歴史や、社会学者としての本格的な仕事を始めるまでのウェーバーの歩みが資料に基づいて丁寧にたどられていて、その論述には説得力がある。
著者にこのような読みが可能になったのは、ウェーバー没後100年を過ぎた時代の変化と、本国でのウェーバー研究の深まりという背景もあるのだろう。本書における日本の過去のウェーバー研究に対する論評には厳しいものが含まれているが、とりわけ大塚久雄氏のウェーバー読解に対する論評は手厳しい。
実証的社会科学者としてのウェーバーを描き出すうえで、本書で著者が大きく取り上げているのが「適合的因果」というウェーバーの方法論である。それがウェーバーによる独創というわけではないことも示しつつ、現代の数理統計的な考え方にもつながる、焦点を当てている問題に関連する変数の特定とその統制を行いつつ因果関係を推定する作業を、ウェーバーがその著作の中で具体的にどのように遂行していたかが丁寧に示されていて興味深い(私個人は数理統計的発想にはあまり馴染まないのではあるけれど)。
また、本書の重要なテーマの一つは、ウェーバーが提示した「資本主義の精神」の概念をどう読み解くかにある。それは、ウェーバー自身が立てた問いにウェーバー自身が回答として提示したものだが、その具体的な中身についてはウェーバー自身は十分には説明できなかったことを、著者は示していく。そして、これまで試みられた「資本主義の精神」についての読解の多くが不十分な点を抱えている点を指摘したうえで、自身行政組織の中での豊富な実務経験を持っていたルーマンこそが、この課題に独自の方法でアプローチして、ウェーバーには乗り越えられなかった(スペイン風邪で逝去することがなければもう少し先には進めたかもしれないとしても)限界を乗り越えて見せたというのが、著者の理解であり、本書の基本的な筋立てである。
ウェーバーからルーマンへという本書の主題は、主として組織論という形で論じられている。しかも、法実務や経営実務や行政実務という観点からの議論が中心でもあり、正直なところ、どちらかというと“思想家としてのウェーバー”というイメージを強く抱いていて理論的なことへの関心に偏りがちな私にとっては、特に第2章は関心を持って読み続けることが難しい場面がないでもなかった。
しかし、著者が描き出す従前とは異なるウェーバー像は、とても魅力的である。例えば、著者は次のように評している。
自分にはわかっていないところがある、このことをポーズではなく、心から感じて仕事に取り組むことは、本当に難しい。自戒をこめてそう思う。
一つの問いを、すでに解かれてしまったものとしてではなく、まだ十分には解かれていないものとして、何度でも読み解き直して、その問いへと取り組み直し、取り組み続けていくこと。そして、先人の問いをそのようなものとして、自分の問いとして引き受けていくこと、そして引き渡していくこと。こうした営みの意義と価値について改めて考える機会を得たことが、私にとっては本書を読んでの最大の収穫であった。
追記
私が著者の名を知るきっかけになった友人は、コロナ禍中に早逝した。彼はもともとウェーバーの宗教社会学を専門としていたはず。彼が本書を読んだらどんな感想を聞かせてくれただろうか。