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おすすめの映画「とべない風船」

 本日から、ついに宮川博至監督の最新作「とべない風船」がU-NEXTやFODなど配信サービスで配信がスタートしました。

※予告編はこちら!


 いやあ、ついに観られますよ。
 僕は愛媛県の南西部に位置する田舎に住んでいるので、愛媛県での公開を心待ちにしていたんですが、残念ながらまだ愛媛には「とべない風船」が来ていないので、今か今かと心待ちにしていたところで、このニュース。
 我慢できずに先に配信で鑑賞してしまいました。
 ちなみに、僕は「テロルンとルンルン」が日本映画の中でもオールタイムベストの1作で、かなりハードルを上げて観ていました。
 結論から先に書くと、今作も期待のハードルを超えてきて、素晴らしかったです!
 
【ここからはネタバレ全開で書くので、是非、作品を観た後で】

① 「賭け」のある作品


 最近は、観て辛い思いをしたくないので、先にあらすじをチェックする人やストレスの少ない作品やスカッとする作品を選ぶ方が増えているそうです。
 この「とべない風船」は西日本豪雨という実際の自然災害が扱われています。観る人によっては作中の憲二のように傷が再び痛み出す恐れもあります。実際に僕の住んでいた町も被害を受けました。当時、僕は関西に住んでいたのですが、両親に話を聞いてみると、家を失った人、職を失った人もいるそうです。被害にあわれた方の傷口をえぐる可能性もあったかもしれません。
 それでも、この辛い「災害」とその後の人生を生きる人たちを描くことで、あの災害の受け止め方の選択肢を一つ増やしてくれるのではないか、そんな「賭け」を僕は感じました。
 ホームページのイントロダクションノートに書かれていた「できるだけ嘘をつかない」というのは、映画という「物を語る」、時には「物を騙る」こともある表現だけに、監督の凄く誠実なアプローチを感じました。また、完成舞台挨拶での東出さんが語っていた「人生の中で時計が止まった経験がある人」に届く作品になっているのではないかと思います。

② 美しい「サヨナラ」について


 思えば、前作の「テロルンとルンルン」で、とても美しい別れの光景を見ました。今回も凄く美しい「サヨナラ」の風景でした。
 特に大事な家族に「サヨナラ」すら言えずに別れた憲二。
 それは今も精神的に「サヨナラ」を言えないままでいました。
 そんな彼がラストシーンで妻子との思い出を抱きしめつつ前に進む「サヨナラ」が凄く良くてですね。
 自分の中の後悔を凛子の父である繁三との電話で前を向くきっかけをもらい、島の小学生の咲の後押しで前を向くところが、本当に良くて。僕はこの玄関をバンバン叩く咲とうずくまった憲二が少しずつ動き出すところで号泣でした。
 少し勿論、島を出て行く凛子との「サヨナラ」とも重なっていて、本当に美しい「サヨナラ」の光景を見せていただきました。
 更に、死んだ後でも残された言葉で救われるんだなあ、と凛子と彼女の母の関係から感じました。直接は話せないけれど、書き残した言葉や思い出話から間接的にコミュニケーションを取ることで、教師という仕事と向き合っていくところも凄く良かったです。

③ 黙ることと頼ること

 鬱になってしまった凛子と父の繁三の病室での会話が非常に印象的でしてね。
 鬱になってしまった凛子に、繁三が「周りに頼ること、時々、サボること」を彼女に語ります。
 映画で鬱っぽい状態は描かれませんが、鬱になるとふさぎ込んでベクトルが内側に行ってしまうことが多いそうです。憲二も過去の傷からあまり周りとコミュニケーションを取らずに心の入り口を少ししか開けていません( いや、閉じてるかも? )。この二人が、少しずつ周りの人々( それはお互いを含む )のおかげで、心が柔らかくなっていくのも凄くよくて。ちなみに、堀部圭亮さん演じる憲二の義父も憲二に文句を言うことで、誰かに当たることで、自分の心のバランスを取っていたたのかなあと観ながら思いました。ある意味、憲二を頼っていたのかも知れません。何故なら、彼も大事な娘と孫を失っているからです。
 僕もよく「大丈夫、大丈夫」と半分、自分に言い聞かすように言うことがありますが、少しは辛いこととかを外に出していかねばと思いました。

④ フェアな島の描写


 田舎に住んでいる人間としては、無条件に田舎を賛美する映画にあまりリアリティを感じないし、何なら腹が立つという面倒な性格なんですが、今作はその辺りの描き方が凄くフェアです。
 ヨーロッパ企画の中川晴樹さんが演じる漁師の鉄平さんが提起するこの島の課題点って、過疎化地域に住んでいる20代から30代の人間が一週間に一回は言ってる言葉なんですよね。
 あとは、病院まで凄く距離がある、なんなら無いとか、車が無いと超不便とか。そうなんだよなあ、と思いながら観ました。
 勿論、その逆の島の美しい風景や人情味も凄く良くてですね。
 個人的には、漁業組合長と憲二の父が一緒にタバコを吸うシーンが凄く好きなカットです。漁港でよく見る光景なんですが、こんな美しく切り取れるんだと。あと、子供たちと憲二が夕暮れに釣りをするシーンの最初の餌を投げているカットも凄く新鮮で良かったです。
 最後の最後に出てくる上空からのショットの美しさ。
 

⑤ その他


 ここからは五月雨式に。

・出てくる度にオモシロを提供してくれるジュンが最高。幸せになってほしい。

・咲の母親役の根矢涼香さんって、京都国際映画祭で上映された「次は何に生まれましょうか」の主演の方ですよね。すごく自然な感じだったので、観終わった後、スタッフロールであの人か!となりました。

・音楽が全部良い!ここぞという時に使うのがまた良い。

・作中で二度、憲二が走るシーンがありました。彼は足を痛めている。それでも走らなければいけない理由が、片方は失われそうな命を救うため、もう片方は失われた命のため。だから、最後のシーンでもう一度走るのか、と予想して観ていました。

・小林薫さんの佇まいが凄く良い。語るメッセージが説教くさく聞こえない、市井の言葉で語ってくださる感じがします。

・「テロルンとルンルン」、「とべない風船」、どちらも人生の時間の中で出会えた大事な時間を描いている気がしました。それぞれ、また別の場所や少しだけ変化した日常に向かっていく。だからこそ、映画のラストで「テロルンとルンルン」のあのサルが出て来て「パパの宝物」と言っていたところが映画本編と違った文脈で泣いてしまいました。

・この映画のクラウドファンディングに参加したかったんですが、当時、人生のどん底で全然力になれなかったのが、今でも悔しい。次作こそは!

 ちなみに、宮川監督が今、noteもやっているので、こちらもフォローして、チェック!
 何か「テロルンとルンルン」も動きがありそう。

 本当に素晴らしい長編デビュー作でした。
 次作がどんなアプローチになるか分かりませんが、次もきっと僕らの心を震わせてくれる作品を期待しております。
 
※前作「テロルンとルンルン」の感想はこちら!


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