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おすすめの映画「シン・ウルトラマン」

はじめに


 2020年に奈良県で「なら国際映画祭2020」が行われました。
 この時、シークレットゲストとして登壇したのは、俳優の斎藤工さんでした。夜の興福寺で行われた主催者の一人である河瀨直美監督との対談は一週間だけひっそりと限定公開をされていました。何千という小さな燈火に包まれながら語る彼は、少しだけ人間から離れたような色気がありました。
 その中で斎藤工さんは、「シン・ウルトラマン」について聞かれ、こんな言葉を残していました。

「もし、人間が地球にとってウイルスという存在だとしたら? 人間のレベルではなくて宇宙から観た人間とは?を意識させられる話なんですよね」
 
 これは、「シン・ゴジラ」とは違ったアプローチの作品になるぞ、と当時の僕は思いました。
 「シン・ゴジラ」は東日本大震災と日本への特撮を使ったアプローチではないかと、僕は個人的に思っているんですが、もしやコロナと日本とかを連想させられるものになるのでは、と予想しました。
 
 そして、時は流れて2022年5月13日。
 いよいよ、「シン・ウルトラマン」の公開日がやってきました。
 雨が降りしきる中、愛媛県松山市にあるキネマサンシャイン衣山へ。

 鑑賞中、何度か僕はあの斉藤工さんの言葉を思い出していました。
 興福寺の庭に、何千と置かれたオレンジ色の灯りに照らされた彼の優しい横顔と共に。

 
【ここからはネタばれ全開で書きます】



ストーリー

 まず、ストーリーから考えて行くと、ウルトラマンという圧倒的な「個」とか「禍特対」を始めとする人間たちの「群れ」の対比を軸に、僕ら人間の存在について考えさせられる物語でした。
 この地球では、圧倒的な強者である人間が、宇宙単位でみると兵器のパーツの一部になるのかも知れない。それは、国同士の争いの一つである「地下資源」などを僕は連想しました。
 そして、圧倒的な「強さ」や「絶望」を前にした時に、人間はどう行動していくのか。この映画の企画や脚本自体はコロナ前に書かれたものだそうですが、現在とも十分リンクする作品だと思いました。
 どうしても初代ウルトラマンと比べながら観ていましたが、途中、「ウルトラマンに任せるしかない」と人間たちが、やや諦め始めた時の空気は、もし、ウルトラマンがゼットンも倒していたら初代ウルトラマンの世界でもこういう考えが起こっていたのかも、ということも考えました。
 
 次に作品の構成について考えていきましょう。
 前半は、怪獣との対決が中心で「もう、親父接待をしていただいて、ありがとうございます!」と叫びたくなるぐらいBGMも怪獣たちも良かったです。
 ウルトラQの怪獣たちが一気に登場してくるオープニング部は凄くワクワクしました。そして、ネロンガ、ガボラという「禍威獣」たちもCG表現のヌメヌメ感がどうなるか心配していたんですが、違和感なく楽しむことが出来ました。
 後半部は、庵野秀明監督が入れたかったと「デザインワークス」で語っていたザラブとメフィラスとの闘いです。
 僕はこの後半のエピソードが好きで、それまで「シン・ゴジラ」と比べてフィクション度が高かった前半と比べると、一気にリアリティが上がった気がします。そして、人間について観ながら何度も考えさせられました。
 何で怪獣たちが現れるのか、そして、その怪獣たちを目覚めさせる人間たちとは地球にとって有害な存在なのではないか。更に、ゾーフィの言葉の中にもありますが、宇宙という視点から観ると、別にいなくなってもどうってことない存在でもある。
 そんな弱くて脆くてなんなら間違える存在である人間のために、闘っていくウルトラマンの姿が良くてですね。宇宙視点でみれば合理的ではない、得することではないにも関わらず、人間を守る選択肢を取る彼の心情を考えれば考えるほど、「シン・ウルトラマン」のHPに最初に出現した「そんなに人間が好きになったのか。ウルトラマン。」という言葉が頭の中でリフレインされました。 
 そして、ゼットンの絶望感。
「もう、こいつ、どうやって倒すんだよ…」と映画を観ながら感じていました。
 人々が諦めモードになる中、それでもまだ希望を信じて動く者がいるというのが、自分はどちらの側の行動を取るだろうか、と考えました。
 最後の戦いを終えて神永さんが帰ってきて終わるんですが、あの後、「シン・ウルトラマン」の世界はどうなっていくんだろうか、と考えました。あれだけ地球人の兵器とのしての効果を知ったら、まだまだ外星人が来るかもしれないし、禍威獣たちも目覚めるかもしれない。その時、ゾーフィさんたちがなんとかしてくれるのか。それとも、人間たちの英知で守っていくのか。神永さんの中にはどれぐらいウルトラマンといた記憶が残っているのか。
 映画を観終わってまだ24時間も経っていないせいか、半分ぐらい頭の中はあの世界にいる感じがしますね。

演出


 まず、編集がとても気持ちいいなと思っていたら庵野秀明監督が担当していたんですね。市川崑監督の演出を彷彿とさせる会話や場面の切り方は今回も健在でしたね。また、カメラアングルの面白さや一つのカットを複数のアングルで撮るのも市川崑を連想させられました。
 また、岡本喜八監督オマージュが前回の「シン・ゴジラ」では感じられましたが( 特に『日本の一番長い日』。)、今回は「独立愚連隊」という台詞にニヤリとさせられました。
 また、近年の日本映画のうわあ、と思うところが少ないのも良かったですね。叫ぶ登場人物がいないし、無駄に恋愛要素を入れないというのも良くてですね。当初は神永さんと浅見さんのキスシーンも撮っていたそうですが、無くなって良かったあと心の底から思いました。流石にそれは過剰だろうと感じますしね。あとは、状況の説明を登場人物が歩いていく背中だけを映して、通り過ぎる人達の噂話や愚痴で行うのは、富野由悠季監督っぽくて良かったですね。「シン・ゴジラ」の時にもありましたが、人々が禍威獣の登場後、日常に戻っていくところのBGMと描かれ方は凄く好きでした。
 

配役


 まず、斉藤工のオフビートな演技が素晴らしかったですね。孤独に佇んでいる姿が絵になりますし、静かにほほ笑む顔がウルトラマンを連想させられて良かったです。僕が観た感じでは、ウルトラマンと融合してからは、瞬きをほとんどしていなかったんじゃないかと思います。
 そして、長澤まさみさんですよ。彼女のベストアクトと呼んでも良いんじゃないか、という演技でした。巨大浅見さんで何かに目覚めたちびっ子も多いんじゃないかと個人的には思っています。
 滝役の有岡くんは、「ウルトラマンに任せるしかないですよ」と言った後で、顔を写さずに階段の手すりを叩くシーンが凄く良くてですね。ほんの数秒のシーンなんですが、ここで彼の非粒子物理学者としてのくやしさが伝わってきてグッときました。
 そして、船縁さんを演じる早見あかりさんの「うわあ、こういう人、『シン・ゴジラ』の巨災対にいそう!」という学者感が良いですよね。そして、アイドルファンからすれば、ももクロの青をしていた彼女が凄いところまで来たなあ、という感慨深いところもありました。
 宗像室長を演じた田中哲司さんは、どの作品を観る度に、「うおっ!多田さん、怖い!」という映画「新聞記者」とかNetflix「ドラマ 新聞記者」の影響を僕は物凄く受けているんですが、今回の田中さんの演技が凄く良くて、「根回し」をする場面での「~というのはどうでしょう?」という時の表情が好きでした。
 田中班長を演じる西島秀俊さんは、「ドライブ・マイカー」の家福さんと比べると、かなり人間味あふれる役になっていましてね。ウルトラマンの命を優先する決断をするところは、泣いていましました。
 他にもメフィラスを演じた山本耕史さんの、人間以上に人情味あふれる居酒屋のシーンは好きでした。「こいつ、めちゃくちゃ礼儀正しいな」と感じるとこも良かったですね。

その他もろもろ

・何気に「マルチバース」という言葉が出てきて、ちょっとびっくりする。
・メタバースが最後の会議に導入されていてびっくり!
・シン・ゴジラとの繋がりは賛否分かれるかも知れませんが、作品自体とは大きな影響はないかと思います。
・怪獣のデザインだと、ネロンガが素敵です。
・体のラインが緑になるウルトラマンが新鮮。
・主題歌の米津玄師さんの「M八七」は、劇場で聴いた時はピンとこなかったけれど、パンフの彼のインタビューを読んで、「なるほど!」となりました。
・人間と融合して地球のために戦うというのは、初代マンよりはセブンっぽい気もします。
・「シン・ゴジラ」と比べると樋口監督と庵野秀明監督の共作的な感じがしますし、そこまで「賭け」のようなものは感じられませんでした。横綱相撲感が強いです。おそらく「賭け」の本命は「シン・仮面ライダー」なるではないかと思います。
・「この星の人間は進化し過ぎた存在を許容しないし、排除しようとする」というメフィラスの言葉は、今の日本で進みつつある反知性主義にも通じる気もしましたね…。

終わりに

 映画が終わり、外に出ると、雨上がりの空が広がっていました。
 雨が洗った空にはいくつもの星が銀色に輝いています。
 映画を観ている間、宇宙という視点から見ると、人間のちっぽけさや宇宙の広さを感じていたことを僕は感じていました。
 それは僕らの住んでいる世界は広くて、まだまだ知らない人たちや生き物たちがいるという想いかも知れません。でも、僕らの力は強くないし、生きていられる時間も限られている。
 子供の頃に初代ウルトラマンを見た時と同じようなワクワクと、大人になってから感じる自分への諦め。でも、作中で描かれた人々のようにまだまだ抗いたいと思いました。ウルトラマンが浅見さんにベータカプセルを託したり、滝くんにゼットンの構造式を託してくれたりしたのは、きっと人間の可能性に賭けてくれたからだと思います。強い力に頼り過ぎずに自分たちで考え、行動し、乗り越えられると。
 夜空に輝く銀色の星々と共に、斎藤工さん、いや、神代さんの顔と最後にゾーフィと話したウルトラマンの言葉を思い出しながら家路につきました。

「私の身体は、この星の生き物に託してみたい」
 


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