書道のこと。

年末年始、娘が帰ってきて野菜を切ってくれていた。
刃先が曲がっている。
後ろから手を添えて直す。
いらない力を抜いて。
潰さない。
刃先はおへその前に。

書道みたいだと思った。

そうか。やはり子らには書道を習わせてあげればよかった。

私は書道が好きだった。
6歳で始めて、高校に入る前まで習っていた。
行くまでが嫌だったけど、いざ座って書き始めると止まらなかった。
何かを思い出したり、周りを気にしたりの時間が少しあって、だんだん、なんにもなくなる。
紙と、墨と、筆と、自分。
紙と、墨と、筆と、自分。
先生に見せる。
朱で直してくれる。
今度は、先生と、筆と、朱と、紙。
先生と、筆と、朱と、紙。
先生は、言葉で少し説明を加えながら、やって見せてくれる。
何度も何度も。
それを読み取る。
この時間も好きだった。

私は人の感情や機嫌の良し悪しをひどく気にする子供だったけど、
この先生の機嫌の悪かったという記憶がない。
怒ったという記憶もない。
けっこう厳しかったと思う。
挨拶とか、靴を揃えるとか、元気でふざけてしまう子とか、注意はされる。
でも、怒ってないから、怖くない。
怖くはないけど、言うこと聞いちゃう。
そんな怖くなかったので覚えていないのかも。
ともかく、紙と、墨と、筆と、自分でいられる時間に集中できた。
終わると頭がスッキリした。

それで今度は野菜を切るとなると、
筆が包丁に代わるだけ。
相手がネギなのか大根なのか、それぞれの感触に手の動きを合わせる。
いちばん力の抜ける姿勢に整える。

何か一つのことを習っておくのはこのように大切なのかと、また一つ腑に落ちた。