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ドクダミがきらいになった話

へんな音に気づいたのは、数カ月ぶりに暖房を付けてすぐだ。

それは5月のくせにやたらと寒い朝だった。二日ほど前に掛け布団を薄手のものに変えたせいで、夜もずいぶん冷えた。なので暖房を付けた。然るべき理由と因果関係があって、然るべき結果があったわけだ。

エアコンを起動してまもなく、屋外からカタカタカタカタという振動音が聞こえてきた。僕は目黒区のありふれたアパートの一階に住んでいるのだが、道路に面したベランダがある。バーベキューをするにはやや窮屈だが、タバコを吸ったりパクチーを育てたりするぐらいであれば手頃な感じのマイスペースだ。

残念ながら僕はタバコも吸わないし、パクチーも育てていない。

エアコンの室外機がどうかしたのだろう、というのはすぐに分かった。窓を開け、見てみると、案の定、音の出どこは室外機であった。ただし、室外機は原因の半分に過ぎなかった。もう半分は、砂利から叢生し、そこから這い出でたツタによって、我が室外機を絡みとっている植物だった。

ツタは室外機の隙間から入り込み、別の隙間から這い出でて、また別の隙間によろしくどうもという有様だった。はみ出た棒切れが、室外機の送風によって、しなりにしなっては送風機を叩きまくっていたのだ。トニー・アレンだってそんなに大胆なドラミングはしないだろう、という具合に。

僕はそれらを引きちぎり、砂利に捨てた。いくつか、室外機の奥深くに入り込んでいる部分があり、そいつらは取りそこねてしまった。そいつらは今でも、我が室外機の中に鎮座している。ところで砂利には、それはたくさんの謎の植物たちが生い茂っていた。

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名前の知らない植物たちが、そこに群生していることは、もともと知っていた。それは、体高の低い、ハート型の葉っぱと、小ぶりの白い花を持つ植物で、花の先端にはできそこないのヤングコーンみたいな突起がついていた。一週間ぐらい前に気づいたのだが、たぶんもう少し前から生え始めていたのだろう。

我がベランダは、総面積の2/3ぐらいを彼らに持っていかれていたわけだが、より悲惨なのは左のお隣さんだった。やっこさんのベランダは、もはや原型をとどめておらず、ベランダに草が生えているというより、草に気持ち程度のベランダが生えているといった有様だった。電車で例えるなら乗車率250%の満員電車。ハガレンで例えるなら、アルフォンスのみならずエドワードまで全身持っていかれて、ついでにピナコばっちゃんの左足まで持っていかれた感じだ。

僕は人類の叡智、インターネットに助けを求めた。

「つる 植物 白い花」「ベランダ つる 植物 生えてきた」というのが、その日の検索履歴だ。人間、にっちもさっちもいかなくなると、Google検索のワードセンスがおしまいになる。

さて、調べども調べども、件の植物に該当する植物は見当たらなかった。ヤブガラシとやらはブツブツした実?が生えているらしいし、ヘクソカズラは白い花に紫色のアクセントがついている。ガガイモはなにもかもがシンプルにキモかった。いずれも、我がベランダにあるやつじゃない。

もう少し本腰を入れて調べたら、出てきた。

こいつだ!!!

どうやら、ドクダミ科ドクダミ属のドクダミという植物らしい。ツタツタ調べても出てこないわけだ。室外機を絡まれたショックが大きすぎた。

ということで、犯人の名前はドクダミであった。Wikipediaによれば「湿った陰地などに群生し、草全体に独特の香りを持つ。古くから民間薬としても広く知られる。」

食えんの?

名前の由来は「毒矯め」ないし「毒溜め」からきたという説がある。中国語だと鱼腥草(魚臭い草)、英語だとフィッシュ・ミント、ベトナム語のザウザプカーも「魚の野菜の葉」という意味らしい。魚推しが過ぎる。よほど臭いんだろうが、当方は慢性鼻炎なのでそこはオッケーだ。

花言葉は「白い追憶」らしい。やかましいわ。

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繁殖力はかなり強いらしく、駆除するなら業者を呼ぶしかないみたいだ。管理会社に連絡するかなぁ、面倒だなぁ、と思いながら件の植物を眺めていたわけだが、妙なデジャヴにかられて、僕は昔撮った写真を漁った。

めっちゃ写真撮ってた。

撮影日はちょうど一年ほど前で、場所は駒場キャンパスだった。紫陽花の見頃よりちょっと前で、やはり梅雨前だったのを徐々に思い出してきた。キャンパスのあちこちに生えている、白いお花さんを面白がり、無邪気にパシャパシャと撮影していたのだ。愛機のRICOH AUTO HALFで。フラッシュなんかも焚いてやがる。

これらが示す端的な事実とは、一年前の僕は、件の植物を審美的に好ましい存在だと認識しており、写真の主題に選ぶ程度の関心を抱いていたということだ。当時は、やつの名前も知らず、ヤングコーン部分にもほとんど注意を向けていなかった。

しかしながら、エアコンの室外機を蹂躙された今となっては、ASAP(as soon as possible)で駆除しなければならない雑草として認識しているわけだ。このような態度の変容は、興味深い。

草のくせに、我が室外機に言い寄る身の程知らずもさることながら、僕のドクダミに対する嫌悪は、その名前を知ったことに多く依る。

思うに、名前の知らない存在をつよくきらうことは一苦労だ。極道モンが律儀に名乗り合うのも無理はない。概念的にidentifyされていないと、構造化された思考の対象にできない。特定の対象と特定の名詞を結びつけることは、それに対してなんらかの嫌悪感を抱くのに有利なのだ。ドクダミ(なんて言ったって、毒だぜ毒!)という名前を知ったことで、僕は件の植物を嫌悪するモードを獲得したのだ。

僕は「発泡スチロールのこすれる音」という記述によって指し示される事態がたいへんきらいだが、それになんらかの名前が付いていたらもっときらいになっていただろう。

それはともかく、何かを思い出したように、僕は自分のresearchmapを確認した。

ば、バナーにしとる……

     ✂

日記はここで途絶えている。

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