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#99:上川あや著『変えてゆく勇気 「性同一性障害」の私から』

 上川あや著『変えてゆく勇気 「性同一性障害」の私から』(岩波新書, 2007年)を読んだ。著者は、2003年に、日本で初めて、自らが性同一性障害の当事者であることを公表して地方選挙に立候補して当選を果たし、現在も地方議員としての活動を続けている。

 本書は、本書が出版された時点までの著者の半生を振り返る形で、著者が当事者として直面してきた困難さと、それにどのように向き合ってきたかの過程が、日本において性同一性障害(DSM-Ⅴでは「性別違和」に改称)の社会の中での位置づけがどのように変化してきかたの歴史と並列される形で、わかりやすく述べられている。

 本書における著者の主要なメッセージは、社会の中の少数者の声を丁寧に聞き取ることの大切さ、そうした声を埋もれたままにしないように社会のあり方を変えていくために具体的な行動を起こしていくことの重要性、そうした行動の一つが広い意味での政治参加であることを認識すること、これらを読者に伝えることにあると言えると思う。そのいずれもが、著者自身の体験に基づき、体験に裏づけられて述べられており、その主張には確かな説得力がある。

 「ダイバーシティ」という言葉が近年よく流通するようになったと感じるが、実際には、価値観や生き方の多様性に対する不寛容さが同時に進行していると感じられてならない。コロナ禍がもたらした社会への影響の一つに、私たちのうちに潜む他者に対する不寛容さを、残酷なまでにあぶり出していることがあると思う。

 私たちの社会は、自由、寛容、共生といった価値を重んずる方向に進むのか、安全、秩序、統制といった価値を重んずる方向に進むのか、それらの間のバランスをどのように保つのか、あるいはそれらを止揚する道があるのか。私たちには、まだ選択の余地が残っていると信じたいし、私たちの後の世代のためにも、そうした選択の余地を確保し続けることが、そのために人々の間の最低限のコミュニケーションの機会を守り続けることが、今を生きる私たちに課せられた重い課題であると、ひしひしと感じさせられる。