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#5 ヨツ|怪談・怖い話

10年前のまだ俺が大学生だった頃

ややおっさん臭いかもしれんけど、渓流釣りにハマってたんだ。

山奥でせせらぎと虫の声を聞きながら、竿を振る。

今思えば釣れる釣れないよりも、そういった場所に行く事がたぶん好きだったんだと思う。

渓流釣りに夢中になってたそんな頃

8月のお盆明けくらいかな、東北の山奥の方に渓流釣りに向かったんだ。

学生で金も無いもんだから、青春18きっぷ使ってローカル線乗り継いで
ローカル線から更にバス乗って、辿り着いたのは人口4,50人位の小さな集落だった。

有名なのは鍾乳洞と清流くらいで、まあ辺鄙で静かなところだったな。

とはいえ、渓流釣り好きの間では、そこそこ知れたところで、小さな辺鄙な集落ではあったけど、一軒だけ旅館があったんだ。

俺もその旅館に滞在して、4-5日大好きな渓流釣りをやろうと思ってた。

旅館は横溝正史の小説に出てきそうな、よくいえば趣のある、悪くいえばボロい建物で普通の観光客なら気がひけるようなそんな雰囲気だった。

旅館は女将さんと娘さんで切り盛りしていて、娘さんと俺の歳も近いこともあって、1泊目からビックリするくらい打ち解けられた。

ご飯が食べられて、寝られりゃ良いと思ってただけに、旅館に戻って他愛もない話ができるのは楽しかった。

それ以上に、ふつーに自分と同じくらいの女の子とおしゃべりできるだけで、まあ年頃の男なら楽しいって思うよなw

今思い出しても、途中まではただ楽しいだけの滞在だったよ。

1-2泊した頃だったかな。

洗面所から覗く中庭にある、妙なものが気になりだした。

それは倉庫にしては確りした建物で、日当たりの良い中庭にぽつんと佇んでいた。

凝った屋根は社のようにも見えたが、中庭にある社にしては大き過ぎて、窓まである二階建ての建物は誰かが住んでるような感じがあった。

女将さんも娘さんも旅館の母屋で寝起きしている。じゃああの建物は何なんだろう。

気になった俺は早速娘さん(以下A美)に聞いてみた。

「んー、倉庫かなんかじゃなかったかなー。小さい頃から近付くなって言われてるから、私もよくわからないんだー」

過去の記憶を頑張って思い出すような顔をした後、A美は少し申し訳なさそうに言った。

「誰かの部屋?離れってわけじゃないの?」

そんな俺の質問にA美は吹き出した。

「誰かってうちはお母さんと私しかいないよ。どこの怪談なのよ、それ」

余談だけどA美は本当に擦れてない。上手く嘘をつけるタイプじゃないので、たぶん本当に詳しくわからないんだと思う。

だが、その後A美は何かを思い出したらしく、少し気になる事を言った。

「あ、でも、ごめん。倉庫じゃないのかも。お母さんがご飯を持って入ってるの見たことあるから。仕事部屋なのかな?それとも何か祀ってあるのかも」

その日の夜中、俺はどうにも気になってしまい、中庭の建物の近くに行ってみる事にした。

その日は満月が煌々と光っており、夜なのに夜とは思えない程明るい夜だった。

夏虫の奏でる涼しげな音の中、さくさくと中庭を歩いていく。

手入れの行き届いた庭は、芝生すら無いものの綺麗に夏草が整えられていた。

建物は近付くと思った以上に古く、おそらくは母屋が建つ前よりも古いそうだったが、手入れが行き届いている、趣のある建物だった。

月明かりが鈍く建物を照らす様子は、どっかの重要文化財に指定されてもおかしく無いほどの風格がある。

(やっぱり社なのか?となると女将さんが運んでるのはお供えかな?)

納得のいく推測が出来上がり、明日女将さんに詳しく聞いてみようと戻ろうとした時だった。

2階の窓から光が差してるのが見えたんだ。

その日はたしかに月明かりが明るかった。

でも、明らかにその光は建物の中から漏れ出ているもので、、

どくん、と心臓が鳴った。

女将さんが中にいるのか?

でもなんでこの時間に?

疑問がぐるぐると頭の中を回る。

A美の言った仕事場説か。いやでもこんな時間にわざわざ母屋から出てする仕事ってなんだ?

緊張と好奇心とが胸の中でせめぎ合う。

でもその時の俺は若さもあって、好奇心が強く背中を押してしまった。

俺は建物の中に入ってみることにした。

観音扉の入り口を開けると、まず玄関になっていた。

中は月明かりが少し差し込むのみで、何とか足元が見えるくらいの明るさだった。

靴を脱ぎ玄関を上がる。

古い木製の床がぎしりと鳴って、心臓も跳ね上がる。

女将さんにバレずに探索するのは至難の業っぽい。

一階には他に目ぼしいものはなく、2階に通じる階段に目を向ける。

女将さんがいるのはこの先か。

音に気をつけながら階段を上ると、少しずつ明るくなっていく。

さっきの窓から見えてた明かりに近付いてるんだろう。

そして、俺は薄暗い部屋の中で、デスクに向かって背を向けた女性の後ろ姿を見つけた。

明かりはデスクライトと、ノートパソコンのモニターの明かりのみ。

これまでより明るいとはいえ、建物の中だし薄暗い。

でも、でもそんな暗闇の中でも気が付いてしまった。

(女将さんじゃない!)

当然A美でもない。後ろ姿でも判別がつく、着ているものも、いつもの2人の部屋着じゃない。

見た事のない着物、だった。

ぎしし。驚きのあまり後ずさりした際に、床が大きく軋む。

モニターに向かっていた女性がそれに気が付いて振り向く。

整った顔だと思った。

白く陶器のように綺麗な肌は月明かりが差してより美しく見えた。

でも、、俺は顔が引き攣ってくるのを止められなかった。

彼女には目が4つあったんだ。当たり前のように2つある目の下に目が更に2つあって、、

彼女は少し驚いた顔をした後、こっちを見て微笑んだ。

綺麗だと思う気持ちと恐怖とが入り混じって、思考がぼやけてくる。

微笑んで4つとも少し細くなった目までは覚えてる。

でもその日のその後の記憶は、今も思い出せない。

目が覚めると冗談じゃなく見知らぬ天井があった。

どこにいるんだ、と身を起こしたところで、渋い顔をした女将さんが俺を見下ろしていることに気が付いた。

状況が飲み込めた。ここは昨日の建物の中で、気絶した俺は今、目が覚めたとこなんだろう。

「どこまでみた?」

俺が謝罪の言葉を発するより先に鋭い言葉が飛んでくる。

夕飯の時に和やかに今日の釣果を聞く優しい女将さんは、そこにはいなかった。

俺はまずは謝罪し、正直に昨日の出来事を話す事にした。

俺から聞きたい事も当然あったが、自分の非がわからないほど子供じゃなかった。

「そう」

昨日の出来事を聞いて女将さんは短く呟いた。

そして、ようやく微かに笑顔を見せて言った。

「朝ご飯の時間になっても来なくて探しに来たら、まさかこんなとこにいるとはね、びっくりしたわよ」

「僕もびっくりしました。あの、あれ、いや彼女はなんなんですか?」

ようやく少し和んだところで、まず気になるところを聞いてみることにした。

女将さんは質問に対して少し考えた後、渋々話し出した。

「見てしまったものは仕方ないものね。これから言うことは10年は誰にも話さないでもらって良いかしら。約束できるなら、あなたにならこの話してあげても良いわ」

「もちろん話しません。だから教えてください」

どうせ見たものをそのまま話しても夢を見たんだろ、で片付けられてしまうに決まっている。

だから全く他人には話すつもりになれなかった。

こっからはやや信じがたい話も含まれるんだが

女将さん曰く、昨日見た彼女は集落の中で「ヨツ」と呼ばれるものだそうだ。

ヨツはこの集落で稀に生まれる奇形(女将さんの言葉を借りると鬼)らしい。

ヨツの特徴は名前の由来の通り四つ目がある事と、見た目だけ見ると殆ど歳を取らない事(昨日見た彼女も90近い年齢らしい)だそうだ?

それ以外はよくわかってない事も多く、ただ4つ目が異様なだけで、人に危害を加えるわけではないので、生まれてしまった家は、人の目に触れぬようにひっそりと育てるのだとか。

(かつては見た目から鬼だの何だのと変に畏れられてたけど、殊平成の世では、奇形の一つとして考えられるようになったようだった)

「今のヨツはね、さっき話したように90は越えてて、寿命は普通の人間と変わらないからもう長くないと思うのよ。で、今この集落少子高齢化で、うちの娘くらいしか若いのがいないでしょ」

なるほど、だから10年は話すなってことなのか。

「このままだとヨツは途絶えてしまう、と」

「うん。でもね、途絶えて良いものだとも思うの。ヨツは生まれた時から、外に出られなくて、そんなのすごくかわいそうじゃない、、」

たしかに生まれてからずっと外に出る事もなく、ひっそりと一生を終えるなんて、、

好きでそんな見た目に生まれたわけでもないのに、とても残酷だと思った。

「あんなに綺麗なのに」

最後にふと出てしまった俺の言葉に、女将さんは驚いた顔をした。

綺麗なものを綺麗だと思う事は間違ってるんだろうか。

女将さんからは10年は誰にも言うな、と言うことと、中庭の建物に近付くな、という事を約束させられた。

でも、悪いと思ってはいたが、俺はその一つを守る事ができなかった。

その日の夜も俺は中庭の建物に向かっていた。

滞在は明日まででどうしても最後に彼女に会っておきたかった。

昨日と同じように2階にあがると、来ることがわかっていたのか、彼女は僕の方を見るなり話しかけてきた。

「今日も来てくれてありがとう。昨日は驚かせてごめんなさい」

鈴の鳴るような、響きの良い声だった。

4つの目も少し微笑んでるように見え、会いに来て良かったと思った。

「こちらこそ不躾にお邪魔してすみませんでした。明日東京に帰る前にどうしても会いたくて」

どうしても会いたくて、なんて言葉がさらりと自分の口から出たのは意外だった。

それからは彼女の話を沢山聞き、また俺自身の話も沢山した。

もっと早く会いに来れば良かった。そんな事を繰り返し俺が話していたのは今でも覚えている。

とても一晩じゃ話し足りないくらい色んな話をした。

彼女の見てきたものは、パソコンのモニターの世界を通したものだけだった

が、なぜかそんな話でも、その日の俺は興味を持って聞く事ができたんだ。

「辛くないんですか」

空が白み始めた頃、俺はついポロッと突っ込んだ事を聞いてしまった。

そんな言葉に彼女は目を伏せ、少し悲しそうに微笑んだ。

「辛いですね。私は外に出られないし、お金を稼ぐ事が出来ないから、ただ姪(女将さんの事)の負担になってしまってるのが辛いです」

優しい人なんだと思った。

どうにかして力になりたいと心から思ってしまった。

俺はそんな事を自分なりの言葉にして彼女に伝えた。

「ありがとうございます。でも私、聞いてるかもしれないけどもう長くないんです。その気持ちだけで充分ですよ。それが聞きたかった」

そう言って彼女は俺に抱きついてきた。

落雁のようなほのかに甘い彼女の匂いに、夢のような現実が更に深まっていくのを感じた。

そこからはお互い気持ちを抑えられなかった。

不老というのは本当で彼女の肌は全く年齢を感じさせなかった(たぶん年齢って概念が普通の人とは違うんだろう)。

俺にとって、その夜はその前日の初めて会った夜以上に忘れられない夜となった。

「また会いましょう」

早朝ひぐらしの鳴き始める中、階段を降りようとする俺の背中に、彼女はたしかにそう言った。

もう会えないだろう、もっと早く会いたかった、数時間前までそんな事を2人で言っていたのに。

それから10年、つまり現在、俺は大学を卒業した後、無難に就職をし、そこで知り合った女性と結婚した。

子宝にも無事恵まれ、今年の春には産まれる予定だ。

ただ先日嫁の行ったエコーには気になるものが一つだけあった。

ここまで読んだ人にはピンとくるかもしれないが、なぜかあの特徴があったんだ。

因果があるのかは俺にはわからない。

ただあの日「また会いましょう」と彼女はどんな表情で言ったのか
それだけが気になって仕方がない。


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