#70:ヤン・プランパー著『感情史の始まり』

 ヤン・プランパー著『感情史の始まり』(みすず書房, 2020年)を読んだ。先日読んだ『感情史とは何か』も興味深かったが、本書もとても興味深く読ませてもらった。

 本書は、感情に関する社会構築主義的アプローチを一方の極に、普遍主義的アプローチを他方の極に配置する形で論述が進められる。社会構築主義的アプローチの代表格として文化人類学的なアプローチが、普遍主義的アプローチの代表格として神経科学的なアプローチが取り上げられているが、とりわけ、後者に対する批判的論述に力が入っている印象を受けた。

 神経科学の知見を、とりわけ通俗書の形で流布している知見を、人文学的なアプローチに安易に取り入れてしまうことの危険性を著者は繰り返し指摘している。私自身も、生半可な知識でしばしば満足してしまいがちなところを、反省しなくてはと考えさせられた。著者が具体的に取り上げている、エックマンの基本感情説、ダマシオのソマティック・マーカー仮説、イアコボーニらのミラー・ニューロンなどが抱える危うさ(怪しさ?)については、本書によってはじめて教えられた。

 「感情」という馴染み深いようで捉え所が難しいテーマについて、私自身の立ち位置とは異なる、歴史学という立場から切り開いて見せてくれる見晴らしは、私にとって新鮮で学ぶところが多かった。