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組織再編に伴う契約の締結の要否

今回は、ごく普通の契約ドラフトに関するお話です。現場の担当者から、ある取引先が組織再編により名称を変えたので何か覚書とか取り交わした方が良いか?という質問を受けました。

取引先が組織変更などをすることによって、再度、契約を取り交わす必要があるか、若干、整理してみたいと思います。

取引先が名称を変更したときは常に契約書を取り交わす

法人の同一性に変更がないときや、法律によって権利義務が承継されるようなときには、再度、契約書を交わさなくて良い、この回答は法務担当者としては正しいと思います。個別具体的な組織再編行為をヒアリングして、契約書の取り交わしの要否を判断して伝えればよいでしょう。

しかし、取引先が名称変更したときは、再度、契約書を取り交わしてくださいも、実務上は間違いではないと考えます。理由は2つです。

一つは、取引先の管理。商号変更のみであれば、法人格の同一性に変更はないので、あらためて契約を取り交わす必要もありませんが、取引先が多くなればなるほど契約書の管理が煩雑になるおそれがあります。
また、あらためて契約書を取り交わす運用にすることで、新規取引の審査の業務フローを踏襲できます。実際、単なる企業の名称の変更でも、代表者が変更されたり、親会社が変更されていたりと経営環境が変化していることが多いですから、これまでの取引状況を見直すことで適切な取引先の管理に質するものと考えられます。

もう一つは対応のわかりやすさ。取引先の名称が変わったら、再度、契約書を取り交わす、という方法は現場の担当者にとってはわかりやすいです。名称が変わったかどうかにのみ着目すればよいからです。

事案ごとに契約書の取り交わしの要否を検討する

前記のとおり、取引先の名称が変更された場合には常に取引契約を見直すという対応は、実務上、間違いではないと考えています。とはいうものの個別具体的には既存の契約が変更後の取引先に適用されるかどうかは、法務担当として、きちんと押さえておかなければならないでしょう。

既存の契約書が名称変更後の取引先に当然に承継されることを前提に契約ドラフトの文言などを交渉する場面もあるからです。

商号の変更

商号とは、会社が営業を行うにおいて自己を表示するために使用する名称をいいます。この場合、法人格には変更がありませんので、契約書の取り交わしは不要です。

もっとも、商号の変更は、合併や会社分割、事業譲渡などの事業再編、組織再編に伴って行われることがあるので、単なる商号の変更か、そうでないかはきちんと確認しておいた方がよいでしょう。

吸収合併・新設合併

合併は、複数の会社が一つに統合させる手法ですが、具体的には方法として吸収合併と新設合併があります。どちらも合併した後に存続される会社が契約関係の権利義務を引き継ぐので、契約書の取り交わしは不要です。

吸収分割・新設分割

ある会社の事業を切り取って別の会社に引き継がせる手法です。別の会社が既存の会社である時は吸収分割、新しく会社を立ち上げる時は新設分割です。事業を切り取って引き継がせる点で、後述の事業譲渡と似ています。

会社法の規定により、切り取られた事業に関する権利義務が別の会社に引き継がれるので、あらためて契約書の取り交わしは不要です。

株式交換・株式移転

株式交換・株式移転では、取引先の株式の所有者が変わるのみで、取引先の法人格には変更がありません。あらためて契約書の取り交わすことは不要です。

もっとも、株式交換・株式移転では、経営事情に変化が生じていることが多く、実務上は、契約書を再度取り交わす流れになることが多いように感じます。

事業譲渡

「事業」を譲り渡す取引です。裁判所が判例として定義する「事業」は、以下のとおり、やや難解ですが、イメージとしてはある商品を販売する事業部が丸ごと他の企業に移転するようなものです。たとえば、事業部には、仕事をする場所があり、販売する商品が管理され、働く人がいて、取引先がいます。これらが一体として、別の会社に譲り渡されます。

(最高裁昭和40年9月22日判決より引用)
事業譲渡とは、 「営業そのものの全部または重要な一部を譲渡すること、詳言すれば、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営利的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に・・・競業避止義務を負う結果を伴うもの」という。

前述の吸収分割と形が似ていますが、事業譲渡によって取引先との契約などの権利義務は、当然には承継されません。再度、契約書を取り交わす必要があります。契約書を取り交わさなくとも、事業譲渡を承諾する書面を差し入れることもあるでしょう。

覚え方など

取引先の組織再編のたびに契約書をあらためて取り交わす必要があるのか、ないのか、覚えることも大変です。事業譲渡は、再度、契約書の取り交わしが必要で、それ以外は不要、と覚えておけば、まぁなんとかなるのではないでしょうか。

ただ、個別具体的に判断が難しくて回答に不安があるときは、「取引先の経営環境に変化があることも多いので、基本的には、今後取引を継続しようと考えている相手と既存の契約書を再度取り交わしておいた方がよい」と回答しておくとよいでしょう。

会社法の規定により、既存の取引先との権利義務が承継されるかもしれませんが、新規の取引先とあらためて契約書の取り交わしても違法ではないからです。


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