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Weis Wave

David H. Weis は世界的 Wyckoffian であった。「であった」というのは2020年に78歳で世を去ったからである。実は私も Weis の死を知らなかった。

大学院で英文学を修めているときに、友人の誘いで何気なく始めた先物取引所でのアルバイトが Weis にとって人生の一大転機となった。チャート分析就中なかんずく Wyckoff Method の虜となり、100余年以前の Wyckoff の市場分析を21世紀のマーケットに適用することがそのライフワークとなったのである。その集大成が自身が開発した Weis Wave というインジケーター類と「Trades About to Happen: A Modern Adaptation of the Wyckoff Method」(2013)と題する書物である。

日本人トレーダーは、ダウやグランビルやエリオットは好物だが、ワイコフを敬遠するきらいがある。思うに、ダウにしろエリオットにしろ、主観的かつ曖昧なところが日本人の気質に合うのだろう。「私はこう数えますが、そういう考え方もありますね」といった風に、議論や喧嘩を避けることができる。一方でワイコフはというと、合理的で論理的で白黒が明白だ。正解か間違いかがはっきり分かれる。日本人がそれなくしては生きて行けない「言い訳」「言い逃れ」の余地がない。そのあたりの事情が日本人にはそぐわぬのではあるまいか。

Weis Wave という秀逸なインジケーターがこの国にもたらされなかったのは、日本のトレード環境の貧弱さに起因する。海外では、TradeStation、Ninja Trader、Think or Swimなどのチャートプラットフォームでこれらのインジケーターを15年も前から使うことができた。この国にはまともなチャートプラットフォームは皆無である。松井証券を見よ、SBI証券を見よ、楽天証券を見よ、以下省略。

Trading Viewという❝黒船❞のおかげで、ようやく事情が少しばかり変わり始めた。何度でもいうが、日本のテクニカル分析環境は、海外より10年以上遅れている。

MT4版はありませんか?というのが必ず数人は現れるので、ついでのように付言するが、有料無料取り混ぜてMT4やMT5で使えるものがあるようだ。使ったことはない。使い勝手や精度については一切知らない。

ちなみに、TradeStation、Ninja Trader、Think or Swimのものは、David Weis本人が監修し作成した有料版である。インジケーターの概要は次の動画から知ることができる。

Trading Viewにいくつかある Weis Wave は、無料なのはありがたいが、Weis本家のものではない。計算式や機能等も厳密には同じとは言えない。とはいえ、この国のトレーダーにとってこれがなしうる最善であろう。

Weis Wave は、チャート上に描かれるジグザグと、サブ窓に表示されるヒストグラムから成り立つ。上掲チャートに見る通りである。アルファベットとブルーの水平線は私が書き込んだ。自動では描画されない。緑と赤の数字は、累計(累積)出来高で、これはインジケーターが自動で算出する。

Weis 本家のインジケーターでは、ジグザグ波形の数値を裁量で入力しなければならない。これは、銘柄や時間軸さらには市場の地合いによって最適化することが求められる。これがハードルとなって Weis Wave を使いこなせないでいる海外トレーダーが実はとても多い。

上に紹介したTrading View用のインジケーターは、ATRを用いるという工夫がなされている。Trading Viewの練行足生成と同様のロジックである。もちろん従来のように個別に数値を入力することも可能だ。

Wyckoff は Point & Figure を好んだ。Weis は、それよりも練行足のほうがよいと言っている。Wyckoff は練行足の存在を知らない。当時はまだ海外にもたらされていなかった。さらに、Weis Wave は練行足との相性がとてもいいとも Weis は言っている。ジグザグ波形に練行足ロジックを採用することは、あながち的外れではない。

練行足とWeis Waveのジグザグ

上記した如く、数字はジグザグ波形のスイングにおける出来高の累計である。赤字は下降スイングの、緑字は上昇スイングの出来高の累計。サブ窓のヒストグラムは、それぞれの波形スイングに呼応しており、同じくそのスイングにおける出来高の累計を視覚的に表す。

これを要するに、値動きと出来高の関係性を視覚化しているということである。値動きと出来高の相関性・逆相関性、値動きと出来高の比例・反比例などと言い換えてもよい。つまりは、ワイコフ理論の肝を視覚化したのがこれらのインジケーターなのだ。ワイコフのお家芸 Tape Reading をインジケーター化したのである。今日風、日本式に言えば、板読み・歩み値である。

ワイコフ理論では、Effort vs Reward という。「努力対報酬」だ。大きな出来高(Effort)に反して小さな値動き(Reward)しか見られなかった部分を特に重要視する。

はじめのチャートを篤とご覧いただこう。

ジグザグのアルファベットとヒストグラムのアルファベットがそれぞれ呼応する。Aに至る下降スイングの累計出来高は「12076」であった。前回の「4408」の3倍ほど。しかし価格はこれより下がることなく陽線を形成した。2本目の陽線の始値でロングエントリーしてもよい局面だ。

AからBまでの上昇スイングの累計出来高は「8065」そこで一旦の頭打ちを見せ、3本の陰線が連続したあと調整局面となった。Cである。ヒストグラムを見れば出来高が激減していることが知れる。

Dに至る急な上げは出来高を伴っていない。ICTが言うところのDisplacement。FVGを形成している。上昇トレンドの始まりではなく、むしろSmart MoneyによるInducementを疑うべきであろう。

Eでは「6759」もの努力の甲斐なくDの高値を越えられなかった。Effortに見合うRewardが得られなかったということだ。この段階でロングの可能性はほぼなくなったと考えていい。ショートの機会を狙うばかりである。

直後にDの高値をブレイクする。ワイコフでいうUp Thrust、上方向へのSpring、ICTでいうLiquidity Sweep。大陰線のDisplacement出現、「9369」の報われない努力、大陰線のDisplacementが作ったFVGへの戻りでショート。利確の第1ターゲットはA。

当然ながら、Wyckoff Channelsと併用すると、優位性がある。

また、Weis Wave は、レビヤタンシステムのフラクタルブレイクの精度を高めるのにも大いに役立つ。

気が済むまでバックテストとデモを重ねて使いこなしていただきたい。

なお、10年前のDavid Weis本人の解説動画がYouTubeに残されている。

【追記】
Weis Waveにおけるジグザグ波形の形成について追記しておく。

ある通貨ペアで設定値を「10 pips」にすると、それが上昇のときは、価格が10 pips下がると上昇のジグザグ波形が終わる。「5円」に設定したある銘柄が下降トレンドの場合、価格が5円上がると下降のジグザグ波形は終わる。

つまり、設定した数値分逆方向に進むことによって、ジグザグ波形が描画される。これは、Wyckoffが好んで用いたPoint & Figureの考え方を基にしている。当然ながら、数値を小さく設定すれば、ジグザグ波形は細かくなるし、逆に大きな数値にすれば波形は大きくなる。

この稿で紹介しているTrading View用インジケーターは、デフォルトでATRを使用する。ATR分逆方向の値動きがあればジグザグ波形が形成される仕組みだ。「ATR]を「従来式」に変更して任意の数値を入力する場合には、チャート上に表示するインジケーターとサブ窓に表示するインジケーター両方を同じ設定にする必要がある。

【追記2】
上掲YouTube動画の中でDavid Weis本人が示してる実例を以下に紹介しておく。

「74」(単位は100なので7400)の出来高(Effort=努力)にも拘わらず、高値更新(Reward=報酬)できずに下げ始める。出来高は「13」「9」と減少。トレンド転換を確信して売りポジションを取るべき局面。

「56」(5600)の出来高はチャート上のどの売りの出来高よりも大きい。さらに、高値更新が止まって買いの出来高が「146」から「37」へと激減している。上昇トレンドの終焉とトレンド転換を視野に入れて、買い玉があれば手仕舞い、売り場を探し始める局面といえる。

下降トレンドが安値を更新しなくなってしばし横ばいとなった。そののち下方向にブレイク。◯の部分。ワイコフ理論でお馴染みの「Spring」つまり騙しのブレイクアウトである。「44」(4400)と直近5つの売りの出来高を上回るが値動きそのものは些少にとどまる。報酬に見合わぬ努力である。当然ここが底で価格は上昇に転じる。なお、「44」(4400)の売り出来高を伴った下降のジグザグの勾配が緩やかである点にも注意。売り方の努力(Effort)が大きかったことが知れる。しかしそれは報われない。これほど努力したのに値がこれ以上下がらないなら、価格は上昇するしかないのだ。

長方形で囲んだところは、買いの出来高がほとんど見られない。買い方が関心を示していない。購買意欲がない、需要がないなどと言い換えても同じことだ。結果として株価は下落する。「321」「237」(チャートは個別株で単位は1000)寄り付き後最も大きな努力(出来高)に反して株価は下げ止まった。その後短時間で「140」(140000株)買われた。これも寄り付き後最も大きな数字である。かなりの確からしさで底を示唆すると考えてよい。

ローソク足を非表示にして、Weis Waveのジグザグと出来高だけを見ても十分トレードできる。「82」の買い圧力に対して売り圧力は「40」「32」と半分以下に減ってゆく。板や歩み値をイメージするのもよかろう。買いの約定がが売りの約定をはるかに上回っている状況だ。「8」にいたっては、売り圧力がほぼない。つまり、これ以上下がる可能性がほとんどないということだ。ここを背に、すぐ下に損切りを置いて、買えばよい。

WyckoffはTape Readingに関する本の中で、相場の力学を知るためにTapeを読むと言っている。板・歩み値と置き換えて考えて大差ない。さらに、Weis Waveはそのためにあると言ってもいい。買い方が価格を上方向に引っ張ろうとする力(”pulling force")と売り方が価格を下方向に引っ張ろうとする力が、相場の力学を生み出す。チャートの青丸を見ると、買い方の上方向への”pulling force"は「11」、売り方が下方向に引っ張ろうとする力は「72」と知れる。Wyckoffは著書の中で、より大きな”pulling force"の方向に臆することなくついて行けと教えている。

さて、上のチャートはこのあと上昇したか、それとも下げたか。◯がヒントである。「39」のあと一応安値は更新したがその努力に見合う値動きとはいえない。「9」は売り方の下へ引っ張る力が尽きたことを示す。その後チャートは―

次のチャートは、このあと上か?はたまた下か?

ヒント。

売り方の”pulling force”が弱まっていることが見て取れる。「6」のあとに「22」とあるが、価格は全く下がらなかった。そしてその後の値動きは―

「22」のforceでこれ以上下がらないというのは、これがactiveな売りではなくpassiveな売りだからだ。具体的には、下降トレンド中にロングして掴まってしまったトレーダーの損切り・手仕舞いの売りであるからだ。ワイコフ理論ではこの状況を「absortion」と呼ぶ。

では、この後の値動きはいかに読めるだろうか。

正解は、下。

買いのpulling force「28」対売りのpulling force「47」
明らかに売り方が優勢。買い方の「37」は無駄な抵抗に終わって、買い方はすっかりあきらめたか「6」「6」と買いの出来高はほぼなくなった。

下は逆のケース。買いのforceが売りのforceを大きく凌駕している。

次の例のように、「7」対「45」と売り方優勢が明白でありながら、買い方が巻き返すことがある。「56」によって高値更新。上昇継続かと思わせるが、続く「6」で買い方が勝負を投げたことが見て取れる。

次のクイズ。上か?下か?

正解は、下。

ヒストグラムを見ると、大きな出来高(Effort)と値動き(Reward)が反比例していることがわかる。チャートの最後のバーは高値をブレイクしているものの、買いの出来高(緑のヒストグラム)がほとんどない、つまりフェイクであることがわかる。価格はこののち下がる。

上の例では、「20」(200万株)という異常に大きな数値に注意する必要がある。通常の買い方/売り方の攻防とは考え難い。Smart Moneyによる「accumulation」(玉集め)であろう。これほど大きな売りにもかかわらず価格は下げていない。典型的な仕手筋による操作である。

【追記3】
WyckoffともWeisとも関係はないが、Tape Reading関連で付言する。Wyckoffの同時代人であったWilliam D. Gannに「Truth Of The Stock Tape: Study Of The Stock And Commodity Markets With Charts And Rules For Successful Trading And Investing」(1923) という著作がある。

Gannと聞くと、占星術や魔法陣やピラミッドを連想しがちであろうが、この本は極めて常識的で正攻法である。WyckoffやLivermoreがしきりにやっているTape Readingについて、Gannが独自の見解と手法を開陳する内容である。

前半はトレードの心得について書いてある。この部分は常識的な正論ばかりだ。今日のトレーダーならだれもが聞いたり読んだりしたことがあるであろうアドバイスだ。

肝心の手法の説明になると、Gannの他の著作同様、読んでも皆目わからない。おそらく100人中99人は理解できないかと思われる。この【追記】で詳説するのは到底無理だが、本稿との関連で1点だけ指摘しておく。

Gannの主張は、実際にTapeなど読まなくてもチャートを見ればわかるというところにある。板や歩み値を見ずともチャートにすべて現れているということだ。これは実際にTapeを躍起になって読んでいたWyckoffやLivermoreに対するGannなりの回答であった。

Tapeなど実際に読まずとも、価格と出来高の関係はチャートに現れているというのだが、そのもっとも顕著な例をGannは「divergence」だという。価格と出来高のダイバージェンスに注目せよ、と。Gannのこの洞察は、本稿で紹介するインジケーターを活用する際に、重要なヒントとなるであろう。

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