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【虎に翼 感想】第120話 多岐川の遺言

薫は、両親とはほとんど口をきかないが、大学には通っている。それだけでも汐見夫妻としては安心だろう。

その薫が、眠っている多岐川の傍らで一人涙を流している。
聞けば、恋人に母親のことを話したとたん、“血筋に問題がある” から結婚できないと告げられてしまったのだ。

薫が学生運動に没頭していたのは、おそらく恋人の影響が大きい。学生運動の男性たちは女性を性的対象とみなすなど、男性優位の中で進められていたようだから。
薫は自分の血筋を知ったとき、日本のことを “加害者” と表現し、自分は安全な中にいたのかと母親を非難した。日本と朝鮮に対する認識は、ずっと前から恋人と共有していたはずだ。
それなのに、母親が朝鮮人だと告白したとたん、恋人は自分を蔑んできた。恋人も結局、自分を安パイの中に置くことを選んだのだ。

そんな男だと早い段階で気づけて良かったのだ。これで薫は総括だなんだの深みにはまる前に学生運動から距離を置くことができたのだから。

香子が怒りをあらわにした。それは “チェ・ヒャンスク” の解放を意味する。
この数十年、香子は、ママ友でも近所の人でも、自分の周りの者たちが朝鮮(人)の悪口を話しているのを聞いたとしても、石のように黙っていたことだろう。薫にも隠していたのだから。

もうその必要はなくなった。そのことにより、香子だけでなく薫の心も解放されている。多岐川の言うとおり、これは愛なのだ。


多岐川が最後の力を振り絞って、少年法改正に反対する意見書をまとめることとなった。そのためには家庭裁判所設立に関わった者たちは協力を惜しまない。その者たちは多岐川家&汐見家に集まることとなった。

それは、稲垣と小橋が数十年ぶりに崔香淑と再会することでもあった。
竹もとでの寅子と航一の “結婚裁判” からの同窓会の日が思い出される。あのときは女子部の皆に加えて轟も参加していたが、稲垣と小橋は呼ばれていなかった。そのことへの答え合わせもできたのである。

数十年間隠されていた稲垣と小橋、陰で女房に逃げられたと噂されていた汐見。イーブンってことにしよう。

稲垣は岡山家庭裁判所長、小橋は鹿児島家庭裁判所長の任に就いていた。多岐川のためならどんな遠方の地からでも馳せ参ずる二人なのである。
その二人を抱き寄せる多岐川……もう二度と訪れない、最後の抱擁であった。

小橋…… “ミスター失礼” だった小橋が「失礼します」と言った……そして、ついこの間まで稲垣との出世の差を嘆いていた小橋が、稲垣と同じく家庭裁判所長になっている……こんなにうれしいことはないではないか……今日のこの抱擁を絶対に忘れないでくれ。


寅子たちが帰った後、ヒャンちゃんの兄、崔潤哲が韓国から汐見家にやってきた。終戦時に命からがら朝鮮から逃げてきて以来の再会である。薫が多岐川に頼んで連絡を取ってくれたのだ。
潤哲が韓国にいてよかった。昭和40年に国交が結ばれたから来ることができた。朝鮮戦争のときに北朝鮮に行ってしまってないかと気になっていたから本当によかった。

「みんな悪くて、みんな悪くない」
いろんなことが不可抗力だったのだ。これからは、すぐには難しくても、薫を連れて韓国へ行けることを願っている。

薫には、今まで知らなかった母のこと、母の国のことが新鮮で仕方がない。伯父から聞く母が若い頃気が強かったという話、食事の仕方など。

「声を上げた記憶は、自分の芯になる」と寅子に話していたヒャンちゃん。
思い返せば、明律大学が女子部の新入生の募集中止を発表したときも、「勝手すぎる!」と先頭を切って学長たちの元へ押しかけていたものだ。

戦後、日本へ戻ってきてからは息をひそめて生きてきたヒャンちゃんだから、薫からしたら物静かな人だと思っていたかもしれない。母と似ているところがあると知ってうれしそうな顔をするところは、新潟で優未が優三さんとお腹ギュルのところが一緒だと知ったときの顔と同じだった。

息をひそめて生きてきた汐見香子は、チェ・ヒャンスクとして真の自分を取り戻したのだった。


多岐川からの電話を受けた時点で、少年法改正についての桂場の結論はすでに出ていたのだろうか。
元東京家庭裁判所長で、かつ命の期限が迫っている多岐川と顔を合わせてしまっては、その結論がぶれそうになってしまうのか。
桂場が忙しいのはそのとおりだが、時間を作ることすらしなかった。

多岐川も断られることは織り込み済みだったかもしれない。それでも桂場に逡巡を起こさせることで、最後に “イマジナリー多岐川” として桂場の前に表れ、少年法の未来を託したのだ。意見書という名の遺言書を持って。

きっと多岐川はその足で、東京家庭裁判所の花岡家の絵を見に行っただろうな……。

愛の多岐川幸四郎……本当にお疲れさまでした。


次週予告
桂場は何を守ろうとしているのか。
美位子の裁判は、彼女の人生を前に進められるものとなるのか。
あのセーラー服の女子は、イマジナリー美佐江なのか!
航一はなぜ倒れている?そりゃ “はて” だな、寅子!


「虎に翼」 9/13 より

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