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貝原郁夫

貝原郁夫は、今、貝原郁夫という名とモヤモヤとしたビジュアルを与えられたことにより、これからどうするかを俺と共に考えることになる。
まず貝原郁夫は病院内にあるコンビニに務めている。貝原郁夫は大した仕事はせず、そんなことよりも人柄の良さを武器とし、それを他人に押し付けるようにすることで、この時点で貝原郁夫は人柄がよいことになったのだが、これを具体的に取り決める必要はなく、その理由として貝原郁夫の人柄の良さ自体が絵にかいたような人柄のよさで中身がさっぱりないからであるのだが、それはよしとして、とにもかくにも、他人からいい奴だと思われることで労働を怠っていたのである。それが効率的かどうかは分からないが、そもそも貝原は効率的かどうかというものさしで物事を図る連中のことを馬に轢かれて死んだらいいと思っているので、そんなことをハナから気にしていない。
効率性というものからかけ離れたいと願う貝原は、無意味なことを自ら繰り返すようになっていて、例えば、急遽営業先のお客さんが来るので事務所の間取りを変えなくてはならないといったときに、貝原は椅子やデスクの訳の分からない部分を担いだりして、他人から見るととてもしんどそうなだけの持ち方をするのである。「こう持った方がよくないですか?」と言って、机と椅子を同時に持ってそのやり方を示した後輩の田所由美の顔面に唾を吐いたが、そんなことは田所由美知以外知る由もなく、これを皆に知ってもらわないと損だと貝原は考えた。こんなにも逸脱したことをやってのけたのに、そのことを田所由美しか知らない。しかも田所由美は突然唾をかけられたことがあまりにもあり得なすぎて、アドバイスをしたら顔に唾が飛んでくるというのはどう考えても起きるはずのないことで、なにかのまちがい、だと自分の中で処理をしたのである。その証拠に「くしゃみですか?」と聞いて、貝原は思わず「ティッシュ、ティッシュ」と言ってしまったのだ。

レジに突っ立っていると、短髪で黒縁眼鏡をかけた色白で細身の医者がやってきた。この医者の肌はいつも乾燥している。こいつの声を聞いたことがない。
この医者は毎回サラダチキンとサラダを買う。逆に卑しいように思えてくる。「520円です。」というと、財布から正方形に折り曲げられた千円札をひょいと投げる。釣銭皿以外のところに投げたりすることもある。貝原はそれを手に取り、札を広げる時に、この医者の靴を舐めているような感覚に毎度の陥る。以前そのことをスタッフの遠山さんに告げると、「あの先生の診察受けたことあるけど、意外といい人よ。損するタイプの人ね。本当はあんな人じゃないのに。」と言った。貝原は、目の前で行われた悪事に対しそいつがどれ程のこだわりを持って行動しているかをよく考える。そしてそれがそいつにとって正義だと理解できた場合、手出しが出来なくなるということが多々ある。意外といい人、というのは千円札を投げる、という行為をどれだけフォローできるのだろうか。分からない。
貝原はお釣りの480円を医者の顔に投げつけてやった。医者がそれからどうしたのかは分からない。手に負えない。
医者がレジから離れていって、背中が小さくなっていくのを俺は見ていた。貝原があっ、と言った瞬間、エレベーターから九頭の馬が全速力で降りてきて、医者は轢かれて死んだ。最後に降りてきた馬が足を止めて買い物袋から飛び出たサラダを食べていた。
「意外といい人だったのにね。」と遠山さんは言った。


落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。