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先行公開 対談「推しを描くこと」(2022/11/29まで限定公開)

はじめに


 紙の雑誌「かける人」では、仙台Atsukoさんに生誕イラストについての「推しを描くこと」という記事を書いていただいた。
 3次元の推しを2次元の絵に変えて行く過程が知りたくて、お願いした。
 そこで書かれていたのは、生誕イラストを描いていく上での情報の取捨選択や、自分だけの解釈ではなく他者の解釈とも一致しなければいけない難しさ、そして、推し事をすることで広がる世界についてであった。
 今回は、同じく瀬戸内方面のグループで生誕イラストを担当されている「松山のひろくん」さんにお話しを伺い、「推しを描くこと」の解像度を上げていきたいと思う。( 聞き手 中村辰之介)

写実とデフォルメ

― 今回の対談の為に改めて「推しを描くこと」を読み直しました。推しを絵というものに変えていくことの難しさ、取捨選択について考えさせられました。また、投射元である推しを自分という表象を通して、再度投射しなおした際に、絵を見た方々の推しメン像とのズレがいかに少なく済むかという苦労もありますよね。これって凄く言語化されにくいと言いますか、凄く賞味期限の長い絵なのに、その年の一期間で盛り上がっておわるのは凄くもったいないな、と感じておりまして、読んだ人の生誕イラストを見る時のポイントが一つでも増えれば良いな、というのが僕の感想でした。

仙台Atsuko( 以下 A) ありがとうございます。

松山のひろくん(以下 ひ) 正直、時間が無くて1回しか読めていなくて、その点は申し訳ないんですが。思ったのは、Atsukoさんの推しへの愛の大きさを感じました。あとは、高校生の時でしたっけ?書きたかったんだけど、周りの子の方が凄くって「自分なんか…」って風に(考えたこと)。
 それって、実は僕も同じ経験をしていまして。保育園の頃から物を作ったり描いたりするのは、好きだったんですが、中学生の時に物凄い上手なやつに出会うんですよ。他の小学校から来た子で。実はそいつは、今現在はもう辞めているんですがプロの漫画家になっていて。そいつの上手さを中学生の時に見て、「とてもこれはやっていける世界じゃないな」と思って、美術の先生の方に行った経緯があります。
 だから、Atsukoさんの記事に共感できる部分はありましたね。

A ありがとうございます。

― 仙台Atsukoさんは、実際に書いてみていかがだったでしょうか?

 情熱のままに最初から最後まで書いてみて、それから、文章を入れ替えたり、要らないところ削ったりしていこうと思ったんですが。やっぱり文章で伝えるのが慣れていないせいか途中で「あれ、こんなの読んで面白い人いるのかな?」と躓いたりしました。
 あとは、自分語りをあんまりすると読んでる人がつまらないと思って、あの形に行きつきました。出来上がったものを読んでみて、わたし普段、気持ち悪い感じの厄介オタクみたいなのに、綺麗なオタクになってるなっていう(笑)。
 でも、葵ちゃんを知らない人の眼に触れる可能性もあるので、「彼女の界隈はこんな濃いオタクばっかりなのかなあ」と思われるよりは良かったなと。自信作を書けたなと自画自賛しております。

― 読んでくださった方の感想だと、「イラストが良かった」という感想や栄方面のファンの方って、仙台Atsukoさんの推しの方を知らない方ばっかりなんですよ。そういう方が初めて知ったという方も多いです。
 知らない人達にリーチするという意味では凄く良かったと思いますし、「自分語り」とおっしゃってましたが、そこにグッと来たという方も多かったと思います。僕も含めて、推し事を始める時の初期衝動といいますか、そこの勇気や熱さに心が動く部分があるんじゃないかな、と思っております。
 さっき、松山のひろくさんが、凄い上手い方がいらっしゃってという話をされていたんですが、初期衝動と繋げていくなら、そこからどう推し事を初めて行ったのか、教えてください。

 僕がそもそも生誕に関わったのは4年前の舞Qの生誕だと思います。

 ずっとやってらっしゃるのかと。

 実は5回やってるんですよね。舞Qは生誕。1回目は実はまだ入ったばっかりだったので、生誕祭はないし、当時の生誕祭のメンバーがうちわとカードを作っただけの生誕をやっていました。その後に僕はコミュニティに加入しているので。1回目には関わってないんですよ。舞Qにとっての2回目の生誕に参加した時は、僕はまだまだ下っ端だったんで。下っ端という言い方も変ですけど(笑)。まだ駆け出しだったので、デザインしたのはメッセージカード1枚だけです。

 ええ~。意外ですね。

 メッセージカードも今みたいな写実的なものではなくて、精一杯かわいらしく書いたつもりの絵だったんですよ。

 えっ、意外です!

 でも、そのメッセージカードが自信もなかったし、あまりかわいい感じの絵が得意でなかったし。実際にその時、舞Qは4種類メッセージカードを作っていて僕のメッセージカードが一番人気がなかったんですよ。
 あんまり、表には出してないですけど、結構、ショックだったんですよね。
 その翌年の舞Qにとって3回目の生誕に関わる時に、少しでも周りのオタクだったり、生誕をお祝いしてくれる人達だったりが、「あっ、これ舞Qだよね」と思ってくれるように、考えてみたんです。「かわいらしい絵はかけないけれど、美術の先生やからデッサンできるやん!」と。写実的なものだったらある程度描けるじゃんと思って、写真をほとんどトレースした形で、あのスタイルで描いたんですよね。

 え~、そんな紆余曲折があったんですね。

 写真をもとにしているので、誰が見ても「舞Qじゃん」っていう絵も描けるわけですよ。評判も良かって。それからですね、あのスタイルで書き始めたのは。

 そうだったんですね。

 かわいらしいイラストを使っている生誕って多いじゃないですか。ああいうのは、自分は出来ないので、じゃあ、どうしようかと考えた時に、自分は写実的な手でいくのがいいかなと。
 でも、写実的といっても写真を元にすると色も結構暗かったりとか、実際に人間の影になる部分だと暗くなるんですよね。それをつい写実でそういう色を使っちゃうから、見る人は「暗くない?」とか「影が強すぎない?」とかいう感想があって。最初は何故そういう風に感じるんだろう?と思っていたんですが、考えてみたらある程度明るい色使いだったり、実際にはないポップな色使いだったりにしてないと、写実的過ぎて気持ち悪くなっちゃう。それも後から学んだことで、最近の作品は比較的明るい色使いですね。写真から拾っても明るさのトーンを上げたりだとか。
 
 なるほど。以前フライヤーに、舞Qのバレエのシルエットを描かれてたのが凄く印象的で。私は舞Qってあんまり子供っぽいデザインが好きなタイプの子じゃないだろうと思ってたんです。だから、ああいう写実的な感じがしっくりきて。瀬戸内でバレリーナといえば舞Qだし。
 推しを描く時ってみんな顔を書きたがるじゃないですか。
 そうじゃなくて、シルエットで表現したっていうそのセンスが凄くインパクトが残ってたんですよ。
 あれは、何を狙ったんですか?

バレエと舞Q


 実はあのアイディア自体は、僕だけのものというよりかは、生誕員会の中で舞Qといえばバレエだったので、バレエをテーマにしたんですよ。
 だから、ウェルカムボードとかもあの方向性のものだったと思いますし。
 バレエを前面に出したデザインで作ったと思います。あの構成であのシルエットを入れたのは僕なんですけど。
 アイディア自体は、生誕みんなで出てきたものなんで。 
 
 そうなんですね。私は他の生誕との差別化や、葵ちゃん独特の何かを出来ないかなといつも思っていたんです。そういうところでいうと、やっぱり舞Qのところはひろさんの絵が象徴的だし、「誰が見ても舞Q!」っていうのがあって。そこが凄く上手いなと勝手に思っていたんですよね。

― 今、ここまでお話を伺っていて、「差別化」と「他の人が見ても推しだと分かる」というのがキーワードが浮き上がってきたかなと思いました。それでは、この2点を踏まえた上でどうやって絵にしていくんだろう、と。写真トレースするという手法だったり、「推しを描くこと」だったらSNSで推しが着ている服や色使いというところがあると思うんですが。
 推しを絵にしていく上で、苦労されたことはありますか?
 また、毎年で考えた時に、自分の推しのところはこんな手法が定着化しているよ、でも良いです。

 舞Qのところは、毎年テーマがありますよね。成人式の時とかバレエだったりとか。

 生誕の進め方として、まず「今年はどういうテーマでいこうか」ということを言葉にできれば言葉にしますし、言葉に出来なかったらそのイメージ。それを最初に集まった人間で決めるんですよね。
 それがバレエっていうテーマだったり、成人式っていうテーマだったり。
 「じゃあ、成人式でどういうイラスト使おうか?」、「やっぱり着物だよね」それじゃあ、振袖の衣装でイラストも描きましたし、神田明神でやった成人式ので作ったと思うんですよ。
 なので、最初にテーマありきですかね、舞Qのところは。


振袖

 舞Qのものをイラストにする時って元々写真にあるものを使う時が多いですか?

 基本的にはそうです。オリジナルで作るのはなかなか難しいというのと、顔の向きと体の向きがコラージュみたいになると変なので。できれば完成した写真があって、基本的にはそれをトレースしていく形ですね。

 私の場合だとキャラクター的なデフォルメされた絵に描きなおすので、その過程で、「ポニーテールをさせたい。けれども、衣装はこっちの衣装を着せたい!」みたいな感じの組み合わせは可能で。そこはわりと自由度がきく、写実的ではないデフォルメされた絵なので、多少整合性がとれてなくても許されるので。
 ただ一方で、気を付けることもあります。以前、バンド「青い向日葵」のTシャツとショートパンツ姿のイラストを描く時に、アイドルだから体型を強調してはいけないけれど、かといって女性的な魅力を損なってもいけないというせめぎ合いで結構苦労しました。足はあまり出し過ぎないとか、胸の影をつけないみたいな、色々気を遣ったことを覚えています。
 あと、他にもデフォルメする際に、足や腕の太さも気をつかいます。自分はぽてっとした感じのキャラクターが好きなんです。でも、アイドルのイラストの場合は、ぽてっと描いたら、違和感があるかなとか、いつも気にしているですよね。
 去年の生誕で私も初めて写真の模写に挑戦してみたんですけど、ひろさんみたいに熟練してないから、葵ちゃんを模写したのに、何故か葵ちゃんに似てないっていう不思議な現象が起こったんですよ。やっぱり難しいですね。
 さっきおっしゃってた色のこともそうですね。


 そうなんですよね。やっぱり、写真って作られた色じゃないから。現実の色なんで、濁った色もあれば澄んだ色もありますよね。影のような暗い部分の色は決して綺麗な色ばっかりじゃないんですよね。
 だけど、イラストレーション化すると、たとえ、写実的な絵だったりしても、明るかったりだとか、鮮やかだったりだとか。そういう視覚に心地よい色合いはあるんで。そこが最初はなかなか分かりにくかったですね。

 なるほど。私は、模写に何故挑戦したかというと、自分の画風に結構限界を感じてまして(笑)。なるべく、色々なバリエーションをつけて、見る人も葵ちゃん自身も飽きないような工夫をこらそうと思っているんです。でも、ネタというか持ち手が尽きてきたので、今までやったことがないことをやってみようと思ったんですけど。
 ちょっと付け焼刃は無理でしたね(笑)。
 

質問コーナー

― では、ここからは事前に仙台Atsukoさんからいただいた質問に松山のひろくんさんに答えていただこうかと思います。
 まず、1つ目ですね。

質問①「作風のルーツについて教えてください」


ひ はい、これは先ほど話した部分と重なるかと思いますが、かわいらしい絵がなかなか描けないんで、「自分に描ける絵ってなんだろう」と考えた時に、大学でも勉強してきたし、いわゆる写実的な表現で描けば、本人に似るんじゃないか、というのがスタートですね。
 よく、生誕のグッズ類に使っているちょっとアニメ風の描き方だけじゃなくて、いわゆる鉛筆画の絵っていうのも実は得意で。舞Qのところではまだ、使ってなかったかなあ。

A 私は見たことないですね。

ひ 一度、心愛の生誕では頼まれて描いたことがあるんですけど。
これが…。( 心愛さんの鉛筆画 )


世界の真実 甲斐心愛ちゃんの鉛筆画。

 
 え~。凄い。それは全部鉛筆なんですか? なんか本職の方の本気を見た感じがします。

 いわゆるデッサンですよね。これは。写真を一度モノクロに処理して、それを参考に描くんですけど。アニメ風とは違った2種類目のパターンとして描けるかな、という感じですね。
 
 流石。もしかして、水彩画風もやろうと思えばできちゃうんですかね?

 そうですね。水彩画も書けなくはないですね。

 手数が多くて羨ましい。

 イラスト風の絵は得意ではないので、写実的な表現で勝負するしかないかな、と思いまして。それが今の作風になっているかと思います。はい。

 やっぱり基礎からしっかり絵を学んでいる人だからこそ、色んなことが出来るんだなあ。いいなあ。

 実は、僕は机を作ったり椅子を作ったりするのが専門で、絵はどちらかというと、得意分野ではないんですよ。

二人(A・中) え~、凄い!


陶芸作品


木工作品



 一応教育学部で基礎の勉強はしてるんで、さっきみたいな絵も一応かけるかなと。

 私は、デッサンの練習とかを通らずに来ているので、正面を向いた顔が苦手だったりとか、遠近感が苦手だったりとか、そういう弱みがあります。だから、そんなに上手なひろさんでも絵が専門じゃないって聞いてびっくりしました。

質問②「制作したものについて舞Qから何か評価やコメントをもらったことはありますか?」 


 去年の生誕が確かAtsukoさんも生誕委員に入っていただいたかと思うんですが、生誕委員の集まりが悪くてほぼ百パーセント自分がデザインをやったんですよ。

 いやあ、ご苦労をされてましたよね。

 その時は、リアルお話し会の時ですかね。あの時に、話すネタがだんだん無くなってきたら、それこそ生誕の話しかないんで「あのメセカはね、こんな風にデザインしてね」とか「あの横断幕はね、こういう風に考えてね」ということを何回も何回もループしながら話をしたんですけど(笑)。
 その時は、舞Qはかなり喜んでくれてたんで、その時はこっちも次から次に「あのイラストはこうで」、「あのデザインはこうで」みたいな話をさせてもらって、内心はウザいと思ってたかも知れないですけど(笑)。
 結構喜んでもらえてたんで。その時は、かなり言葉をもらえたかな、という感じですね。

 いいな(笑)。うちの推しは全てのファンに平等にというのを通してるんで、基本個別のレスがないんですよね(笑)。私の方もお話し会とかであえて話を振らないので、気に入ってくれたかどうかも全くわからないで居るんです。
 凄い単純に舞ちゃんどうなんだろうな、という好奇心で聞いてみました。彼女もプロ意識が徹底してる子じゃないですか。だから、どうなんだろうな、とちょっと思って。
 
 確かに特別扱いとかそういうのではなくて、「嬉しかった」っていう反応ですよね。

 かわいい(笑)。

 実は一度、葵ちゃんのメセカを書かせてもらったことがあると思うんですけど、あれを葵ちゃんに話したことがあるんですよ。お話会で。「俺のこと舞Q推しやと思とるやろ? 舞Q推しは間違いないけどなあ。ちゃんと葵ちゃんも推しとるんやで」と言って、これ書かせてもらったんよというのを見せたんですよ。
 そしたら、かなり驚いてました(笑)。

質問③「どんな時、推しを描く楽しさ、難しさを感じますか?」


 

 楽しいのは、描いてる時とか準備をしている時とか、もとになる写真を探している時ですとか、そういう時は基本楽しいですね。

 わかるわ(笑)

 ただ、難しさとか苦しさっていうのも正直なところあって。トレースしててもなんとなく雰囲気が違ってしまう時とか。それこそさっきの色彩のことだったりだとか、そういうのがあるんですよね。
 自分としては、「まあまあ良くできたやん」と思ってても、生誕委員に見てもらうと、「えっ、ちょっとこうじゃない?」とか。文句じゃないけど、「もう少しこうした方が」とか「こういうイメージにならないかな」とか、どうしても反応としてあるんで。複数の人間が見れば見るほどそれがあって。
 で、それが出てきた時に、じゃあ、生誕委員の中で共有できるベストな状態に持っていくには、どう修正したらいいのかとか。そこは結構苦しみがあるかも知れないですね。

 ですよね。人それぞれの理想というか。葵ちゃんの場合だとステージによって髪をおろしてたり、ポニーテールにしたり、巻いてる時もあって。生誕員内でもどの髪型でイラストを描くか意見が分かれることがありました。最近は、あえて他の生誕委員のリクエストを聞かないで、私の方で勝手に決めて描かせてもらってます。
 
 僕も最初は、あれこれ聞いてから描こうとしてたんですけど。それをするとなかなか一つにまとまらないんで。

 やっぱそうですよね~。

 だから、たとえば、「衣装はこれでいきましょう」というのをみんなで相談して考えたりだとかするんだけど、「じゃあ、その衣装に合うイメージで描かせてもらっていいですか?」っていう感じで書いたのを出して。で、「多少修正は出来るんで、何か気になるところがあったら教えてください」みたいな感じで。ちょっともう無理矢理押し切るじゃないけど、そういう風にした方がまとまりやすいかな、というのは経験的に。

― 凄い、会社の企画会議に似てるなって感じがします(笑)。

 ファンが増えれば増えるほど、ファンごとの舞Q像なら舞Q像があるんですよね。

 アイドルさん一人も色んな面を持っているので。舞Qだって、初見の人からしたら「ミステリアスな美少女」かも知れないんですけど、口開かせた言う時はスパッと言うようなところが度胸があったりとか。色んな顔を持ってるから、だからしょうがないですよね。私が好きになった葵ちゃんはこう、とか絶対にありますもんね。

※ ここから更に推しを描くことや生誕委員会というコミュニティのこれからについてなど、話はどんどん広がっていくので、続きが気になった方は、クラウドファンディングで是非、読んでみてください。


こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。