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#83:中井久夫著『サリヴァン、アメリカの精神科医』

 中井久夫著『サリヴァン、アメリカの精神科医』(みすず書房, 2012年)を読んだ。本書は、著者が訳者として翻訳に関わり続け、紹介を続けてきたハリー・スタック・サリヴァンについて、訳出出版された本のあとがきを中心に再録した文章をまとめたものである。

 『現代精神医学の概念』『精神医学的面接』『精神医学は対人関係論である』『サリヴァンの生涯1・2』については私は既読であり、当然訳者あとがきも目を通しているはずであるが、こうして改めて一冊にまとめられた本として読むと、以前は通り一遍の読み方しかしていなかったなと、反省の念が湧いてくる。

 翻訳にあたって、著者ほど綿密な調査と入念な準備を行いながら仕事に取り組む人はそうはいないのではないだろうか。本書を読むと、著者がいかに深くサリヴァンを読み込み、他の追随を許さない深度にまで理解が及んでいるかを思い知らされる。私にとっては、本書を読んで、教えられ、気づかされ、考えさせられたことが山ほどあった。

 サリヴァンには、傑出した精神療法家(心理療法家)としての一面があるが、わが国の心理療法家(精神療法家)たちの間に、サリヴァンの実践を引き継ぎ、発展させた取り組みが、少なくとも自覚された形では、十分に根付いているとは言えないのではないだろうか。個人的には、サイコロジストの中から、サリヴァンの取り組みを創造的に吸収して発展させる臨床家や研究者が次々に現れてほしいと思うところである。

 ずっと未訳だった『パーソナル・サイコパソロジー』は、他の訳者チームによって『精神病理学私記』(日本評論社, 2019年)として出版された(原著も難解とのことだが日本語訳も相当に難解であった)。残る『精神医学と社会科学は融合する』が、著者が関わられる形で訳出出版されることを、心から願っている。