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#78:伊藤亜紗編『「利他」とは何か』

 伊藤亜紗編『「利他」とは何か』(集英社新書, 2021年)を読んだ。執筆者は、編者の他に、中島岳志、若松英輔、國分功一郎、磯崎﨑憲一郎の5名。共同研究プロジェクトから生まれた本とのこと。

 それぞれの論者で領域もアプローチも異なるが、執筆者たちに通底しているのは、他者との関係の持ち方、自分自身との向き合い方において、不確実さに委ねる覚悟ということではないかと思う。

 私自身の関心領域で言えば、それは心理療法におけるクライエントとセラピストの関係のあり方に通じる問題である。近年ますます勢いを増しているように思われる、いわゆるエビデンスを重視するアプローチや、「効果」を追求するアプローチにおいては、セラピストが提供するもの、提供できるものをいかに適切にクライエントに届けるかということが最も重視されているように、私には見える。

 しかし、そこには問われるべき問いがあるように思う。セラピストが提供するもの、提供しようとするものが、果たしてクライエントにとって適切であるかどうか、どの程度に適切であるかの問いである。そして、この問いは、セラピストがひとり自らに問うことで閉じてはならず、クライエントによって問われ、クライエントとセラピストの間に話し合われるべき問いであると思う。そうした問いや対話が近年は軽視される風潮にあると、私は強く憂う者である。

 「利他」とは、自分の目の前にあるもの、そこで自分の身に起きることに、次に何が生じるかがはっきりとはわからない不確実性に向き合いながら、それでもそこに自分に活用できる力を注ぎ込んで積極的にコミットしてゆくこと、そこで生まれてくるものを、相手と自分との間で分ち持とうとすること、そういうことなのではないかと、本書を読んで、改めて考えさせられた。