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#91:吾妻壮著『精神分析の諸相 多様性の臨床に向かって』

 吾妻壮著『精神分析の諸相 多様性の臨床に向かって』(金剛出版, 2019年)を読んだ。本書には、近年の米国の精神分析の研究と臨床の動向を一般に関係精神分析としてまとめられるグループの動きを中心に紹介する目的に沿う著者の論文が、あわせて11編収められている。内容とは直接関係しないが、どうしたことか校正の不備と思われる誤字、脱字の類がこの手の本にしてはかなり多いのが残念。

 著者の立場は、関係精神分析の中核部分を、英国独立学派と米国対人関係学派に見るものであり、近年のポスト・クライン派、あるいはネオ・ビオニアンと関係精神分析の関心の接近に注目するなど、その目配りは広い。不勉強で視野が狭く偏りがちな私にとっては、教えられることが多かった。

 中でも私にとって勉強になったのは、第5章「現代米国精神分析とウィニコット」。私にはこの辺りの話題はあまり視野に入っていなかったので、これは少し自分で勉強してみなければならないと、新しい課題を手にすることができた。

 本書に再録された論文全体を通じて、著者は特定の立場に過度に肩入れすることなく著述のバランスをとることを心がけているようにも感じられたが、当然ながら実際には著者独自の考えや主張があることがうかがわれもするので、そのあたりをより前面に押し出したものが書かれることを、著者には期待したい。私が知らないだけで、すでに書いておられるのかもしれないけれど。

 わが国においても、精神分析臨床をめぐる生産的で活発な議論が継続的に交わされることを切に願いたいので(実際にはいろいろと難しいようではあるけれど・・・)、著者にはその旗幟をより鮮明にしていただいたうえで、論客の一人としてさらに活躍されることを期待したい。