見出し画像

文筆家のハードル

ざっくり言うと、父は文章で飯を食う人間だ。
その一人息子である僕は、保育園で最も早く文字が読めるようになり、自作のキャラクター「びーだまくん」が世界を旅する絵本の製本に勤しむ園児となった。
至って自然な発育だと言える。

だから、僕が「小説家になりたい」とか言い出すのも、時間の問題だったのだろう。

僕が「小説家になりたい」と言うと、父は決まって言う。
「たくさん本を読みなさい。どんな人に対しても、恥じることなく『たくさん本を読んできた』と言えるくらいに」
小学2年生くらいの僕は「まだ年若い僕が読むことができる量は多くなく、今、この今の瞬間書きたいんだ」と主張した。
不思議なもので、今であれば、そんなに小説家になりたいなら書けばいいと思うが、9歳のなまちゃには、父が文筆の全てを知っているように思えたのだ。

そんなに言うなら、と父が出してきた課題。これが僕を作文嫌いにした。

1日1ストーリー800字完結を、書き溜め禁止で1週間継続する。

これがどれだけ難しいか、想像して欲しい。
正直3日くらいなら行ける。
ただ、書き溜め禁止でその日に浮かんでくるアイデアだけで、800字を埋め切る。小学生2年生が、だ。
いったいどんな出来事とボキャブラリーが、7日間×800字を埋めてくれるのか。

いや、ハードすぎん?

正直今のなまちゃにもできるか怪しいところだ。仕事と両立は絶対無理。
これで父は、インプットの重要性、本を読んでボキャブラリーを獲得し、人生のさまざまな経験をネタに転化する小説家のエンジンと言える部分をわかって欲しかったのだろう。

あるいは、小説家の挫折。
どんなに頭を捻ってもいいアイデアが出ず、机に突っ伏す体験。
これを知っておいて欲しかったのかもしれないな。

僕は4日継続した後、原稿用紙の表を埋めた時点で手が止まり、小説を書くのをやめた。

その後、僕は二度と小説家になりたいなんて言わなくなった。

でも、その後の人生で僕は知っている。
父が田舎から出てきて、いろんな夢を持って「東京」と戦って、いくつかの挫折と成功を味わって、僕が生まれて。
そうして僕を甘やかして育ててくれていたことを。
早めに折ってくれたんだと思う。
小説家の挫折はしんどいからね。

でも結局、今父は文章を書いて飯を食べている訳だ。好きなものからは逃げられないってことも父が教えてくれた。
父さん、今日はなんとか800字以上書けたよ。

連載は週に一度だけ。
一応文筆家かな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?