映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』監督日記:141 長いロケ 前編
2024/7/14~19 梅雨らしい日々
本作をご覧になった大学生の女子お二人が二本松に一週間の農業体験に訪れた。
お一人は、塚田晴農場長が卒業した農業高校の一年後輩のOさん。ポレポレ東中野でいち早く本作を観て大学の先生に強く勧めてくださったことから2回の授業上映が実現した。もうお一人は、授業上映と能登半島地震チャリティー上映会でご覧くださったYさん。核兵器廃絶の平和活動に高校時代から参加されている。
映画をきっかけにソーラーシェアリング農場を体験に来た行動力に心から敬服するとともに、若い方に届くことを願った作品でこんなことが起きるとは、光栄というか監督冥利に尽きるというか、うまい表現が見つからない。
14日、15日はお二人の農業体験を撮らせてもらった。育ち始めたブドウの余分な実を摘む摘粒という作業を塚田さんと菅野さんの指導の下、懸命にされていた。普段は男二人で切り盛りする広大な農場に元気な女声が響くのはとてもいい。塚田さんはしみじみ「人が多いのはいいですね」と言った。農家さんはクリエーターなので孤独なのだ。
近藤代表とは一週間の体験の目標を確認し合い、ひとつの課題として4頭いる牛のうち1頭の名前をつけることが課せられた。彼女たちの中で映画を通じて知った近藤さんは原発事故被害から立ち上がる人として頼もしく、とても大きな存在になっているようだった。
16日は自分ひとり農場を離れ、70km東の福島第一原発近くの浪江町を撮る予定だったがOさんとYさんから要望があり、三人で行くことになった。約1時間半の道中では大学生活や平和についての活動を教わったり、どうやって映画を作っていったかの質問を受けたり。お二人とも実によく観てくれていることが質問から伝わって来て、これまた監督冥利というか、作者として贅沢この上ない時間だった。
映画の中で度々登場した福島第一原発を望む請戸海岸では、311当時に起きた悲劇をお二人に伝えた。震災遺構となった請戸小学校、更地となった浪江中学校、時が止まり草に覆われる浪江高校の校舎、浪江駅周辺などを案内した。
ふと、自分が案内していることを不思議に思う。初めて浪江町を撮りに来たのは2013年10月。その頃は地震と津波の爪痕が生々しく、放射性物質が町から生活の音を奪ったことを肌身で感じた。文字にするとしーーーーーん。という様子。カメラを回すと自分の呼吸音と体重移動した時のジャリッと砂を踏む音がはっきり収録されるくらいに無音の町だった。よそ者が撮り歩いているのを町の人が見たら、さぞかし嫌な思いをさるだろうな、、、と想像していた自分が、今は若いお二人を案内している。実に不思議な感覚になり、運命を感じた。
そんな気持ちを二人に話していたら電話が鳴った。樋口英明元裁判長からだった。本作DVDとパンフレットの大量発注のお電話だ(樋口さんは講演会等で販売してくださっている)。
いいタイミングだったのでOさんとYさんに電話をかわった。まさか樋口さんと話せるとは!と緊張しながらもじっくり話していた。樋口さんもお二人の行動力に感激されていた。
最後は南相馬市のおれたちの伝承館(おれ伝)を案内した。原発事故をテーマとした絵画、彫刻、写真、漫画など個々の作品が発するパワーに満ちたギャラリー。自分は作品に圧倒されて休み休み見るのだが、OさんとYさんは物凄い集中力でひとつひとつ作品を見続けていく。二人とも脳味噌が頑丈に出来ているのだ。
ここを見てもらえて本当に良かったと思う。案内した被災地は震災の爪痕が見えづらく、自分が初めて訪れた時に感じた原発事故の具体的な恐怖を伝えきれていない気がしていた。国道には真新しい道の駅があり、公立の伝承館の周りはやけに綺麗に造られた商業施設や住宅地が今も続く原発事故被害を覆い隠している。
美輪明宏さんは中身が伴わない綺麗さを「薄ぎれい」という言葉で表現したが、まさにその状況だ。お二人には”おれ伝”の作品から事故の恐怖を感じ取ってもらえたのではないかと思い、自分は芸術がなんのためにあるのかを改めて考えた。
おれ伝終業時間に迫った頃になんと、天井画の作者・山内若菜さんと抽象画の作者・前川加奈さんがご来場された!
作家さんから解説を聞けて3人とも感激。山内さんは映画をご覧くださっていたこともわかって自分は感無量。さらに前川さんと同行していたお弟子さんは横浜の劇場に観に来て自分と記念撮影してくれた人だった!
ご縁、ご縁のミックスジュースみたいな甘美なこの状況はなんなのか?よく分からない。分かるのは映画って、芸術って本当にいいものですねー。ということだけだった。
福島市の宿まで帰る途中、近藤さんのお宅で美味しい中華弁当をご馳走になり、近藤家の愛猫に挨拶した。三人とも実に濃い一日を過ごせた。
後編へつづく。
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