【ショートショート】罠の図鑑
放課後、ツヨシは学校の図書室に来ていた。明日の国語の授業で、読んだ本の感想を発表しなければならなかったのだが、ツヨシの家にはゴシップ雑誌か漫画ぐらいしかないので、明日までに活字の本を用意しなければならなかった。
はじめは以前、何度か万引きした本屋で本を調達しようかと考えたが、最近店員の警戒が厳しくなりハードルは高い。また、いつもならこうした課題をやらせるクラスメイトのタクヤは、ここ数日、風邪で学校を休んでいる。
そこで、こうして自分が通う小学校の図書室にやってきたというわけだ。
「ここから本をもらっちまえばいい。これだけ本があれば一冊ぐらい問題ないだろう。」
図書館は3階の一番端っこにある。チラッと中を覗くと、いつもいる司書のおばさんは、何やら作業をしていて、ツヨシには気づきそうにないし、幸いこの日は、他に生徒が2人しかいなかった。その2人も、読書に集中している。何度も万引きを成功させているツヨシからすれば、この状況はチョロい。
「感想はネットにいくらでも転がってるから、それをくっつければいっちょ上がりだな。」
ツヨシは小説と書かれた本棚に向かうと、事前にピックアップしてあった本を物色しカバンに詰めた。後は図書室を立ち去るだけだったが、ツヨシは視界のはじに何か違和感を覚えた。そちらを見ると1冊の本が床に落ちている。
「あれ?こんな本さっきからここにあったっけ?」
見た感じ家にある雑誌ぐらいの大きさで、全体は紫を基調としていて何やら怪しい雰囲気を漂わせていた。ツヨシは落ちている本を拾い、表紙を見た。
「罠の図鑑?なんか面白そうじゃん。」
ツヨシが1ページ目を開くと、本の概要が書かれている。
「この本は古今東西あらゆる罠を集めたものです。動物の狩猟で使われるものから、古代の人たちが考案したものまで、イラスト付きで掲載されています。」
ツヨシはさらにページをめくった。概要に書かれていたとおり、様々な罠がイラスト付きで詳しく解説されている。ヒモやロープを使ったもの、落とし穴の作り方など、ツヨシのような小学生でも作れそうなものも掲載されていた。
「おもしれぇ。今度この罠をタクヤにしかけてやろう。」
風邪で学校を休んでいるタクヤは、ツヨシからいじめられていた。暴力こそなかったが、無視されたり、学校が終わるとパシリにさせられたりと、傍からみると明らかないじめを受けていた。
「タクヤのやつ早く学校にこねぇかな。この本の罠の実験体にしてやるぜ。」
ツヨシはタクヤが罠にかかることを想像し、ニヤニヤしながら本をめくり続けた。
あっという間に読み進めて、いよいよ残り1ページとなった。すると、これまでのような罠を紹介するページではなく、こんなことが書かれていた。
「次が最後の罠です。ここで紹介されている罠は、あなたがこれまで一度も見たことも聞いたこともない、恐ろしい罠です。もしかしたら、驚いてパニックになったり、腰を抜かしてしまうかもしれません。それでも、あなたにこのページをめくる覚悟がありますか?ないならここで本は閉じてください。それがあなたのためです。もし、覚悟があるのならこのページをめくってください。」
人を怖がらせるような、あるいは挑発するような文章だ。
「おもしれぇ。ここまで読んだら最後まで見てやるよ。」
そうつぶやくと、ツヨシはページをめくった。最後のページにはこう書かれていた。
「本の罠 最後のページをめくったものはこの本に閉じ込められる」
ツヨシは目を見開いた。
「なんだよ、これ…。」
すると、持っていた本がまるで生き物の口のように、大きく開いてツヨシの顔を挟み込んだ。
「く、くそ。やめろぉ。」
本に顔をしっかりと挟まれているためなのか、図書室にいる人たちにツヨシの叫び声は聞こえない。必死で顔から本を引き離そうとしても、恐ろしい力でくっついて離れない。
「ズルズルズル」
少しずつツヨシの体は、本に飲み込まれていく。
「た、す、け…」
床に本がドンと落ちた後、図書館は再び静寂に包まれた。
「何かしら?」
カウンターで作業をしていた司書の女性が、音のした方に近づくと、そこには一冊の本が落ちているだけだった。周りには人の気配はない。
「罠の図鑑?こんな本あったからしら?ラベルも貼ってないし。」
女性は本を拾い、図書館のカウンターの方に持って行った。
「先生、こんにちは。」
図書館の入り口を見ると、見慣れた生徒の姿がそこにはあった。
「あら?久しぶりね。ここ数日、全く図書館に来てなかったからどうしたのかと思ってたのよ。」
「いやぁ、ちょっと体調を崩してまして。でも、もうすっかり治りました。それより、前ここに来たとき、本を忘れてしまったんです。それを探しにきまして。」
生徒は図書室の中をキョロキョロと見渡すと、カウンターの上にある本を指さした。
「あっ、その本!!僕が忘れたのその本です!裏表紙の右下を見てください。小さく名前が書いてあると思います。」
確かにそこには生徒の名前が書いてある。
「あら、本当ね。じゃあこれはあなたに返すわね。それにしても変わった本を読むのね。自分で買ったの?」
生徒は少し照れた様子で、頭をかきながら答えた。
「いえ、父の本棚にあって、面白そうだったのでもらったんです。ただ、最近は塾とか始まっちゃって、なかなか読む時間がないんですよね。」
生徒はふぅっとため息をついた。
「それで、昼休みの時間にでも読もうと思って持ってきてたんです。そしたら、図書館に忘れたことに気づいて。でも、見つかってよかった。先生ありがとうございます!」
生徒は本を受け取ると、そのまま図書室から出ていった。その後ろ姿は心なしか嬉しそうに見えた。
「6年A組 カネダタクヤ」
それが、あの本に書かれた生徒の名前だった。
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