お茶あれこれ230 2017.0818~0910
1. 漆の酒杯
葛の花だけを籠に入れた。客も今年初めてと言ってくれたが、実はこちらも朝落ち葉掃きの時に眼に入ったもの。桜の落葉は、ご近所で家庭菜園を楽しんでいる方が引き取ってくれる。そこの道路脇の木に巻き付いていたもの。ほのかに甘く爽やかな香が漂う。繁殖力の凄さから皆に嫌われるが、これほど役に立ってくれる植物は他にあるまい。神様が下さった恵と思いたい。葛湯、葛切り、葛餅、葛菓子として美味しいだけでなく、とろみをつける絶品でもある。花も根も生薬としてよく知られている。葛布は平安の昔から織物として使われ、あの這い回る蔓は籠などを編む材料でもある。何といってもあの葉が、昔から和歌や屏風絵に表されてきた。酒井抱一の夏秋草図屏風である。尾形光琳へのオマージュとして風神雷神図屏風の裏に描かれ、風に吹き飛ばされる蔦や裏返る葛の葉の美しさは、他にはない。和歌も、万葉集から新古今集、現代まで数多く詠まれている。茶の湯から外れるようにあるが、花から和歌への連想と物語を紹介する。赤染衛門から和泉式部へ宛てた歌。
「うつろはで しばし信太(しのだ)の森を見よ かへりもぞする 葛のうら風」
(橘道貞様が去ったからといって、あなたのもとに冷泉天皇の皇子敦道親王様が通ってくると聞いたけれど、おやめなさい)と忠告している、「信太の森」は和泉の国を指し、夫橘道貞は和泉守だったことがあるので、ここでは道貞を指している、移り気になるのは止めなさい、暫く道貞様を見ていなさい、葛の葉が風に吹かれて白い葉裏を見せ裏返っているように、きっと帰ってきますよ、と世話焼きおばちゃんは言う。赤染衛門は理知的な女性で、知性ゆたかな歌を詠むと知られる。20歳若い、当時評判の美人和泉式部は、理論よりも感性ゆたかな歌を詠むと評価される、その返歌。
「秋風は すごく吹けども 葛の葉の うらみがほには 見えじとぞ思ふ」
(秋には飽くが掛けられ、うらみには恨みと裏見が含まれる)道貞様からは本当に飽きられてしまったみたいなんですよ、もう戻ってはきませんよ、でも葛の葉が裏返るみたいに、恨んだりもしませんし、心変わりして敦道親王様を受け入れたりもしていません、そんな風に見えないように気を付けるわ。実際は、当時はよくある話ではあっただろうが、そんな事実よりも、葛の葉だけでこんな話ができると楽しい。
不染斎随筆七巻に、ちょっと面白い話がある。「酒呑器ハ古代ハ皆土器(かわらけ)ヲ用ユル事ナリシニ弐百年ノ前天正慶長ノ頃ヨリ宴会等ニハ漆器ヲ用ユル事ニナリシハ先祖古田織部正初テ酒杯ニ漆器ヲ製シ出スト云傳フ、其盃ノ形ハ今ノ世ニ通用ノ朱ヌリニテ内外トモニ金ニテ渦ノ蒔絵ナリ、此盃ヲ見テ利休居士モ盃ヲ新製ス、是ハ朱ヌリニ黒漆ニテ萩ノ模様アリ、・・」以下には、医師寺島良庵の「和漢三彩図会(日本最初の図入り百科事典)」に織部が茶道にて初めて作ったと掲載され、或る書に日根野織部正と記したものは誤りである、と。本文は、金で渦の蒔絵を施した朱漆の酒杯を織部が作った、利休も真似て朱漆に萩の模様を黒漆で描いた、と。
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