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走れなくなった時間が、ランナーを再起動させる。

1月に走った距離、130km。
月の目標は2020年から125kmに設定したので、順調なスタート。

2月、77km。いきなり未達。

3月、167km。激務で首を痛めた2月の遅れを取り戻す。

4月、125km。マスクを付けて、達成。

5月、167km。順調。

6月、134km。順調。

7月、131km。順調。

8月1日〜14日、10km。どうした。

8月に入って、走れなくなった。怪我をしたわけでもなく、ただ、玄関でシューズに足を通すところまでいけない。
走れなくなると、自分がなぜ週に40kmも走れていたのかがわからなくなってくる。走れなくなる前までは、月に125km走るという目標設定が自分を突き動かしていた。その目標を達成するために、コロナ騒ぎ中もコーヒーチェーンをはしごして、コーヒーを買う度に押して貰えるスタンプを集めたり。人が再び溢れ始めた頃も、土砂降りの日を狙って人がまばらな瞬間を走って遊んだりしていた。
この数値目標は、フルマラソンを◯時間で走るとか、そういった目的で立てたものではない。走ることで自分の趣味が広がったり、買い物のし過ぎで金欠なのに東京を遊び尽くしている気になれたり、仕事付き合いでも友情でもないランニング仲間という距離感の人間関係が心地よかったりするので、自分を走り続ける状態にしておくための手段として、立てた。数字に背中を押され、走ることで日常を遊び尽くすための試行錯誤に夢中だったが、ついに”飽き”が訪れたのだろうか。

2019年に走れなくなったことは何度かあったが、そのときは仕事に強烈に追われていた。出社しなくなってそろそろ半年が経つが、走らない言い訳として仕事を使うには、少し勤務態度が悪い気がする。

人の幸福度はコミュニケーションが鍵というが、その点も以前より快適になった。
出勤していた時はフリーアドレス制で、大して知らない人間の隣を狙って座っていた。そして、雑談が失われたといったニュースもどこか他人の話のように聞こえるほどに、居心地の良い仲間との交流は公私問わずオンライン上でつづいていた。ちなみに、愛犬が一度に連続して顔を舐めてくれる回数は、300回程度から860回程度へ大幅に記録を更新している。

暑いとかアトピーがかゆいとか。今日走りたくない理由を探そうと思えばいくらでも見つかるものの、決定的に走れなくなった理由はわからないまま8月も2週間が過ぎつつあった。寝付けなかったまま迎えた土曜日の夜明け前に、思い立ってとある映画を観た。

「トリプルX:再起動(原題:xXx: Return of Xander Cage)」は、2017年に公開されたハリウッド大作だ。スキンヘッドで常にタンクトップ、筋肉とニヤケ顔が圧倒的ボス猿感を醸し出す主人公。その連れは、女好きの女スナイパー、一緒にいると楽しいイケメンDJ、SNS中毒のカースタントドライバーなどなど。トリプルXは一心同体!仲間のためなら電話一本で駆けつけるぜ!というノリである。

公開日に劇場で観ていたし、その後も数回見返していたが、それまでになく、刺さった。普段は好き勝手に楽しんでいる自分の趣味、いや、専門性を、各々が仲間のために使うこととか、どんな状況でも駆けつけるとか。そして、駆けつけて力を発揮するために、誰もが(結果的に)常に準備している、ということも。
言葉に起こすと臭いが、この状況下で見直すことで変に感動してしまった。スパイ・アクションという肩書なのに、味方サイドの面々が誰も欠けないどころか大した怪我すらしない(少なくとも終盤まで、ラストはぜひ確かめていただきたい)というのも、すごく好き。

観終わって30分後には、走り出した。朝6時半から営業しているコーヒースタンドを12km先に見つけたので、そこへ向かう。
日が出て間もない住宅街はマスクをしている人がいなくて、映画の余韻とともに、一瞬昔に戻ったような感覚になる。でも、数100m走って駅に近づけば、すぐに現実に引き戻される。

ランニング、時々散歩といった様子で新大久保、皇居付近、銀座を通りがかる。早朝と朝の合間の空気。ビルと雲の切れ間の夏夏しい日差しに、この数日前に都内で観測された二重の虹を思い出す。仲間たちがアップしていた写真でしか、見ることはできなかったけど。

墨田川のすぐそばにあった目的地のカフェは、こじんまりとした植物園のようで、あちこちで食虫植物が風に揺れていた。氷までコーヒーでつくられたアイスコーヒーをすすり、椅子が汗で濡れないかを心配しながら、長髪の店主と常連客の会話を聞き流した。

走ることはその瞬間を遊ぶことでもあるし、次に誰かと、あるいは一人で走るための準備でもある、ということに気づいた。
走れなくなった理由はよく分からないままだが、新たに走る理由は見つかった。次はどんな風に走れなくなるだろう。再び走り出す時に、何を見つけるのだろう。

8月30日現在、8月の走行距離は100kmを少し超えた。

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